ルヴァンスレーヴ - 日本のダート界を吹き抜けた熱き風

2018年7月。この月の末日をもって、10年超勤務した会社を退職することが決まっていた私は、後任への引き継ぎ、そして、かつて担当したお客様への挨拶回りに追われていた。その挨拶回りの中で分かったのは、意外にも競馬好きが多かったこと。競馬の話を1つ2つしておけば、あのときの商談はうまく進んでいたかもしれないのに……。今さらそんなことを思っても仕方ないのだが、その1ヶ月間に、そう思うようなことが何度もあった。

この原稿を書きながら、あるお客様とのラインのやりとりを遡って見ている。退職を報告するまで、お客様とプライベートの連絡先を交換したことはなかったが、私が辞めてからも連絡を取れるようにと言ってくれたお客様が何人かいたことは、本当に嬉しかった。

2018年7月5日。前日に挨拶を済ませ、プライベートの連絡先を交換したお客様の一人からこんなラインがきている。

「来週水曜日、大井競馬場行きます? ジャパンダートダービー」

翌週も、そして最後の出勤日となる7月31日まで。引き継ぎや挨拶回り、他にもみっちり残業して終わらさなければならない仕事はたくさん残っているだろう。それでも、私は二つ返事でOKした。お客様と競馬を見に行ける機会など、こんなタイミングでもなければあり得なかったからだ。

迎えた7月11日。待ち合わせは、大井競馬場4号スタンドのミリオンシートだった。私のために、わざわざ指定席を用意してくれていたのだ。ゆっくり来ればいいからとは言われていたものの、早々にその日の仕事に見切りをつけた私は、18時前に退社。ラインを読み返してみると、現地には18時45分頃の到着していたようだ。

この日はまず10レースの馬券を買い、的中したもののプラスマイナス0。その次が、メインのジャパンダートダービーだった。1番人気は、ここまで5戦4勝2着1回で、全日本2歳優駿とユニコーンSを勝ったルヴァンスレーヴ。2番人気は、前走の伏竜Sでルヴァンスレーヴに唯一土をつけたドンフォルティス。以下、グレートタイム、オメガパフュームの順で人気は続いていた。

ゲートが開くと、テーオーエナジーが先手を取り、リコーワルサーがそれに続く。大外14番からスタートしたオメガパフュームは中団6番手。一方、人気のルヴァンスレーヴは、最内枠からこの日もややゆっくりとしたスタート。そのまま、後ろから3頭目に待機していた。

その後、迎えた勝負所の3コーナー過ぎ。有力馬たちが続々とスパートを開始し前との差を詰めにかかったものの、その差は思うように詰まらない。特にルヴァンスレーヴは、2走前に右回りで差し遅れて敗れたように、この日もコーナーでなかなか行き脚がつかないように見え、直線入口でも先頭とはまだ7~8馬身の差があった。

迎えた直線。カクテルライトに照らされ、14頭の人馬が勝負に出る。粘る前2頭を懸命に追う、6頭ほどの集団。我々の席の前を一斉に馬たちが駆け抜けるちょうどそのとき。明らかに次元の違う末脚を繰り出し、あっという間に前との差を詰め、集団の外から豪快に追い込む馬がいた。

「なんだあれは!?」

「勢いが全然違う!」

我々は叫んだ。それは、戦慄を覚えるほど桁違いの末脚で、今も鮮明に思い出すことができる強烈な記憶。その末脚の主は、つい数秒前までなかなかエンジンがかからず、有力馬たちから取り残されそうになっていたルヴァンスレーヴだった。

ルヴァンスレーヴは、社台コーポレーション白老ファームに生を受けた。父のシンボリクリスエスは、天皇賞・秋と有馬記念を連覇し、年度代表馬のタイトルを2年連続で獲得。2000年代前半を代表する最強馬の一頭だった。

一方、母のマエストラーレは現役時4勝。デビュー2戦目から13戦連続で3着内に好走するなど、非常に安定感があった。血統面でも、6代母のファンシミンを祖とするファミリーの出身。そのファミリーから誕生したアドマイヤマックスは、2005年の高松宮記念を勝利し、2週間後には、姪のラインクラフトが桜花賞を制覇。さらに、ソングオブウインドも翌年の菊花賞を制するなど、GIはもちろんのこと、重賞勝ち馬を挙げ出せばキリがないという名牝系である。

ディープインパクト産駒のような分かりやすい良血ではないものの、隠れた良血といえるルヴァンスレーヴは、GIレーシングの持ち馬となり、美浦の萩原清厩舎に入厩。8月新潟ダート1800mの新馬戦で、ミルコ・デムーロ騎手を背にデビューを迎えた。

1番人気とはいえ、オッズは3.4倍。ゴールドアリュール産駒のゴライアスや、キングカメハメハ産駒のビッグスモーキーと人気を分け合い、下馬評では三つ巴の様相を呈していた。しかし、そんな評価を嘲笑うように、レースはルヴァンスレーヴの独壇場となる。

スタートをゆっくりと出たため、序盤は中団でレースを進めたものの、中間点で先頭に。その後、直線に入ってからは独走となった。最後の1ハロンはまるで追われることなく、それでも2着ビッグスモーキーに7馬身差。クビ差3着のゴライアスを挟んで、4着馬はさらにそこから10馬身も離されるのだからたまったものではない。まさに圧巻の内容で、デビュー戦を飾ったのだ。

萩原厩舎からは前年、エピカリスが全く同じ舞台でデビュー。やはり後続に6馬身差をつけて圧勝していたが、その先輩に匹敵するほどインパクトのある勝ち方だった。

エピカリスが歩んだ道をなぞるように、2戦目として選ばれたのが10月のプラタナス賞。ここはさすがに断然の支持を集めたが、結果もそのとおりとなった。

2着のソリストサンダーにつけた着差こそ2馬身半ではあるものの、このときは直線に入ってからも終始追われることがなかった。デムーロ騎手が、ターフビジョンで後続との差を何度も確認する余裕があったほど。それでいて、勝ちタイムは2歳レコードだから驚きである。

ダート界に、期待の新星が誕生したのはもはや明白。それを確実なものとし、その名を全国に知らしめる場として、3戦目に交流GIの全日本2歳優駿が選択されたのも当然だった。

この日も、ルヴァンスレーヴは2倍を切るオッズとなったものの、初のナイターに、東京競馬場とは対照的な小回りコース。懸念材料がなかったわけではないが、レースは、それも杞憂に終わってしまうような内容となる。

この日も相変わらずゆっくりとゲートを出たルヴァンスレーヴは、直後。2つ隣の馬が外に寄れたため、自身も外にはじかれるアクシデントに見舞われてしまった。1コーナーを後ろから3番手で回り、川崎コースでは一見すると厳しい展開。しかし、そこからポジションを徐々に上げ、勝負所で一気に前との差を詰めて迎えた直線。

やや内に寄れながら先頭に立つと、再び鞭を使われることなく後続をあっという間に引き離し、あっさりと勝負を決めてしまう。最後、末脚を伸ばした2着ドンフォルティスとの差は1馬身だったものの、着差以上の完勝。重賞初制覇とGI級初制覇を、あっさりと成し遂げた。

これにより、ダート界の世代ナンバーワンの座についたルヴァンスレーヴ。デムーロ騎手も含め、海外遠征を期待する声は多かったものの、翌3歳シーズンは国内に専念することが決定。復帰初戦は、4月中山のオープン伏竜Sだった。

同じ日、デムーロ騎手が大阪杯でスワーヴリチャードに騎乗するため、ルヴァンスレーヴにとっては初の乗り替わり。そして、初の右回りだったが、およそ1時間後にデムーロ騎手がGIを制したのとは対照的に、ルヴァンスレーヴは2着に敗れてしまう。

休み明けのせいか、4コーナーでの反応が鈍く、押し上げていくいつもの勢いがない。そこで前との差が開いてしまい、ドンフォルティスにリベンジを許してしまったのだ。また、コーナリングで、ややぎこちなさが垣間見えたレースでもあった。

そのため、ドンフォルティスが出走してこなかった次走のユニコーンSは、一転して負けられない戦いとなった。鞍上はデムーロ騎手に戻り、さらには、これまで全3勝を挙げてきた左回り。条件が揃ったこの一戦で、ルヴァンスレーヴは期待以上の走りを見せた。

いつもどおりのスタートから、序盤は後方2番手でレースを進めると、その後3コーナーで上昇を開始。続く4コーナーで一気に先行集団へ取り付くという、お決まりの必勝パターンで迎えた直線。坂の途中で逃げるセイウンクールガイに一気に並びかけ、坂上で先頭に立つと、そこからは独走。

抜け出したあと、ダメ押しの左鞭が2発、3発と入ると、後続との差がさらに開く。終わってみれば、10年ぶりにレースレコードを更新する完勝。前走の鬱憤を晴らすような勝ち方で、勇躍ジャパンダートダービーへと向かったのだ。

──この時の結果については、もはや書くまでもないだろう。

直線、一頭次元の違う爆発的な末脚を繰り出したルヴァンスレーヴは、残り100mで逃げるテーオーエナジーを捉えた。そこから一瞬で突き放すと、追ってきたオメガパフュームに1馬身半差をつける完勝。世代最強のタイトルを防衛し、史上初めて、全日本2歳優駿、ユニコーンS、ジャパンダートダービーをすべて勝利する馬となった。

こうして、世代ナンバーワンの座を確固たるものとしたルヴァンスレーヴに待っていたのは、古馬との戦い。3ヶ月弱の休養を経た彼の姿は、東京から500km以上も離れた盛岡の地にあった。マイルチャンピオンシップ南部杯に出走するためである。

そこで待ち受けていたのは、前年にJRAの2つのダートGIを勝利し、この年のかしわ記念と帝王賞を制していたゴールドドリーム。そして、ゴールドドリームをフェブラリーSで撃破し、悲願のGI制覇を達成したノンコノユメだった。

ただ、下馬評ではゴールドドリームとルヴァンスレーヴの一騎打ちムード。オッズも、ゴールドドリーム1.6倍に対し、ルヴァンスレーヴが2.1倍で、2頭が他の12頭を大きく引き離していた。

ゲートが開くと、この日、初めて五分のスタートを切ったルヴァンスレーヴは、先行集団を前に見て6番手を追走。ただ、直後につけたゴールドドリームにマークされるような格好となり、決して簡単な展開ではなかった。

それでも、いつもどおり勝負所で上昇を開始し、迎えた直線。残り200m地点で、逃げるベストウォーリアを難なく捉えると、ゴールドドリームを突き放し、最後まで馬体を合わせることを許さず、1着でゴールイン。

王者にマークされながらも掴んだ勝利の意味はあまりに大きく、3歳10月の上旬という、考え得る最も早い時期に、ダート界の新たな王者が誕生したのである。3歳馬が南部杯を勝ったのは、31回の歴史で初の快挙でもあった。

こうして新王者に輝いたルヴァンスレーヴには、もう一つ手にしていないものがあった。それは、JRAのGIタイトル。新たなターゲットを求め、そこから2ヶ月弱の間隔を開けて出走したのが、チャンピオンズカップだった。

前年覇者のゴールドリームが、筋肉痛のため直前に回避したこの一戦。初の中京コースとはいえ、得意の左回りで、いざゲートが開くと、キャリア8戦目にして最良のスタート。こうなると、ルヴァンスレーヴが敗れる展開を思い描くことなど、もはや愚行といえた。

道中は、逃げるアンジュデジールの2番手を追走。もはや、スピードの違いか。やや行きたがる素振りを見せたものの、頭を上げて折り合いを欠くようなところはまるでない。勝負所でも、楽な手応えのまま迎えた直線。

追い出されると、いつもどおりの末脚を発揮し、直線半ばで先頭へ。そして、この日も残り100mからの脚が抜群だった。ゴール板に近づくに連れ、勢いを増す末脚。あっという間に2番手との差を広げ、最後は独走のゴールを果たす。

レース後のインタビューで、デムーロ騎手が「バケモノ」と表現し、ルメール騎手は「ダートのアーモンドアイ」と喩える素晴らしい内容だった。12年ぶりとなる、3歳馬のチャンピオンズカップ制覇。この年、ルヴァンスレーヴは文句なしにJRA賞最優秀ダートホースのタイトルを獲得したのだった。

夢はドバイか、はたまたブリーダーズカップか。4歳を迎えたルヴァンスレーヴにかかる期待は、当然のように大きく大きく膨らんでいった。

ところが──。

チャンピオンズカップ後、左前脚に軽度の不安を発症したルヴァンスレーヴはフェブラリーSを回避すると、ドバイへの登録も見合わせ。その後、帝王賞での復帰が予定されていたものの、レース1週間前に再び不安を発症。ここも回避することになってしまう。

その原因は、繋靱帯炎。古くは、シンボリルドルフやメジロマックイーンが、この病によって現役生活を絶たれ、ルヴァンスレーヴの復帰も困難を極めた。休養期間は、実に1年5ヶ月に及び、再び彼がターフに姿を現わしたのは、2020年5月のかしわ記念だった。

しかし、このレースで7頭中の5着に敗れ、生涯初めて連対を外すと、続く帝王賞では10着に大敗。そこに、かつての輝きは見られなかった。

その後、秋に向けて調整されていたものの、本来のパフォーマンスを取り戻すことは難しいとされ、8月に現役引退。同時に種牡馬入りが発表されたのだ。

こうして振り返ると、ルヴァンスレーヴの実質の実働期間は、2歳の8月から3歳の12月まで。わずか、1年半にも満たなかったことになる。それでも、チャンピオンズカップまでに見せたパフォーマンスは、過去のチャンピオンホースたちと比較しても、決して遜色ないもの。そのあまりの強さに衝撃を受けたファンや関係者は、決して少なくなかったはずだ。

その表れか、種牡馬としての初年度を迎えたルヴァンスレーヴは、223頭に種付け。これは、国内で繋養されている種牡馬の中で、堂々トップの数字だった。2位は、同じシンボリクリスエスを父に持ち、無敗のクラシックホースを2頭も世に送り出したエピファネイアの218頭。

さらには、ともに2022年の種付け料がアップされたにも関わらず、既に満口となっており、シンボリクリスエスを介したロベルト系の未来は、かなり明るいものといえるだろう。

3年半前、私の目の前を一瞬にして駆け抜けた強烈な熱風は、その後、半年もしないうちに、日本のダート界を席巻した。ルヴァンスレーヴとは、フランス語で「風立ちぬ」という意味。

目の前をあっという間に吹き抜けた風のように、ルヴァンスレーヴが輝いた期間は、短かったかもしれない。しかし、その強さを、鮮烈に脳裏に焼き付けているファンは決して少なくないだろう。産駒のデビューは2024年。今度は、その血を受け継ぐ子供たちが、大きなうねりとなって、日本のダート界に旋風を巻き起こすに違いない。

写真:ブロコレさん(@heartscry_2001)、かぼす、あかひろ、Horse Memorys、緒方きしん

あなたにおすすめの記事