牝馬三冠ロードを戦い終えてたくましくなった3歳牝馬と、実力経験のある古馬牝馬のぶつかり合いとなるエリザベス女王杯だが、今年はレース創設後”史上初”となる秋華賞から転戦してくる馬の出走がゼロのエリザベス女王杯となった。3歳牝馬も春は牡馬クラシック路線を戦っていたレガレイラのみの出走で、王道である牝馬クラシック路線を戦ってきた馬の出走はなしという、少し寂しいメンバーになってしまった。
だが、そんな中でも1番人気はやはり3歳牝馬のレガレイラだった。2歳時にホープフルSを勝ち、勢いそのままに3歳牡馬との戦いに身を投じた彼女。結果は奮わなかったものの展開が向かないながらも最後は確実に脚を使う実力が評価され、1.9倍という断然人気に支持されていた。
これに続いたのがホールネス。ここまで6戦4勝2着1回3着1回の馬券圏内パーフェクトの成績に加え、2200m戦は3戦3勝と抜群の安定感を誇っている。鞍上にも今年国内だけでなく世界各国で活躍を遂げる坂井瑠星騎手が抜擢されて盤石の態勢。4歳馬で7戦目でのエリザベス女王杯制覇となれば史上初となる偉業もかかっていた。
3番人気が一昨年の秋華賞馬、バラ一族のスタニングローズ。それ以来が勝利がなく、昨年のヴィクトリアマイル後に腱周囲に炎症を起こし長期休養をせざるを得なくなったものの、クイーンSで直線一瞬伸びを見せ、いい頃の状態へ戻ってきている兆しは見せていた。相棒に名手クリスチャン・デムーロ騎手を迎え、反撃の態勢は整っている。
この3頭以外は2桁以上の単勝倍率、しかしながら、オッズ的にはレガレイラの一強という見方が戦前は強かった。
レース概況
キミノナハマリアがややつまずき、内でピースオブザライフが両隣から挟まれる以外は、各馬まずまずのスタートを切る。
先行争いはやはりいつも通りコンクシェルが先頭を主張しようとするも、外からハーパー、シンリョクカ、スタニングローズがそれに並びかける。だが結局コンクシェルが行き切り、ハーパー、シンリョクカは控えて1コーナーへ突入。スタニングローズは彼女らより手綱を引いて4番手へ誘導し、その内にぴったりとホールネスが追走していく。
注目されていたレガレイラは懸念されていたスタートも今日は決め、馬群の真ん中に位置を取る。これまでの後方一辺倒の競馬ではないあたり、進化が垣間見えた。
彼女を取り囲むようにコスタボニータ、キミノナハマリア、シンティレーション、ラヴェルが追走。すぐ後ろにライラックとエリカヴィータ、ゴールドエクリプスにモリアーナ。ムーア騎手を配してきたエスの一族サリエラもここで、スタートで後手を踏んだピースオブザライフと、後方まで下げたルージュリナージュが最後方集団。やや縦長で馬群は進んでいった。
1000m通過は59.6秒。昨年より速く、しかし例年と比較すればミドルペースともいえる淀みない流れでレースは進み、隊列も大きく変わることなく坂の上りへ差し掛かって行った。
坂の下り、勢いづいたハーパーがコンクシェルとの差を詰めにかかると、呼応してシンリョクカ、スタニングローズも追走を開始。後方馬群も仕掛け始め、レガレイラも進出の機会を逃さぬよう、中団の真ん中まで上がってきていた。
だが、その中でスタニングローズただ1頭の勢いが違う。クリスチャン・デムーロ騎手に追われると、応えるかのようにその脚を伸ばし始めて最後の直線へ向かっていった。
4コーナーをカーブして直線に向くと、スタニングローズが馬場の中央を切り裂くように先頭へ躍り出て、後続との差がみるみるうちに開いていく。
追ってくる後続馬群はホールネスが脚を伸ばす一方、内でレガレイラがコンクシェル、ハーパーと接触。その煽りを受けてライラックとシンティレーションも進路変更せざるを得なくなり、かなりごちゃついていた。唯一内で不利を受けていないシンリョクカも、先頭に迫れるだけの脚はないように見える。
外からの進出勢ではラヴェルが唯一、スタニングローズの後を追うように末脚を伸ばしていたが、それでも2番手に上がるまでが精一杯。
全てを振り切って、秋華賞以来となるバラ一族復活の凱歌をスタニングローズが歌い上げた。
注目馬短評と上位入線馬短評
1着 スタニングローズ
祖母ローズバドの無念から23年。孫娘がその雪辱を晴らした。
4番手から外目をついて伸び、そのまま後続を抑え切る快勝劇は真の横綱相撲だった。怪我を乗り越え、一度はもうダメかもしれないと思われた後の復活劇はまさに圧巻で、スターズオンアースを秋華賞で抑え切った時のような強さが戻ってきていると感じた。
これで短期免許を使い来日した外国人騎手を乗せた際は2戦とも連対。一戦入魂の騎乗スタイルと余程手が合うのだろうか。現役期間はクラブ規定によりもう長くはないだろうが、この後に出走するレースがもしあれば、鞍上含めて注目は増す。
2着 ラヴェル
スタニングローズが見事な復活劇なら、こちらもその兆しを見せる2着。
期待されながら結果を残せなかった牝馬クラシック以降成績は低迷していたが、今年の2月には同じ舞台で京都記念を5着。京都大賞典を制したシュヴァリエローズとはクビ差だったのだから、舞台適性を考えても少し評価は低かった。
そして同馬はあのリバティアイランドをアルテミスSで破っており、今回騎乗した川田将雅騎手はリバティアイランドの主戦騎手である。自身の最愛のパートナーのライバルとなるかもしれない馬の走りに再度火をつけたのであれば、これまた面白い。次に同世代の女王と相対する時が楽しみだ。
3着 ホールネス
3着に敗れたものの、G1初挑戦であることを考えれば大健闘。馬券圏内100%の記録も継続した。
内目を回った馬のなかではシンリョクカと並んで直線の不利を受けておらず、最後までしっかり脚を伸ばしていた。上り3Fも先団にいた馬のなかではスタニングローズに次いで第2位の上りである。
少ないキャリアでこれだけの好成績を収めているのだから、この後も牝馬戦線で主役になってくれるはずだ。得意とする2200mのこの舞台で、来年さらなる成長を見せてくれることを期待したい。
5着 レガレイラ
強さは見せたが、展開と位置取りに泣いたという感じが強かった。
中団からかなりのマークにあい、直線は狭いスペースを強引について抜け出そうとしたところでバテてきたコンクシェルと接触。ハーパーやシンティレーションの走行を妨害したとして、ルメール騎手には過怠金5万円が課された。
ただ、あの不利にあっても34.1秒の末脚は繰り出しており、スムーズならもう少し切れていたと思える。
ホープフルSで見せた末脚は衰えておらず、今年はどこか運が向かない印象。この先どこかで、再度輝く日はきっと来るはずである。
総評
ラップタイム平均は11.9秒。1000m通過は1分を切ったがこれはこのレースでは水準に近いタイムで例年通り。後方に位置していたラヴェルら外差し勢も伸びており、いつも通り外差しも利きやすいレースとなっていた。
そんな中で4角先頭の押し切り勝ちを決めたスタニングローズは、近走で着外に敗れていた馬とは思えないほどの復活ぶりだった。
思えばスターズオンアースを秋華賞で封じた時も、先行しての抜け出しで勝利。大本命を打ち倒すジャイアントキリングを再び演じて見せるとともに、阪神の秋華賞、京都のエリザベス女王杯勝利という珍記録も樹立。果たして今後この記録を破る馬が現れるかは不明ではあるが、勝ち方はまさしく全盛期の時に戻ってきている。
また、3歳で秋華賞を制し、古馬になってからエリザベス女王杯を制するというのは、2005年のスイープトウショウ以来19年ぶり。とはいえ、あちらは当年の宝塚記念を制していたため、秋華賞以後着外続きでの復活勝利はレース創設以来初となる。
一方、父キングカメハメハは、意外にもこれがエリザベス女王杯初制覇。アパパネやアロマティコが届かなかった栄冠を手にし、これでJRA・牝馬G1完全制覇を決めて見せた。偉大なる大王の血は、バラ一族を通じてさらに高みへと昇って行ったのである。
この勝利で2つ目の栄光を手にしたスタニングローズ。彼女に跨ったクリスチャン・デムーロ騎手は勝利ジョッキーインタビューで「彼女は僕を待っていてくれたんだと思います」と語った。2本のバラの花言葉は、「世界にあなたと私だけ」。まさに、クリスチャン・デムーロ騎手とスタニングローズのためのエリザベス女王杯であった。
写真:@gomashiophoto、INONECO