[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]ルリモハリモのデビュー戦(シーズン2-12)

遠足に行く前の小学生のように、という古いたとえがしっくりくるぐらい、ルリモハリモのデビュー戦の前夜はなかなか眠りにつけませんでした。楽しみというよりも、不安や緊張が多かったのでしょう。朝起きると、首が痛いのです。首を左に向けると鈍痛が走り、痛くて左に傾けることができません。僕は経済的なストレスを感じるとこうなることがあり、まさに首が回らない状態です(笑)。勝たなければならない、勝ってもらいたい、そうした期待の大きさが反転して、精神的なストレスになっていたのだと思います。ルリモハリモの競走馬としての第一歩にすぎないと頭では分かっていても、心は素直に緊張しているのです。

曲がらない方向に何とか首を曲げてストレッチをしながら、競馬場に向かいました。忘れてはならないのは、YouTube撮影用のカメラ、横断幕、横断幕を結ぶ紐、横断幕を掲示するための申請書、そして勝ったときに厩舎に持って行く日本酒(一升瓶)。何もかも初めての経験であり、馬主として所有馬が勝利したときに厩舎にどのような形でお礼をすればよいのか分かっておらず、無難なものよりも珍しいものが良いと思い、神奈川県茅ケ崎の日本酒「天青」を贈ることにしました(自分はお酒が一滴も飲めないのに…)。厩舎のスタッフさんたちが祝い酒を酌み交わしている姿が目に浮かびました。つまり、僕は勝ったときの準備をしていたのです。勝てると思っていましたし、それぐらいの気持ちがないと、手術を乗り越え、環境の変化に戸惑いながらも頑張るルリモハリモに失礼だと思ったのです。

福袋(福ちゃんのエコバック)に詰めた一升瓶と横断幕を片手に、JR南船橋駅に降り立った僕は、ららぽーとを目指しました。さすがに一升瓶を持って競馬場を駆け回るのは難しいため、コインロッカーに預けておこうと考えたからです。幸いにもコインロッカーは空いていて、一升瓶とそれ以外の不要な品を預けて鍵を閉めました。身軽になり、羽が生えたような軽い足取りで競馬場に向かっていると、横断幕の申請書を忘れたことに気づきました。

慌ててコインロッカーに戻り、申請書を取り出し、もう一度鍵を閉めようとすると、小銭が足りません。百円玉しか受け付けず、さすがにあと4枚も持ち合わせていません。近くに自動販売機があったので、1000円札を使って飲み物を買い、おつりの百円玉を使おうと思い、1000円札を入れようとすると、釣銭切れの赤ランプが灯っています。おいおい、よりによってこのタイミングで…と思いましたが、あとから考えると、おそらく僕と同じように百円玉がない人が近くにある自動販売機で両替をするので、あの自動販売機は百円玉が常に不足しがちなのでしょう。仕方なく、僕は一升瓶も競馬場に持っていくことにしました。どこかに置いておくか、誰かに預けるしかありません。

余裕を持って出たつもりが、僕が船橋競馬場に到着したときには、すでに開門時刻の14時を少し過ぎて、入場が始まっていました。一般のお客さんの列に並んで入場し、横断幕の申請に入口近くにある事務所に向かいます。先客が2組ほどいるようで、その場で申請書を書いています。僕はすでに記入してきたので提出すると、3番のシールが貼られたクリップを渡されました。3番目に掲示してくださいという意味だと思います。

そのままパドックに向かうと、すでに設置が始まっていました。第1レースの出走馬が出てくるまでに貼らなければいけません。横断幕を取り出すと警備員の方々が手伝ってくれて設置をしてくれます。ビニール生地のことを言われて、光沢があるからNGと断られることを心配していましたが、特に言及はありません。心の中でほっと一息ついたのも束の間、横断幕を留める紐が短く、しかも4本では足りないことが分かりました。頭を抱えていると、チーム福ちゃんの一員であるハナケイエールさん(ハナさん)が手伝いに来てくださいました。

実際に留めてみると、船橋競馬場のパドックの柵は手すりのところが太いため、僕が用意した長さの紐ではひと回りするがやっと。固定もままならないばかりか、無理やり固結びするしかありません。しかも、横2.5m×縦1mという大きさは思いのほか大きく、ビニール生地は案外重いため、四隅の固定だけではピシッと綺麗に張らないだけではなく、風が吹くとパタパタしてしまう始末。四隅だけではなく、上下の真ん中も留めなければならないことが分かりました。そうなると必然的に紐が足りず、もう少し長い紐が必要だと思い、ハナさんにその場は任せ、競馬場近くのコンビニまで買いに行くことにしました。

船橋競馬場の目と鼻の先にセブンイレブンがあり、そこで荷造り用の紐とハサミを購入し、ダッシュで戻ります。信号待ちしながら携帯を見てみると、ハナさんから「心優しい方が紐をくださって取り付けできました」とショートメールが入っています。買ってしまった紐とハサミは無駄になってしまいましたが、ありがたいことです。戻って事情を聞くと、隣に張田厩舎の横断幕を出している女性が助けてくれたそうです。

お礼を言うと、「ルリモハリモのことは聞いていますよ」と言ってくれました。張田調教師が現役だった頃から応援していて、調教師になってからも随分と長いこと、こうして横断幕を出しているそうです。困っているときに手を差し伸べてくださったのが、たまたま張田厩舎の応援団だったというのも何かの縁ですね。

横断幕の取り付けが終わり、ひと仕事終わった気になっていると、チーム福ちゃんの面々が集まってきてくださいました。ハナさん以外の皆さまとは直接お会いするのは初めてですが、皆さんお揃いの福袋を持ってきてくださり、「お守りも身につけています」などと見せてもらったり、お一人ひとりのハンドルネームを教えてもらったりしているうちに、あっという間に打ち解けることができました。

横浜から来てくださった方、長野からはるばる来てくださった方、大阪から写真を撮りに来てくださった方など、福ちゃんではなくお姉さんのルリモハリモのデビュー戦にもかかわらず、こうして集まってお会いできたことは嬉しい限り。福ちゃんのデビュー戦には、どれだけたくさんの方々、どれだけ遠くからお越しいただくのだろうと想像してしまいます。

第1レースが終わり、誰もが息をひそめるようにして待っていますが、第2レースの出走馬が1頭たりとも入って来る気配がありません。僕はしびれを切らし、パドックの隣にある下見所まで行ってみると、第2レースの出走馬たちが歩いていて、4番のゼッケンをした馬が遠くに見えました。白いメンコをつけています。能力試験でさえテンションが高くなっていたので、少しでも落ち着かせようとメンコをつけてくれたのでしょう。その効果もあってか、今のところリラックスしている様子が伝わってきます。

僕はパドックに戻り、チーム福ちゃんの皆に「白いメンコをつけていました」と報告しました。ルリモハリモのチャームポイントのひとつであるダイヤの流星を生で見てもらえると思っていたので、メンコで隠されてしまうのは残念ですが、パドックでの消耗を少しでも防ぐためには今のルリモハリモには必要な馬具でしょう。レース後にNO,9ホーストレーニングメソドの木村さんと話したとき、「メンコのあるなしで、レース後のダメージも全然違うんですよ。入れ込んでしまうと、レースで力を発揮できないのはもちろん、レース後にも疲れが残り、立て直すのに時間がかかります」とおっしゃっていました。たしかに体をグッと緊張させてしまうと、僕の首のように、不必要なダメージが残ってしまうのでしょう。力を使うのはレースだけで良いのです。

数分遅れで、第2レースの出走馬がパドックに入場してきました。僕たちの目線はルリモハリモにくぎ付け。僕が想像していたよりも、数倍大人しく歩けています。メンコの効果もあるはずですし、2人引きなのは立ち上がり防止でしょうか。外側を引いてくださっている厩務員の方と目が合い、会釈をして、「よろしくお願いします」「分かりました」という気持ちを交換します。周回を重ねるごとに、ルリモハリモのテンションは高まってきますが、ギリギリ許容範囲。これであれば能力を発揮することができそうです。

何と言っても、僕を安心させたのは、ルリモハリモの馬体重でした。能力試験のときの441kgから6kg増えて、447kgで出走してきたのです。ルリモハリモの馬体重の夢を何度見たことか。441kgからさらに減って出走してくるようでは、お先真っ暗だと思っていたからです。馬体重というのは、馬の調子とパワーを分かりやすく数値化したもの。馬は調子が上がってくると馬体重は増えますし、それに伴ってパワーもついてきます。ほとんどのケースにおいて、馬体重が増えることにマイナスはないのです。

今回の+6kgも、ルリモハリモが新しい環境に慣れ、調教をしながらもしっかり食べられているため、馬体もパワーアップしてきていることを意味します。実際の見た目も、僕が訪問した時と比べて、少しふっくらと映りました。厩務員さんがしっかりつくってくださったのが伝わってきます。

ルリモハリモの周回を撮影していると、あっという間に本馬場入場の時間になりました。1番の馬から、あっという間にパドックを去っていきます。僕たちはゴール前に移動し、いちばん良い場所から応援することにしました。ルリモハリモが先頭でゴールを駆け抜け、皆で喜び合う、夢のような瞬間がすぐそこに迫ってきました。

Ptoto by うづまき

(次回へ続く→)

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