[連載・馬主は語る]歯が立たない(シーズン2-26)

ようやく3桁万円台が出たのが9番目の馬でした。それでも900万円。すぐ次にまた1550万円と4桁に戻ってしまいます。予算が500万円の僕には場違いな気がしてきました。ひと声で落ちそうかなと思っていた馬が800万円になったり、昨年は主取り(誰も購入希望者がいなかった)の馬が出てきて、500万円で取引された時はさすがに驚きました。お腹にいる種牡馬の種付け料によって価格が変わってくるのは分かっていますが、それでも昨年は誰も買おうとしなかった繁殖牝馬が500万円まで競り上がったのだから驚きです。

狙っていた3頭のうちの1頭目、カラミンサの登場です。あわよくば買えてしまうかも、もし買えてしまったら明日のジェイエス繁殖馬セールはどうしよう、今日東京に帰ろうかなと思いながら、僕は前のめりの姿勢になりました。400万円のリザーブ価格からスタートした価格はテンポよく上がっていき、あっさりと僕の予算を超えていきます。そこから先も順調に伸びて、なんと1000万円で取引成立。買えたら帰ろうなんて思っていた自分が恥ずかしくなり、もうこのあたりですでに嫌な予感がしていました。

続いてピエリ―ナの出番が回ってきました。この馬は誰も手を挙げないか、それとも人気が高騰するかの一か八かの繁殖牝馬だと考えていました。そんな僕の予想をあざ笑うように、さきほどのカラミンサ以上のペースで価格は競り上がっていきます。左手を見ると、なんとビッグアーサーの馬主さんである中辻明さんがいらっしゃるではないですか。中辻さんはピエリ―ナの産駒で先日3勝クラスを快勝したトウセツのオーナーでもあります。トウセツの母ピエリ―ナが売りに出されていると聞きつけて、もしくは当歳セールのついでに繁殖牝馬セールにも参加されていたのです。当然、ピエリ―ナに対する思い入れも他の人とは違うでしょうから、勝ち目はありません。結局のところ、2700万円で落札されました。僕は目が回ってきました。

この流れでは、ビットレートが3桁で買えるはずがなく、案の定、1300万円の値をつけました。また1頭、僕の手の届かないところに。こうなると受胎馬はあきらめて、プランBの未供用のコントゥールに切り替えるしかありません。しかし、未供用の馬を買うことに対する躊躇も僕の中で生じていました。なぜかというと、セリ会場までの車中にて、碧雲牧場の慈さんから「未供用の馬を買った場合は、他の馬たちと一緒にできないので、来年の6月までは別の牧場にお願いすることになります」と言われたからです。

初めて知ったのですが、他の牧場から来る未供用馬はEHVという馬鼻肺炎を引き起こすウイルスを持っていることが多く、同じ牧場に置いておくと、下手をすると受胎中の繁殖牝馬たちに感染して、流産してしまうそうです。特にこれからの時期は繁殖牝馬にとっては大事なシーズンになるので、牧場関係者は慎重には慎重を期しているとのこと。EHVが蔓延してしまったことにより、ほとんどの繁殖牝馬が流産してしまったという牧場もあるという恐ろしい話を聞きました。

未供用の馬は来年に種付けをして、産駒が生まれてくるのが再来年になるという、受胎馬に比べて1年のタイムラグがあることに加え、牧場に直接入れないという制限もあるのですから、よほど強い想いがなければ購入できません。それでもコントゥールはキャロットクラブで出資していた縁があった馬ですから、ひと声で落ちるなら検討してみる余地はあります。

未供用馬の順番になりました。未供用馬の価格はピンキリで、500万円から4000万円超えを上下動します。ドナウブルーの娘は4900万円、スワーヴリチャードの半妹は4700万円などと高騰し、一方でダンビュライトの全妹は500万円、ロジユニヴァースの半妹は200万円と落ち着きました。そんなジェットコースターのようなセリの中、コントゥールが登場しました。見逃してくれ、というのがその時の本音でした。コントゥールのことを僕以上に知っている人はこのセリ会場にはいないはずだから、この馬の素質を見落として盲点になってほしいと願いました。誰もが買う気がなく、会場がシーンと静まり返った中、僕がひとり最後にスッと手を挙げてそのまま落札というシーンを想像しました。

ひとときの静寂のあと、右手から声が上がったと思った瞬間、左手からも上がり、さらに右からも。あっという間に競り上がっていき、500万を突破していきます。僕は手を挙げることさえできずに、ジェットコースターがどこまで登っていくのか見守るしかありません。結局、コントゥールは1400万円まで値が上がって落札されました。2400万円で募集した馬を3年かけて3戦走らせて引退させ、繁殖牝馬として1400万円で売れるのですから良い商売です。もちろんその1400万円は出資者に還元されることはありません。自分の出資馬が高く評価されて嬉しい反面、僕の手元には虚しさしか残りませんでした。

僕のノーザンファームミックスセールは終わりました。こうなることは半ば予測していたのですが、それにしてもまるで歯が立たない展開に心の整理がつきません。たったの一度も手を挙げる隙がなかった。僕が良いと思うような繁殖牝馬は僕の予算では到底手に入らないということです。実感としては、昨年の2倍ぐらいの価格で全体的に取引されていました。昨年ダートムーアを買っておいて良かったという安堵と、来年以降はもうノーザンファームミックスセールでは買えないかもしれないという失望が同時に去来しました。

(次回へ続く→)

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