「ファインモーション飛躍!」の起点となった、2002年ローズステークス

待ちに待った秋競馬の開幕を感じさせる、ステップレースたち

個人的に、妙に長く感じてしまう10週間の夏競馬が終わり、中山、阪神開催に替わる時が一年で一番うれしい時期となる。テレビの競馬中継で時間を潰していた週末が、競馬場で馬たちを見て過ごす日常の週末に戻る。しかも秋のG1戦線に向けて、主役たちが続々と競馬場に帰って来る9月。これから展開される壮大なドラマを想像しつつ、レーシングカレンダーを眺める時間がワクワクするひとときだ。

また、9月の中山・阪神開催は、3歳馬が秋の大一番を目指すトライアル月間。菊花賞を目指すセントライト記念と神戸新聞杯、秋華賞トライアルの紫苑ステークスとローズステークス。これらのレース名を目にするだけで、気持ちが高ぶってしまう。

牡馬のトライアル2レースは、ここをステップに本番の菊花賞や古馬G1戦線にチャレンジする馬たちの壮行レースのイメージ。私にとって、古くから慣れ親しんだ9月の代表レースである。一方、牝馬のトライアルレースも歴史は古い。紫苑ステークスは2000年に新設され(それまでは中山で実施されたクイーンステークス)、ローズステークスは1983年にエリザベス女王杯トライアル競走として制定された。これら牝馬のトライアルレースは「秋の花」の名がついたレース。「紫苑」は秋に紫色の花を咲かせるキク科の花、「ローズ」は春のイメージが強いが、実は春バラと秋バラの見ごろが2回ある。熱いトライアルレースとはいえ、季節感たっぷりの秋のレースである。

ローズステークスの歴史を紐解くと、優勝馬に錚々たるメンバーが名を刻んでいる。G2格付けされた1986年にメジロラモーヌが優勝し、本番のエリザベス女王杯も制覇して「初代三冠牝馬」となった。以降もヒシアマゾン、アドマイヤグルーヴ、ダイワスカーレット、ジェンティルドンナなどのG1牝馬たちが勝利を飾っている。

歴代優勝馬は、春のG1馬が通過点として勝利を重ねるパターンと、条件戦連勝の勢いで勝ち切り、その後のG1も制覇する「夏の上がり馬」の登場が見られる。後者のパターンで最もインパクトがあった優勝馬といえば、何と言っても2002年のファインモーションだろう。

ファインモーションの持つ"破壊力"

1999年1月にアイルランドで誕生したファインモーションは、栗東の伊藤雄二厩舎に所属。外国産牝馬のため春のクラッシック競走出走権は無く(当時)、普通なら注目されるまでは至らないもののファインモーションは少々違った。栗東トレセン入厩後たちまち評判が広まり、メディアにもたびたび取り上げられる。バランスの取れた馬体だけでなく力強い調教フォームは、同厩舎の先輩であるエアグルーヴとの比較でも話題となった。

ファインモーションがデビューしたのは2001年12月の阪神新馬戦。武豊騎手を背に、牡馬相手の2000mを後続に4馬身差をつけて逃げ切り。単勝1.1倍、上がり3Fを最速の34.0秒でまとめ、評判通りの「凄さ」を披露した。

春のクラッシック戦線に縁の無かったファインモーション。インパクトあるデビュー戦の後は成長を促すための休養に入る。そして彼女が再びベールを脱いだのは、夏の北海道シリーズだった。

8か月の休養を経たファインモーションは、函館競馬場の500万以下で復帰する。鞍上は松永幹夫騎手で、新馬戦と同じく2000mのレース。プリティジュエルが逃げる展開の中、2番手につけると、直線入り口で並びかけムチを入れることなく5馬身差で勝利を飾った。

3戦目は中2週の札幌競馬、1000万以下の阿寒湖特別に登場。2000mを2回使われたファインモーションは、距離を伸ばして2600mのレースにチャレンジする。しかし経験豊富な古馬相手の2600m戦も、彼女にとっては通過点。好位ポジションを追走し、直線も追われることなく再び5馬身差をつけての楽勝となった。

新馬戦後の休養を経て、ファインモーションは更に凄みを増していた。そして、夏の北海道シリーズで秘めたる実力を披露した彼女は、最強チャレンジャーとして秋のG1戦線へ向かうこととなる。

世代ナンバー1の称号を得たローズステークス

「ファインモーションはどこまで強いのか?」

彼女が4戦目に選んだローズステークスの焦点は、その一点に絞られた。

2002年9月15日、秋晴れ良馬場の阪神競馬場に16頭の三歳牝馬が集結した。オークス馬スマイルトゥモローが不出走も、まずまずの顔ぶれ。桜花賞馬アローキャリー、オークス3着のユウキャラット、関東オークス優勝でクイーンステークス3着のサクラヴィクトリアなど、春の役者たちが揃う。

春のG1組を差し置いて、圧倒的1番人気にされたのはもちろんファインモーション。重賞未勝利ながら単勝は1.2倍の支持を得ている。堂々とパドックを周回する484キロの馬体は、貫禄そのもの。ファインモーションの胸を借りる15頭・・・といった構図にも見えるパドックだった。

一斉のスタートから、逃げ馬ビーポジティブが飛び出す。ユウキャラットが追いかけ、ファインモーションも好位につける。ペースが落ち着いた2コーナーで、4番手からゆったりと追走するファインモーション。直後にアローキャリー、タムロチェリーのG1馬の姿が見えるが、松永幹夫騎手は余裕で外側の進路を取っている。

先頭から最後方まで10馬身の団子状態で残り800mを通過すると、最後方にいたツルマルグラマーが動く。ビーポジティブのペースが上がる中、それでもファインモーションは外目の4番手をゆったりと追走。すぐ前のトリプレックス騎乗の武幸四郎騎手の手が激しく動いている。

4コーナーから直線に入ると、ファインモーションはあっと言う間に先頭に立ち、手綱が動くことなく差が広がる。トシザダンサー、トリプレックスが追いかけるものの後方に置かれて行く。

完全に独走態勢に入ったファインモーションはそのままゴール板を通過し、危なげなく無傷の4連勝で初重賞制覇。最後、追い上げてきたサクラヴィクトリアを3馬身突き放していた。

単勝1.2倍の支持通り、圧勝したファインモーション。世代№1の称号は、オークス馬スマイルトゥモローとの対戦を残しても揺ぎ無いものと思われた。次走秋華賞のその先も見通せる、完璧な勝利を飾ったファインモーションの「凄さ」は、どこまで続くのだろうか。

誰もがその強さを認める、完璧な4勝目だった。

ファインモーションの「光と影」

「同世代には、互角に戦える相手はいないのか?」

秋華賞に登場したファインモーションは、単勝1.1倍。桜花賞、オークス共1番人気(3着、5着)に支持された藤沢厩舎のシャイニンルビーが2番人気に支持されるものの18.7倍。鞍上が武豊騎手に戻ったファインモーションは、ローズステークス以上の楽な展開で、再びサクラヴィクトリアを突き放す。着差3.1/2馬身、走破タイムは1分58秒1。ローズステークスから2秒縮めたタイムでのG1初制覇となった。

世代の頂点に立ったファインモーションが次に目指すのは、「現役牝馬チャンピオン」の座。次走にエリザベス女王杯を選んだファインモーションは、古馬牝馬たちとの頂上決戦に挑むこととなる。

2002年のエリザベス女王杯はメンバーが揃った。同世代で未対決のオークス1,2着馬、スマイルトゥモロー、チャペルコンサートとの同世代最終決戦。古馬陣では前年のオークス馬レディパステル、桜花賞馬シルクプリマドンナ、重賞3勝馬ダイヤモンドビコー、重賞常連のローズバドなど骨っぽいメンバーが揃った。

それでもファインモーションへの支持は揺ぎ無く、1.2倍の圧倒的な1番人気。

13頭の一斉スタートから、先頭を行くユウキャラット追って3番手につけたファインモーション。いつもの余裕の追走から4コーナーを回ると先頭に立ち、同世代のライバルや古馬G1馬の追従を許さなかった。最後まで脚色が衰えず、ダイヤモンドビコーに2.1/2馬身の差をつけて「現役牝馬チャンピオン」の座についた。

因みに、ファインモーションはこのレースで2つの記録を樹立している。デビューから6戦目での古馬G1制覇と、秋華賞→エリザベス女王杯の連覇(後にダイワスカーレット、メイショウマンボが達成)。

これだけでも、ファインモーションの「凄さ」が解る大記録である。

現役牝馬チャンピオンになったファインモーションのチャレンジは続く。年末の有馬記念ファン投票で3位に支持されたファインモーションは、牡馬の一線級たちと戦う有馬記念出走を決める。

2002年の有馬記念には天皇賞(秋)優勝のシンボリクリスエス、前年のダービー馬ジャングルポケットをはじめ14頭が出走。それでもファインモーションは1番人気に支持された。

レースでは武豊騎手が逃げの手を選択したもののタップダンスシチーに絡まれ、思うように先手を奪えない。結局、かかり気味のレース運びとなり、ファインモーションらしさを出せずに5着に敗れてしまう。

それでも、ファインモーションの2002年の蹄跡は立派なもの。有馬記念で初黒星を喫したとはいえ、快進撃が評価されて、「JRA賞3歳最優秀牝馬」を受賞した。

 

古馬になったファインモーションは、3歳時の破竹の勢いはやや影を潜め、善戦はするものの、直線先頭から勝ち切るレースが少なくなった。それでも4歳時には、マイルチャンピオンシップ2着後、阪神牝馬ステークスを優勝、5歳時には札幌記念を制覇している。

通算15戦8勝(重賞5勝)の蹄跡を残して、2004年のマイルチャンピオンシップ(9着)を最後にターフから去って行った。

その後のファインモーション

外国産牝馬のもうひとつの重要な役割は、繁殖牝馬として日本に新しい血脈を広げていくこと。浦河町の伏木田牧場に帰ったファインモーションもその準備を重ね、初年度はキングカメハメハとの交配が発表された。キングカメハメハ×ファインモーションの初仔、どんな子が競馬場へ戻ってくるのか夢が膨らむ。父母のパワフルさを受け継ぎ、春のクラッシック戦線で活躍する子供の登場を待ち望んだ。

しかし、「母・ファインモーション」が出馬表に記されることは無かった。

ファインモーションは、染色体の異常により医学的に受胎が不可能であることがわかり、繁殖牝馬を引退。今は、伏木田牧場で功労馬として繋養されているようだ。

ファインモーションの子供たちが競馬場に戻ってこなかったことは、待ち望んでいただけに残念なことである。だからといって、彼女の競馬場に記した蹄跡が色褪せることは絶対にない。

デビューから圧倒的なパワーで押し切り、一段ずつ階段を上って頂点を目指したサクセスストーリー。同世代の頂点を、現役牝馬チャンピオンの座を制覇していくファインモーションの姿を、決して忘れることはない。

再び、牝馬で初夏から夏に勝利を重ねる「夏の上がり馬」の登場に遭遇した時、きっとファインモーションを思い出すだろう。そして、その時は彼女に願望も込めて「第二のファインモーション登場!」と言ってあげたい。

Photo by I.Natsume

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