絶対に負けられない戦い。 - 2017年レパードステークス/エピカリス苦難の蹄跡を振り返る

競馬の昔話は盛り上がる?

最近の私は、昔の話が多くなったと自分でも感じ始めている。人間は歳を重ねると、未来の話より過去の話が多くなり、その比率はどんどん高まるそうだ。決して自分が老けたとは思わないが、居酒屋タイムの半分近くは、過去の話で盛り上がっていることに気がつく。特に過去ネタの口火を自分が切っていることが多いということは、既に『そのような域』へ踏み込みつつあるのかも知れない。

競馬の話も、過去を語り出すと盛り上がる。特に過去の悔しいシーンは、最高の肴になり、酒がどんどん進む。応援していた馬が、直線外に出せず馬群に包まれて届かずのレースとか、出資馬が重賞レースに上位人気で出走したものの落鉄して最後は伸びを欠いたとか、話は尽きない。応援馬が期待に応えて快勝したレースより、惜しい2着、届かずの3着などのもどかしいレースがいつまでも心に残っているのは私だけではないだろう。90年代のマチカネタンホイザやホワイトストーン、フジヤマケンザンなど、G1を勝てそうで勝てなかった私の「心の名馬」たちが、思い出話に頻繁に登場するのは、彼らが走っていた時代に悔しさを共有していたからだ。

ただ、昔を振り返るのは大好きだが、「もしあの時、ああしていれば…」みたいに、今の自分の進んできた道を否定するような振り返りはしないようにしている。今まで生きて来た中での様々な分岐点で、別の選択肢を選んでいたら…なんて考えても選びなおすことは出来ないし、その先どうなって行くのかも分からない。結局自らの選択が一番正しかったのだと思うことが、今を一生懸命に生きる糧になると信じている。

競馬を振り返る時も同じだ。「もし、あのレースであいつが勝っていたら…」と思ったところで、勝利以降の蹄跡が素晴らしく好転するかどうかなんてわからない。第一、そのレースで勝った馬にも失礼だ。「結果」という事実に基づき、レースを懐かしみ悔しい負けを讃えるのが過去のレースを振り返る事だと思いたい。

しかし、長くレースを見てきた中で、ひとつのレースだけ時間を巻き戻して欲しいレースがある。直線の入口で進路を選び直せるなら、ルメール騎手に選び直してもらいたい。それで、差し届かなかったら彼の実力として諦める。もしもそこで突き抜けたら、もう一度そこからの『RE:スタート』をさせてあげたい。私にはそんな馬が、1頭だけいる…。

2017年8月6日、新潟のレパードステークス(G3)。

──このレースで3着に敗れた、エピカリスである。

ダート界の新星登場!

エピカリスは2014年3月22日日高の浦河町で誕生する。父ゴールドアリュール、兄に小倉記念優勝馬メイショウナルトがいる血統。

2014年のセレクトセールでノーザンファームに落札され、キャロットクラブの募集馬となった。

 エピカリスのデビューは2016年8月の新潟ダート1800m新馬戦。毎年、ダートを主戦とする2歳馬たちがここを目標に出走してくる。除外馬が出る年も結構あり、出馬表にその名を刻むことがダート王への第一歩ともいえる注目のレース。エピカリスは無事、出馬表の3枠5番に登録されルメール騎乗でデビューを迎えることとなった。

レースは楽に先手を奪うと道中抑えたままのルメール騎手。直線も手綱をしごいただけで、あっという間に後続を引き離し、終わってみれば6馬身差の圧勝劇となる。

勝ち方の鮮やかさから、翌日のスポーツ紙にも取り上げられ、2歳ダートの新星誕生として注目された。

2ヶ月後の府中・プラタナス賞では、新馬戦で披露したパワーが本物であることを証明して見せた。

スタート直後から馬なりのまま4番手につけると、直線もルメール騎手の手がほとんど動くこともなく先頭に並びかけ、鞭1発で7馬身ぶっちぎる。

この秋はアイビーステークスでソウルスターリングが、アルテミスステークスでリスグラシューの牝馬たちがそれぞれ強いレースを見せていたものの、牡馬陣は群雄割拠状態。ダートとはいえエピカリスの評価はうなぎ登りだった。しばらくダートの2歳オープン戦が組まれていない状況のため、個人的に次走はダートの2歳G1川崎の全日本2歳優駿を目指すと思っていた。

しかし、エピカリスが選んだ次走は、中2週で門別の北海道2歳優駿(現JBC2歳優駿)。ここでも圧巻の先行力を披露する。

 2着ヒガシウイルウインに2.4秒差、大差での勝利。エピカリスは3戦目にして早くも重賞ウイナーとなった。

当初は、全日本2歳優駿とジャパンダートダービーの交流G1目標が、いつの間にかUAEダービー、更にその先へとステージがどんどんアップしていく。

トントン拍子でステップアップしていくエピカリス。しかしその代償として、右前脚の蹄が、少しずつ痛み始めていたのだろうか…。

エピカリス、苦難の道

3歳になり、ドバイ遠征の前の壮行レースとなったヒアシンスステークス。何馬身差で勝利するかと思われたものの、逃げるアデラートを直線で捕まえるのに手間取ってしまう。ゴール直前で何とか交わして3/4馬身差の辛勝。1600mの勝ちタイムはプラタナス賞より0.1秒遅い1分37秒8。本番を先に見据えたレースとは言え、一抹の不安を残したまま遠征することになる。

それでも、日本代表としてエピカリスは、UAEダービーの舞台で立派に戦った。直線先頭に立つと逃げ込みを図るエピカリス。ゴール直前、サンダースノーの強襲に遭い、馬体が一瞬のうちに並ぶ。ルメール騎手とスミヨン騎手の横睨みはサンダースノーがアタマ差前に出ていた。

無傷の5連勝とはならず、初めて先着を許したエピカリス。

私としては壮大な挑戦はここでピリオドを打ち、国内での3歳ダート統一チャンピオンを目指して欲しかった。

また鍛錬して海外遠征すれば良いのではないか。まずは国内でダートNo.1になって欲しい。そんなことを願っていた。

 しかしエピカリスは、「アメリカ遠征」のカードを選択し、再び海外へ向かう。当初はケンタッキーダービーという話も出ていたが検疫期間等の事情も考慮して辞退、6月10日のベルモントステークスへの出走が発表された。右前蹄の不安が囁かれる中、エピカリスの出走は確定する。ベルモントステークスは12頭立てで、エピカリスの馬番は11。しかしレース前日、日本から遠征してきた11番の馬はゲートに入ることなく競走除外となってしまう。

「エピカリス、ベルモントステークス競走除外」の記事は、日曜のスポーツ紙に掲載された。私は、残念というより大事に至らずホッとした気持ちで記事に目を通していた。

「これで秋からは国内のレースに専念してくれる──」

絶対に負けられない戦い! レパードステークス

エピカリス不在の3歳ダート界は、ユニコーンステークスでサンライズノヴァが頭角を現し優勝。続くジャパンダートダービーは1番人気の支持を得るも良いところ無しの6着に沈む。中央遠征馬たちを2着以下に抑えて優勝したのは、東京ダービー馬ヒガシウイルウイン。エピカリスが北海道2歳優駿で2.4秒差の差をつけた、あのヒガシウイルウインだった。

右前蹄の状態が快方に向かったのか、エピカリスの復帰レースがレパードステークスと発表されたのが7月中旬。エピカリスにとっては、絶対に負けられないレースとなる。レパードステークスの優勝が再スタートとなって、再び国内統一チャンピオンを目指すきっかけになってくれれば…。私は、エピカリスが再び輝き始めることをひたすら願っていた。

レパートステークス当日の新潟競馬場は30度を超える快晴の良馬場。真夏の競馬場は午前中から熱い戦いが繰り広げられた。エピカリス騎乗のルメール騎手は午前中2連勝するものの、その後、単勝1倍台の人気馬を2頭、勝たすことができず2着に敗れている。6レースの新馬戦で1.3倍の支持を得て直線追い込むも届かずの2着だったのがアーモンドアイだった。8レースも1.4倍のケイブルグラムで追い込むも届かずの2着。メインレースに向けて暗雲が漂う。

パドックに登場した単勝1.5倍のエピカリスは、見事な馬体を披露して周回していた。前走ヒアシンスステークスでのカリカリした仕草も無く、落ち着いている。

「これなら、いけるかも知れない」

UAEダービーで迫るサンダースノーに最後まで貼り込んだ先行力、現3歳のダート統一王者ともいえるヒガシウイルウインを寄せ付けなかったパワー。

「ここでは負けるわけがない」

確信に近い“不思議な自信”をパドックで得た私は、灼熱のスタンドでスタートを待った。

ゲートが開き、エピカリスはまずまずのスタートで先頭を伺う構え。エピカリスの外から、あっという間にサルサディオーネが先頭を奪って1周目のゴール板を通過する。後に南関東に移籍して大活躍するサルサディオーネの先行力は、この頃から際立っていた。

サルサディオーネ以下の馬群は団子状態。エピカリスは5番手の内、囲まれた状態で1コーナーを回る。向正面に入ると隊列は落ち着き、エピカリスは相変わらず5番手で、やや外に持ち出したようにも見える。その後ろにぴったりと木幡巧也騎手のローズプリンスダムがマークしている。残り600mを切り、3コーナーを回ってもルメール騎手の手綱は動かない。慎重に乗っているのか、手応えが良くないのかは分からないがエピカリスを囲むように先行集団がひとつになって4コーナーを回る。

最内に入り逃げ込みを図ろうとするサルサディオーネ。エピカリスを含む先行集団は、内の空いたポジションを目掛けて一斉に雪崩れ込む。直線に入り、いったん外に進路変更して追い出しにかかるだろうと思われたエピカリスは、5番手のままで内の進路を選択。エピカリスの直後につけていたローズプリンスダムは、内を諦め外に進路変更する。

残り200mを過ぎてもエピカリスは前に出られない。2番手にいたノーブルサターンがエピカリスの進路を阻む。その外へ岩田騎手のテンザワールドが馬体を併せる。前が完全に塞がった状態で、ルメール騎手は進路を探すが万事休す。ノーブルサターンの脚色が鈍り、ようやく空いた内から、エピカリスが伸びてきたがサルサディオーネには届かない。

早めに外に進路を変えたローズプリンスダムは、大外をスムーズに伸びて来てサルサディオーネを余裕で交わす。結局レパードステークスは11番人気のローズプリンスダムが優勝した。

3着に敗れたエピカリス。戻って来る姿を見ながら、3着という結果を受け入れるしかなかった。絶対に負けることが許されないレースで、エピカリスの力が100%発揮できたのだろうか。ローズプリンスダムが選択したコースを、エピカリスが選択していれば──。

帰路の新幹線の車中でレースリプレイを何回も見ながら、"不完全燃焼"感を充満させていた。

エピカリスのその後…

その後のエピカリスは、2歳時の輝きを取り戻すことは無かった。

 秋にみやこステークス、翌春にマーチステークスに出走したが、パドックでの鋭い眼光は薄れてしまい覇気が無くなったようにも思われた。マーチステークスでは、久々に先行しエピカリスらしさを見せ直線では先頭に立ったものの、最後は馬群に沈み14着と大敗する。肉体面にどこか不安があるのか、気持ちの問題なのか。最後の直線では全力疾走を自らセーブしているようにさえ思われた。

 マーチステークス後、メンバー構成と出走しやすさ等を考慮して新天地の南関東へ移籍するが、ここでも「エピカリスらしさ」を見ることは出来なかった。南関東の名手、御神本騎手、森泰斗騎手の騎乗でもエピカリスらしさが引き出される事無く、入着が精一杯の成績で推移した。

 中央競馬と異なり、船橋、川崎競馬場はコースとスタンドとの距離が近く、馬の表情を間近に見ることが出来る。

返し馬に入ったエピカリスは優しくなっている。いつでも戦闘態勢に入りそうな気合も無ければ、前脚を上げて踏み出す仕草も無い。静かに淡々と返し馬をこなす姿に、寂しさを感じてしまう。

結局、エピカリスは南関東で4戦消化した後、ひっそりと現役生活にピリオドを打った。


引退後のエピカリスは種牡馬として、2023年から子供たちを競馬場に送り出している。ホッカイドウ競馬では、早くも2勝目を挙げたエピカリス産駒が登場しているようだ。中央の舞台でもエピカリス産駒が勝利を挙げるのもそう遠くないだろう。

UAEダービーで惜敗した相手のサンダースノーは、後にドバイワールドカップを連覇。北海道2歳優駿で大差勝ちした時の2着馬ヒガシウイルウインは、2017年のNARグランプリ年度代表馬となり、ジャパンダートダービー制覇の後も重賞6勝の活躍を見せた。

「もしも、レパードステークスの直線でエピカリスの進路が確保できていれば…」

仮にレパードステークスを制覇しても、その後のエピカリスの蹄跡が好転したかどうかは分からない。それでもエピカリスの強さを信じ、復活の夢を追いかけた私にとって、レパードステークスだけは勝利して欲しかったと今でも思っている。

Photo by I.Natsume

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