アグネスタキオン〜僕の永遠のヒーロー〜

競馬ファンにとって「自身が競馬を見始めたころの名馬」と言うのは、その人の中での「理想の競走馬」像を作り出す。その後無敗でダービーを制するような怪物が出てきても、また、G1を何連勝もするようなスーパーホースが現れても、なお自分の中で「最高の馬」として神格化されている気がする。

僕にとって、その「理想の競走馬」は間違いなく「アグネスタキオン」だった。

アグネスタキオンが引退してから20年のうちに、ディープインパクトが無敗の三冠を達成しても、オルフェーヴルがあわや凱旋門賞を制覇しようとしても、アーモンドアイがG1最多勝記録を更新したとしても、それは揺るぎないものであり、今なお僕の中では「最高の名馬」として輝き続けている。そして、その「輝き」を決定的なものにしたのが、泥だらけの極悪馬場を事もなげに圧勝した2001年の弥生賞だったと思う。


もともと僕がアグネスタキオンに惚れ込んだのは、デビュー戦だった。
アグネスタキオンのデビュー戦は、ダービー馬アグネスフライトの弟であるアグネスタキオン以外にも、ダービー馬フサイチコンコルドの弟ボーンキング、地方競馬の名牝として知られるロジータの子リブロードキャスト、第1回のセレクトセール最高落札価格の1億9000万円で落札されたアドマイヤセレクト、わずか2戦目でダービーを勝ち「神の馬」とも称されたラムタラの初年度産駒メイショウラムセスと、話題の豊富な馬が揃っている注目度の高い一戦だった。

そんなバラエティー豊かなメンバーだったこともあってか、アグネスタキオンの単勝人気は3番人気に甘んじることになる。しかし、レースが終わった時にはその評価が間違ったものだったと、ファンに気付かせることになった。

スタートはもっさりとした出になったものの、3コーナー手前でエンジンがかかり出すと馬群の外をスムーズに上がっていく。残り200m、持ったままの手応えで先頭に並びかけると、鞍上の河内洋騎手が少し促しただけであっという間に後続を突き放し、最後の1ハロンだけで3馬身半の差をつける完勝劇。
兄アグネスフライトに続くクラシック制覇に期待を十分に抱かせる内容だった。
この勝ち方を見て、まだ幼かった僕はこの馬の虜になった。

それだけの勝ち方をした新馬戦だったが、次走ラジオたんぱ杯3歳Sも単勝人気は2番人気に留まった。
それもそのはず、この年のラジオたんぱ杯3歳Sは今なお「伝説のレース」として語り継がれる豪華メンバーなのである。

1番人気はクロフネ。フレンチデピュティ産駒の外国産馬でラジオたんぱ杯3歳Sと同じ2000mの距離で2戦連続レコード勝ちをおさめていた怪物候補。3番人気のジャングルポケットは前走札幌3歳Sで後の朝日杯3歳S2着のタガノテイオー・阪神3歳牝馬Sの勝ち馬テイエムオーシャンを負かしていた。
このメンバーで人気が分散するのはむしろ当然と言えるほど、好素材が揃ったレースだった。

後に伝説と呼ばれるレースでアグネスタキオンは圧巻の勝ちっぷりを披露する。新馬戦と同様、スタートこそやや後手を踏んだものの、道中は1番人気のクロフネをマークする形でレースを進め、クロフネがジワジワとスパートした3コーナーから4コーナーではこれについていく形で捲っていく。
直線はクロフネとの一騎打ち、もしくはさらに後ろで脚を溜めていたジャングルポケットとの三つ巴の争いになるかと思われた。

しかし、直線を向くとアグネスタキオンが抜群の手応えでクロフネ、ジャングルポケット以下後続を圧倒言う間に置き去りにした。
ちょうど20日前にクロフネが更新したレコードをさらに更新する2.00.8のタイムで完勝。
この瞬間、僕はこの馬が今まで見たどんな馬よりも輝いていて、無敗の三冠馬になる未来が見え、当時無敵の連勝を続けていたテイエムオペラオーを負かすのはこの馬だと確信した。

年を越して1つ年を取ったアグネスタキオンは、皐月賞の前哨戦として弥生賞を選択する。

これまで走ってきた2戦と同じ2000mの距離で死角はないと思われたが、当日状況は一変する。前日の段階でもやや荒れていた馬場が、当日の更なる雨によりなおいっそう悪化。レースが行われた3時ごろになると雨は降っていなかったものの馬場状態は最悪の不良馬場になってしまう。デビューしてからの2戦は圧倒的なスピードと切れ味で勝利してきたアグネスタキオンにとって、この条件は決してプラスになるとは思えず、僕の脳裏にも「もしかして負けてしまうのでは」と言う不安がよぎった。

アグネスタキオンが出走することでそれを避けた陣営も多かったためか8頭と言う少頭数で行われたこの年の弥生賞。頭数が少ないこともあってか、はたまた自身の「進化」なのか、アグネスタキオンはここまでの2戦とは違いスムーズなスタートから3番手で競馬を進めた。

雨で多量の水分を含んんだ馬場に脚を取られてなかなか進んでいかない馬が多い中、アグネスタキオンはお構いなしとばかり、前の2戦と変わらない抜群の手応えでレースを進めていく。

3コーナー、2番手を行くボーンキングの鞍上武豊騎手が手綱を懸命に動かして馬を促していく中、直後をつけていたアグネスタキオン鞍上の河内洋騎手の手綱は微動だにせず、それでもあっという間に差を詰めていった。
この瞬間、多くのファンは悟った。

──これはモノが違う。

直線はこれまでの2戦とはまた違う、力強い末脚で後続をグングン引き離し終わってみれば5馬身差の圧勝。
自身がスピードや切れ味だけでなく、荒れ馬場をも苦にしないパワーや精神力にも長けた逸材であることを証明する結果となった。
武豊騎手が冗談めかしながら「クラシックもハンデ戦にしないといけない」と言うほど、その明らかに抜けた実力は、多くの人に三冠を意識させた。

この弥生賞を見ているからこそ、僕の中での「強い馬」は、パンパンの良馬場でのパフォーマンスだけでなく、コース形態や馬場状態を苦にせずどんな状態でも走り切れるスピード・切れ味・パワー、そしてなりより精神力に優れている馬をイメージするようになった。

だから、どうしてもレース後のコメントで強い馬の陣営が「馬場を苦にした」と言う敗因を上げていたりするとちょっと寂しい気持ちになる。馬によっては適性があるので致し方ない部分はあるのは認めるものの「それを理由に使ってほしくないな」「目指すなら極悪馬場の弥生賞をこともなげに圧勝したアグネスタキオンのような存在になってほしいな」と、どうしても思ってしまうのだ。

それほど、あの日の弥生賞は、印象的な走りだったのである。

写真:かず

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