[キタサンブラック伝説]キタサンブラックと同期の名馬&名種牡馬、ドゥラメンテ。多くの「もしも」を感じさせたその生涯

競馬を愛する執筆者たちが、名馬キタサンブラックの歩んだ道を振り返り、強さの根源を紐解いていく新書『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。

その執筆陣の一人である吉田梓氏が、キタサンブラックのライバル・ドゥラメンテについて回顧する。


同時代のライバル ドゥラメンテ

多くの「もしも」を感じさせた、キタサンブラック同期の良血二冠馬

競馬の世界は、「もしも」という言葉で溢れている。大欅の向こう側からサイレンススズカが帰ってくる。世紀の出遅れを免れたゴールドシップが、3連覇目がけ、まくってくる。そんな「もしも」の光景に思いを馳せてしまうのは、競馬ファンの性と言うべきか。

ドゥラメンテは、この「もしも」と縁深い二冠馬だった。破壊的な末脚で直線をぶち抜いていく姿はその名の通り〝荒々しく〞競馬ファンの心を揺さぶった。三度あったキタサンブラックとの対戦はいずれもドゥラメンテが先着。キタサンブラックの本格化を待たずにターフを去り、2021年8月31 日、急性大腸炎によりわずか9年でその生涯を閉じた。

2頭が初めて相まみえたのは、15 年の皐月賞だった。おだやかな気性と優れた先行力で順調に勝ち上がってきたキタサンブラックとは正反対に、ドゥラメンテは気性の難しさを抱えていた。レースに集中できず新馬戦と共同通信杯を取りこぼす。ドゥラメンテの牝系であるダイナカール一族の血は、勝負強さをもたらす反面、気性にも影響を及ぼす。有り余る闘争心を抑え直線で末脚を解放できてこそ、ドゥラメンテの真価が発揮される。

レース後半、第4コーナーを先に回ったのはキタサンブラックだった。2番手から逃げ馬を捕まえると同時に、上がってきたリアルスティールとの激闘を開始する。ドゥラメンテもいよいよコーナーに差しかかるが、突然、鉄砲玉のように大外に弾け飛んだ。勝負を捨ててもおかしくない距離だが、ドゥラメンテは諦めない。体勢を瞬時に立て直し、残り1ハロンを一気に駆け上がる。勝つための競馬をしていたキタサンブラックとリアルスティールを飲み込むのには、数秒あれば十分だった。

この年のクラシックの幕開けは多くの競馬ファンに衝撃を与えた。2戦目の日本ダービーにおいても、ドゥラメンテは直線中央から抜け出し、堂々と二冠を達成してしまう。しかも父キングカメハメハ、さらにディープインパクトが持つダービーレコードを更新してしまうのだから、成長途中のキタサンブラックに付け入る余地はない。この時キタサンブラックは14 着。菊花賞でのリベンジを誓い、運命の秋を迎える。

しかし、淀の舞台にドゥラメンテの姿はなかった。放牧先で骨折が判明、凱旋門賞はもとより三冠達成すら幻となった。主役不在の中、キタサンブラックは最後の一冠を手にする。もしも、この直線にドゥラメンテがいたのなら──。「強い馬が勝つ」と言われる菊花賞の舞台で、勝利の女神はどちらに微笑んだのだろう。真に強い競走馬はいったいどちらなのかと直接対決を望む声は大きくなり、16年、宝塚記念で答え合わせが実現した。稍重の馬場を渾身のペースで逃げるキタサンブラック。古馬王道路線で力をつけファン投票で1位を獲得した同馬は、因縁の対決を制するため直線でリードを広げる。この状態をドゥラメンテが黙っているはずがない。見据えているのは凱旋門賞の頂点、こんなところで立ち止まっていられない。前方ではキタサンブラックが牝馬のマリアライトに並びかけられている。ならば2頭ごと抜き去るだけだ。ゴール前の3頭の攻防に、観衆は息を飲んだ。1着マリアライト、2着ドゥラメンテ。3着キタサンブラック。3歳クラシックでは何馬身もあったドゥラメンテとキタサンブラックの実力差は、今やハナ差というところまで来ていた。

入線後、ドゥラメンテは馬場の悪いところで躓いて故障を発生。そのまま引退、種牡馬入りとなった。「もしも」この故障がなければ、ドゥラメンテは再びキタサンブラックと激突し名勝負を繰り広げたことだろう。その数年後、次は産駒たちの戦いが開始される。ドゥラメンテが獲得できなかった最後の一冠は、初年度産駒のタイトルホルダーが獲得。リラックスして逃げ切る姿は、奇妙なことにキタサンブラックによく似ていた。そしてキタサンブラック産駒のソールオリエンスは、大外から強烈な末脚を使い、23年の皐月賞を差し切り勝ち。その規格外の勝ち方に、瞬間、今は亡きドゥラメンテの面影を見た。「もしも」ドゥラメンテがまだ生きていたならば…この不思議な因果に何を思うだろう。(文・吉田梓)


書籍名キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬
著者名著・編:小川 隆行 著・編:ウマフリ
発売日2023年07月20日
価格定価:1,430円(本体1,300円)
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

最初はその凄さに誰も気がつかなかった!「みんなの愛馬」

「父ブラックタイド、母父サクラバクシンオーの年明けデビューの牡馬と聞いて、いったいどれだけの人が、シンボリルドルフやディープインパクトらに比肩する、G17勝を挙げる名馬になることを想像しただろう」(プロローグより)。その出自と血統から、最初はその凄さに誰も気がつかなかった。3歳クラシックと古馬王道路線を突き進むも、1番人気は遠かった。それでも一戦ごとに力をつけ、「逃げ・先行」の才能を開花させると、歴戦の戦士を思わせる姿はファンの心に染みわたっていった。そして迎えたラストラン、有馬記念を悠然と逃げ切ったハッピーエンディングな結末。みんなの愛馬となった感動の蹄跡がここに甦る!

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