時には、走るために生を受けたとも言われる、サラブレッドたち。走ることを宿命づけられた若駒たちは、幼い頃からデビューに向け、虎視眈眈と訓練を積んでいきます。
しかし本当にそれだけが宿命なのでしょうか?今回はそんな事を感じさせてくれた馬をご紹介します。

1996年10月6日・東京新馬戦。
無事に競走馬としてデビューを果たすと思われたさなか──緊張のためか、興奮しすぎてレースのスタートの直前に蹴り上げた足をゲートに当てて怪我を負ってしまい、競走除外になった馬がいました。
一度もレースに出ることのなかった「悲運」の馬。

その馬の名は、ナリタトウショウ。

父は1990年の朝日杯3歳ステークスを当時のレコードで制したリンドシェーバー。
リンドシェーバーといえば、14年ぶりにマルゼンスキーの記録を更新するレコードタイムで優勝して、翌年のヒアシンスSでも圧勝した名馬です。リンドシェーバーはその後弥生賞に駒を進めて2着となるも、次走に向けた調教中に骨折が判明。
当時の4歳(現3歳)を6戦4勝という戦績で引退した彼もまた「悲運の馬」だったのかもしれません。

ナリタトウショウは引退後、乗馬クラブに引き取られます。
乗馬クラブではマサイと名付けられ、「あっかんべー」をする珍しい馬として、一躍乗馬クラブの人気ものに。その人気ぶりは、テレビや新聞の取材も受ける程でした。

乗り味がよろしくない所からマサイと名付けられたという話も耳にするようなヤンチャぶり。

思い返せば、競馬場ではたった一人のジョッキーを──それも僅かな時間しか乗せることのできなかったナリタトウショウです。「もしかして、人を乗せることが嫌い?」と思う事もありました。

しかし、乗馬の世界でどれだけの人を乗せて来たのでしょうか。

いつしか「人を乗せることが好きで」初心者専用としても活躍するような存在となりました。
2017年には、とても寒い冬の朝に寝違えて、そのまま立ち上がることが出来なくなった日もありました。

しかしそれでもまた、レッスンに復帰して初心者を乗せてくれる活躍ぶりを見せてくれました。そうして特に人気のあったマサイも、気がつけばもう26歳に(2020年現在)。

高齢から近い内に人を乗せることもなくなるかもしれません。しかし、穏やかに乗馬初心者を背に歩くナリタトウショウ(マサイ)を見ると、なにかを教えてもらえる気がするのです。

デビュー叶わず引退となった彼が、高齢になってもみんなの人気ものとして活躍してくれること。それこそが、走ることや勝つことがサラブレッドの唯一無二の至上命題ではないということの証明になるのだと思います。


そして、デビュー戦を走れず引退となったサラブレッドでも、その宿命も変えられるのだと。

  写真:Stay Dream

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