単勝万馬券の伏兵評価をひっくり返せ! 強豪馬が集まった2004年さきたま杯を制した「ハマれば強い」名馬、ロッキーアピール

2024年、さきたま杯がGⅠに昇格。
これまで数多の名馬を輩出してきただけに、さらなる期待が高まります。スマートファルコン、ノーザンリバー、ソルテ、イグナイターなど、さきたま杯を制覇した名だたる名馬の中に、ロッキーアピールもいます。今回はハマれば強い希代のクセ馬、ロッキーアピールについて見ていきます。


ロッキーアピールは松田国英厩舎に所属した外国産馬。2000年11月中京競馬場ダート1600mにて、鞍上・福永祐一騎手でデビューを迎えると、単勝1.2倍の圧倒的な人気に応えて勝利します。ダートでデビューながら、次のレースにGⅠ朝日杯3歳ステークスを選んだことから、ロッキーアピールに対する期待の高さをうかがい知ることができます。しかし、2戦目でのGⅠ挑戦はさすがに厳しかったようで、11着と惨敗。ただ、その後すぐに2勝目をあげるかと思われましたが、3戦勝てずに、デビューから通算6戦目でようやく2勝目をあげます。しかし次のダートオープン戦では1番人気ながら7着敗退と、なかなか思うように連勝できません。8戦目は再び芝の重賞中日スポーツ賞ファルコンステークスにチャレンジ。ここでは鞍上の村山明騎手とともに善戦しますが、結果は惜しくも2着。敗れはしたものの、ダートで2勝という戦績で芝の重賞でも2着にきたことから、ロッキーアピールは『ハマれば強いレースをする』という馬として注目されるようになりました。その後しばらくはなかなかハマらず、凡走を繰り返してはたまに好走という戦績を残します。結局、1600万下で2勝、オープンで2着1回と、重賞は勝てないまま中央競馬としての現役生活を終えます。1600万下で勝った時は、9番人気と4番人気、オープン2着の時は11番人気と人気薄での好走が多かったので、やはりハマれば強いクセ馬として穴党ファンの記憶に残ることになりました。

2003年、ロッキーアピールは道営で1戦してから、南関東・川崎競馬の山崎尋美厩舎に移籍。移籍後すぐの古都オープンに勝利すると、続く勝島賞も勝利して連勝。どうやら南関東の水があったようです。ただ、オープンレースを3勝しているのに、重賞でなぜかハマらず、5戦しても勝ち星には届きませんでした。特に通算36戦目の川崎競馬場スパーキングサマーカップは、1番人気ながら9着と惨敗してしまい、重賞制覇がまたもお預けとファンを落胆させます。そのような中でむかえたのが、2004年9月浦和競馬場で行われたさきたま杯でした。

このレースでは、4頭出走していた中央競馬所馬が人気を独占します。
1番人気はニホンピロサート、2番人気はマイネルセレクト、3番人気はノボトゥルー、4番人気はストロングブラッド。そして5番人気が地方競馬所属のブラウンシャトレー、ロッキーアピールは6番人気でした。6番人気とはいえ単勝万馬券ですから、いかに中央競馬所属馬に人気が集まっていたのかが分かります。ロッキーアピールがここでハマると思った人は少なかったということでしょう。

レースがスタートして先行争い。名古屋のレイナワルツが逃げて、ロッキーアピールが2番手、マイネルセレクトとノボトゥルーが3番手4番手、5番手にストロングブラッドで6番手にブラウンシャトレーが続きます。その後大きく離れてマキバスナイパー、さらに後ろにニホンピロサートといった展開。そこから後ろの馬たちはついていけません。向こう正面に入っても大きな動きはなく、3コーナーから4コーナーにかけて逃げていたレイナワルツを、ロッキーアピールとストロングブラッドが捕まえにいきます。その後ろにいるノボトゥルーとマイネルセレクトの鞍上は手が動いている状態。直線に入って良い手応えでロッキーアピールが先頭に立ちます。ロッキーアピールまさかの手応えの良さに、ザワつきが起こります。直線に入りようやく、中央競馬の所属馬たちが襲いかかってきますが、そこは先行有利な浦和競馬場でなかなか差が縮まりません。結局ロッキーアピールは、テン乗りだった川崎競馬の名手・今野忠成騎手渾身のムチに応えて、あれよあれよと言う間に押し切り勝ち。2着にはクビ差でストロングブラッドとなり、その後ノボトゥルー、ニホンピロサート、ブラウンシャトレー、マイネルセレクトという順で入線しました。ロッキーアピールは単勝万馬券で見事勝利をおさめて、念願の重賞初制覇。「ここでロッキーアピールがハマったか~!」という声が多く聞かれました。ハマれば強いクセ馬ですが、まさかここでハマると思った競馬ファンは少なかったのが現実でした。

交流重賞を制覇したロッキーアピールでしたがその後、地元重賞や交流重賞で上位にはくるものの、勝ち星は2006年のアフター5スター賞のみ。やはりなかなかハマりませんが、そんなロッキーアピールがもう一度ハマったのが、2006年名古屋競馬場でのかきつばた記念でした。川崎競馬の若手として、川崎競馬の名手で調教師となった山崎尋美さんの息子として、当時から期待されていた山崎誠士騎手。所属が父親の山崎尋美厩舎ということもあり、ロッキーアピールに騎乗するようになります。それまでも何度か上位にはきていましたが、勝ち星を上げることはできませんでした。しかしかきつばた記念では、見事にハマってあれよあれよの逃げ切り勝ちで、並み居る強豪を撃破。5番人気で勝利して、山崎誠士騎手は初重賞制覇がダートグレード競走という快挙を成し遂げました。やっぱりハマれば強いロッキーアピールですが、その後はハマらず、勝ち星を上げること無く引退しました。


56戦10勝、ハマれば強い希代のクセ馬としてファンを沸かせたロッキーアピール。気分屋なところがあり、ハマれば強いものの、普段は凡走が多い本当に不思議なお馬さんでした。同時に、なんだか憎めないところがあり、多くのファンに愛されました。これからのさきたま杯にも、私たち競馬ファンをあっといわせてくれる個性豊かな地方馬が出てくることを願っています。

写真:かず

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