レースは勝負である以上、勝つ者も居れば負ける者も必ず居る厳しい世界だ。
目の前にとてつもなく高い壁となって立ちはだかるような相手がいると、尚更厳しい世界となる。

だが、それでも諦めずに強豪たちに挑み続け、一時代の華を築き上げたもう一頭の「漆黒の王者」が居た。

その名は、サトノクラウン。
第52回報知杯弥生賞覇者であり、2016年の香港ヴァーズでG1初制覇を遂げた漆黒の王だ。

サトノクラウンの血統は、産まれた当時、ほぼ異質な存在と言えた。
父はそれまで香港でインディジェナスやヴィヴァパタカなど活躍馬を輩出していたマルジュ。
日本ではあまり見ない父であるが、ノーザンダンサーの血が薄く入っている事、そしてラストタイクーンの直仔である事を考えれば、かなり日本にも馴染み深い血筋であると言える。

だが日本で走るマルジュの産駒はサトノクラウンただ一頭のみ──そしてサトノクラウンは、マルジュのラストクロップでもあった。


デビュー戦を迎えたサトノクラウンは、アンタラジーに次ぐ2番人気の評価だったが、立ち回りの巧さが光り1馬身半差をつける快勝。そのまま格上挑戦で東スポ杯2歳Sに挑むと、アヴニールマルシェとソールインパクト、グァンチャーレなど後の活躍馬を相手に、今度は豪快に差し切って重賞初制覇。
陣営はサトノクラウンの成長を促す為に、弥生賞に照準を合わせて休養させる判断をする。王道である弥生賞からのクラシック制覇を目論んだ。

そして迎えた弥生賞。
1番人気はホープフルSを制したシャイニングレイで、サトノクラウンは2番人気という評価だった。
他にも、ブライトエンブレムやグァンチャーレ、トーセンバジル、そして後にNHKマイル覇者となるクラリティスカイなどが顔を揃えていた。だが、レースが始まると、サトノクラウンはそうした強豪馬を一蹴することになる。1番人気に支持されたシャイニングレイが以前の伸びを欠いて馬群に沈んでしまうと、サトノクラウンは早くも先頭に立つ。そして迫りくるブライトエンブレムをものともせず完勝劇を見事に演じ、無敗で皐月賞に挑む事になったのだ。

──しかし、このGⅠ初挑戦が、サトノクラウンにとっての長い長いチャレンジャー生活の始まりとなるのである。

皐月賞には、ドゥラメンテ、リアルスティール、キタサンブラックらが集結。
その後を考えれば、あまりにも相手が悪過ぎたとも思えるメンバーが揃っていた。

続くダービーでは上がり最速を叩き出すも、キングカメハメハを超えるダービーレコードを叩き出したドゥラメンテが立ちふさがる。さらには同じ勝負服のサトノラーゼンを捉えられず、3着に敗れた。

この日本ダービーは多くの上位陣が骨折や怪我に苦しんだ厳しいレースだった事もあり、サトノクラウン自身も疲労を残すことになる。そして休養ののち、次に挑んだのは5ヶ月後の天皇賞秋。しかしここも、やや太め残りだったことも響き、結果は17着と惨敗した。

サトノクラウン陣営は秋の挑戦をそこで打ち切り、翌年・京都記念に照準をあわせた。
そこでもタッチングスピーチやアドマイヤデウス、ヒストリカル、ヤマカツエースやダービー馬ワンアンドオンリーなど強豪たちがひしめき合っていて、厳しい戦いを強いられると思われていた。更には生憎の雨模様が続いていて、レース時は既に晴れていたが、馬場状態は重馬場である。

重馬場にどう対応するかがカギを握ったが、サトノクラウンはここで素質を一気に開花。
迫り来るタッチングスピーチやアドマイヤデウスを全く寄せ付けず、3馬身差の圧勝を演じるのであった。

勢いそのままに、香港のクイーンエリザベス2世Cに挑んだサトノクラウン。
だが、結果は12着。サトノクラウンは再び、大舞台で大きな挫折を味わう。
失意の帰国ののち、ファン投票の支持もあり挑んだ宝塚記念でも、同期のキタサンブラックやドゥラメンテ、女王マリアライトらに全く差を詰められず6着。そのまま放牧期間へと突入した。

休み明けで天皇賞秋に出走しレースの勘を取り戻したサトノクラウン。
陣営は、次走を思い切って香港ヴァーズに照準を合わせる事にした。

だが、その香港ヴァーズには、BCターフを制し、凱旋門賞でも惜しい2着に入っていたイギリス馬ハイランドリールが参戦していた。圧倒的実績馬であり、実力も間違いない。レースが始まると、完全にハイランドリールのペースだった。
──いや、今を思い返せば、鞍上のモレイラ騎手とサトノクラウンは、あえてそうさせていたのかもしれない。
最後の直線ではハイランドリールが一気に後続を突き放し、押し切りを図っていた。ワンフットインヘヴンやヌーヴォレコルト、スマートレイアーが懸命に追うが、差が縮まらない。それどころか、むしろ突き放される一方だ。

しかしここで、馬群を縫うように、弾けた黒鹿毛馬が居た。

躍動する、漆黒の馬体。
名手ジョアン・モレイラ騎手を背に、逃げるハイランドリールをとらえようと鬼脚を繰り出した。

サトノクラウンだ。

逃げるハイランドリールを食いちぎらんばかりに、物凄い気迫と末脚で一気に射程圏内に捉えると、あっという間にハイランドリールを抜き去ったのだった。

この時、後続集団との差はなんと6馬身。
サトノクラウンはただ1頭のみ、世界の舞台でハイランドリールを見事に倒してのけたのだ。

もしかすると、数ヶ月前にサトノクラウンの活躍を見届けるようにして亡くなった、父マルジュの後押しがあったのかもしれない。そして、無念の競走能力喪失と診断されて志半ばで現役を終えた、同期であり同厩舎だったドゥラメンテが、背中を押してくれたのかもしれない。或いは、この後の香港カップで「厩舎のエース」として引退するモーリスへのはなむけだったのかもしれない。

兎にも角にも、一躍、サトノクラウンは世界の『漆黒の王者』にまで登りつめたのだった。

その後2017年と2018年、サトノクラウンはキタサンブラックや同じ勝負服のサトノダイヤモンドと共に「厩舎のエース」として、そして「日本競馬界の漆黒の王者」として第一線を引っ張り続けた。京都記念を連覇した後、大阪杯を挟んで宝塚記念にて得意の重馬場でゴールドアクターを振り切って2度目のG1制覇を成し遂げ、2018年限りで惜しまれつつ引退。マルジュ産駒として日本で唯一の後継種牡馬としての期待が高まっている。

初年度の種付け頭数は63頭とやや少なめであったが、2年目の2020年度はなんと135頭と、徐々に人気も高まっている。やはり、日本の繁殖牝馬の相手候補としてはロードカナロアやルーラーシップに次ぐ非サンデーというのも大きいのかもしれない。

漆黒の王、サトノクラウン。
父となった今、新たなる正当な「王子」の誕生を、牧場で心待ちにしている事だろう。

写真:Horse Memorys

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