
長年競馬をやっていると、どこかもどかしく、愛さずにはいられない馬に出会うことがある。
このレースでは盤石と思って応援すれば惨敗、逆に見切りをつければ激走……そんな非常に心をかき乱す、しかしそれでも応援せずにいられないような馬。
デビューから41戦を戦い抜き、重賞は6勝。しかし1番人気に支持されたことは競走生涯で一度もないというクラレントは、まさにそんな存在だったのではないだろうか。

■王となるべく剣を研ぐ
栗東の名門、橋口弘次郎厩舎に入厩したクラレント。
デビュー戦は出遅れながらメンバー中最速の上り3Fで快勝すると、続くデイリー杯2歳Sも同じような展開から勝ち切り、瞬く間に重賞ウィナーとなった。その余勢を駆ってクラレントは東京スポーツ杯2歳Sに挑戦し、2番人気に推される。
このレースでは後年、ダービー馬となるディープブリランテや、世界ランキング1位に輝くジャスタウェイなど世代トップクラスのメンバーが出走していたが、無敗のG2馬という実績も手伝ってクラレントは2番人気に推されていた。
──が、結果は13着。彼は馬場入り後に鞍上の小牧太騎手を振り落とし、コースを2周するほどの激しい放馬をしてしまったのだ。
このアクシデントで何かの歯車が狂ったか…クラレントは、ここから3連敗を喫してしまう。年明け初戦の弥生賞ではメンバー中唯一のG2馬ながら13頭立ての11番人気という低評価。その下馬評を覆せず12着に終わった姿に、馬券的な意味で見切りをつけたファンも少なくなかったはずだ。
しかしその次走のNHKマイルCで、クラレントは蘇る。道中は中団で脚を溜め、直線で外に持ち出されるとしぶとく脚を伸ばして3着に入線。弥生賞の時とは違い、ファンのつけた低評価を見事にひっくり返して見せた。次走の日本ダービーは流石に距離も長く15着に敗れたが、この敗戦を機にマイル路線にシフトしたクラレントは、ここから1年余りで重賞を3勝。同世代で4歳上半期の終了時点に重賞を4勝以上していたのは、ジェンティルドンナ、ゴールドシップ、ホッコータルマエの3頭のみなのだから、立派に『世代トップクラスの実力』を見せていたと言っていい。
しかし、彼は大舞台になるとどこか精彩を欠くところがあった。久しぶりのG1挑戦となった4歳秋のマイルチャンピオンシップはハイペースに巻き込まれて11着となり、翌春の安田記念も先行勢には厳しい流れとなり10着。この間も重賞では3戦して全て馬券圏内に来ていたように、実力は確かにある馬なのは間違いない。どこか運が向いてこなかった印象が強い。
そんな流れにケリをつけるためか──。2014年、5歳となったクラレントは初めて夏を休養に充てず、サマーマイルシリーズを転戦することとなった。
■この剣は夏の王者に相応しい
シリーズの初戦である中京記念は8着。G1では厳しくとも、重賞なら…という想いを裏切られたファンもいたかもしれない。そんなレースの直後というだけに、その次走である関屋記念での評価は4番人気というものだった。ここまでの実績だけなら群を抜いているのは分かりつつも、彼の人気をどこに置いたらいいのやら…ファンの悩ましさを反映するオッズとなった。
ゲートが開くと、人気馬の一角であるエキストラエンドがゲートを出ずに大きく出遅れるという波乱の幕開けとなった。一方、すんなりゲートを出たクラレントは外目から先行し、好位4~5番手から先頭を窺う位置につける。
800mの通過は46.5秒とやや速いが、これまで数多の大舞台を経験してきた同馬には、それほどつらい流れでもない。淡々と道中を進め、直線に向いてきたクラレントは徐々に加速し、抜け出したダノンシャークを射程圏内にとらえる。逃げるダノンシャークを追うクラレントの脚に、鈍りはひとつも見当たらなかった。
そのまま外からライバルを交わし去ると、追ってきた後方勢も抑え切って完勝。実に1年と2か月ぶりとなる重賞制覇となった。ゴールの瞬間、鞍上の田辺裕信騎手は「よくやった!」と言わんばかりに愛馬の首筋を軽く叩いた。その仕草に、同じ想いを載せた人は果たして何人いただろう。次走、京成杯オータムハンデも連勝し、重賞6勝目を挙げたクラレントは、この年のサマーマイル王者に輝いた。
■唯一無二の”Clarente”
この連勝のあと、当然G1の舞台での活躍が期待されたクラレント。しかし、本番のマイルチャンピオンシップでは、4角でGOサインを送った田辺騎手のアクションに反応することは無く、そのまま馬群に飲み込まれて17頭立ての15着に終わる。勝利したのは、関屋記念で下したダノンシャークだった。
続く阪神カップも14着。年が明けてからの2戦も6着、10着と、またも長い低迷のトンネルに入るかと思われた。
しかし次走の安田記念では、17頭立て12番人気ながら大本命であるモーリスをぴったりとマークし進めると、直線に向いても飲み込まれない。寧ろ、抜け出したライバルに並びかけていくかのようにその脚を伸ばし始めた。
が、坂を上り切ったところで脚色は鈍り、最後は更に後ろから差してきたヴァンセンヌにも捉えられ3着。それでも勝ったモーリスには、僅かコンマ2秒差まで詰め寄っていた。
この後も何度か凡走しては好走し、また再び不振に入るという成績を繰り返したクラレントは、通算41戦目、4度目となる安田記念で9着と敗れたのを最後に、現役生活に別れを告げた。
数々の一線級の馬達を相手にJRAの芝1600m重賞5勝を挙げたクラレント。この記録は2025年現在、ほかにはグランアレグリア、ダイワメジャー、ウオッカのみが達成しており、G1未勝利馬では同馬のみである。
さらに重賞6勝(2025年現在、G1未勝利馬ではバランスオブゲームに次ぎ、メイケイエールと並んで2位タイ)や4兄弟による重賞制覇なども達成しており、多くのレコードを保持している。
しかし、これほどまでタイトルを積み上げたにもかかわらず、現役生活で1番人気が1度もなかったのはクラレントが唯一無二。それもまた、激走か凡走かというふたつにひとつのユニークな馬であったがゆえに産まれた大記録なのかもしれない。
そういう馬がたまに現れるからこそ、競馬は面白く、彼らを応援しないわけにはいかないのである。
写真:Horse Memorys