毎年、年末の風物詩となっている有馬記念。普段は馬券を買っていない人でも、『有馬記念だけは』…と参加する人も多い国民的行事だ。今年は、秋の天皇賞・ジャパンカップを制し、ここを引退レースとするはずだったドウデュースが金曜日に出走取消を発表。大本命の回避に、一転して有馬記念は混戦ムードに包まれた。
とはいえ、出走馬のうち全頭がG2以上の重賞を勝利しており、G1馬は9頭。ドウデュースが抜けても十分すぎると言える豪華メンバー。
1番人気に支持されたのは今年の菊花賞馬アーバンシックだった。春のクラシックは惜敗に終わったが、ルメール騎手に乗り替わった初戦のセントライト記念を快勝し、勢いそのままに菊花賞でG1制覇。馬順が幾度も変わるほどの乱ペースの中、折り合いを崩さず冷静に突き抜けた実力は確か。跨るルメール騎手や、当年の菊花賞馬が有馬記念との相性がいいことも相まって、大きな期待を背負っていた。
続く2番人気も3歳馬ダノンデサイルで、こちらは今年のダービー馬。菊花賞こそ道中の動きで一時は最後方まで下がってしまう不本意な競馬となったが、日本ダービーでは僅かなスペースの最内を突いて伸びたように、レースセンスは水準以上のものを持つ。三冠馬以外の当年ダービー馬の勝利は、1986年のダイナガリバーを最後になく、久々の偉業もかかっていた。
3番人気に推されたのが大阪杯を制したベラジオオペラ。宝塚記念以来となる天皇賞・秋は、夏負けの兆候がありながらも6着に来ており、今回はそれ以上の仕上げとの噂が立っていた。元々冬場に好走する馬で、昨年のチャレンジカップで挙げた勝利は記憶に新しい。有馬記念と相性のいいDanzig系の血も持つこともあり、注目を集めていた。
以上の3頭が2桁オッズで、以降は3度目の正直を狙うジャスティンパレス、3歳牝馬レガレイラが僅差で続いていた。
レース概況
アーバンシックとプログノーシスが出遅れ、その他の各馬もややバラっとしたスタート。逃げ馬不在の中、ベラジオオペラが先頭に行くかと思われていたが、最内からダノンデサイルがそれを制して先頭へ立ち、横山典弘・和生親子がレースを作る形に。
その後ろに昨年同様スターズオンアースがつけ、スタートがあまりよくなかったレガレイラもここまで押し上げてきた。その外にディープボンドが合わせ、直後にアーバンシック、スタニングローズが追走して1周目のスタンド前に入っていく。
ややポジションを下げたジャスティンパレスの内からブローザホーン、外からシャフリヤールが並びかけ、ハヤヤッコ、ローシャムパークにシュトルーヴェがそれを見ながら後方馬群を形成。1馬身程後ろに出負けしたプログノーシスがおり、単独でダノンベルーガが最後方で1コーナーへ差し掛かっていった。
1000mの通過は62.9秒と、かなり遅い。そのペースを作りだしたダノンデサイルが淡々とラップを刻む中、2コーナーでハヤヤッコが先団に進出すると、1200m地点でシャフリヤール、シュトルーヴェも動き始め、ペースが締まり始める。
3コーナーで先頭集団は横一線となり、それを見て後続集団もピッチを上げ始めたが、2周目の4コーナーでは再びダノンデサイルが抜け出して、直線コースに向いてきた。
抜け出したダノンデサイルへベラジオオペラが食い下がるが、坂の上りで加速してきたレガレイラとシャフリヤールが前を行く2頭に迫り、捉えると、そのまま激しい叩き合いとなる。
瞬発勝負に長けた2頭の鍔迫り合いは、ゴールまで終わらない。それでも、内で伸び続けたレガレイラが、最後は僅かに外のシャフリヤールをハナ差抑え切ってゴールイン。
復活と新時代の到来を示す、見事な差し切り勝ちを決めて見せた。
注目馬短評
1着 レガレイラ
課題とされていたスタートはあまりよくなかったものの、これまでとは一変して好位集団につけ、直線は上り最速でシャフリヤールを競り落とすという強い競馬を見せた。
昨年のホープフルS時には大外から差し切り、今年のレースはすべて後方一辺倒の競馬だっただけに、この走りはまさに大きな進化と言えるだろう。
レース後に木村哲也調教師は「ドウデュースも引退して、来年のJRAを引っ張っていく馬になるのかなと思います」とコメントしている。レガレイラの祖父は、ドウデュースの父ハーツクライ。来年もまた、この血が競馬界を沸かせてくれるかもしれない。
2着 シャフリヤール
8枠16番という不利な枠から、2年連続で2着馬が誕生。シャフリヤールもまた、昨年の5着から着順を上げてきた。
スローペースを見切り、勝負所で一気に進出してきたクリスチャン・デムーロ騎手の手腕は見事だった。世界的名手には、枠の有利不利も関係ないと思わされる手綱さばきで、来年以降、大外枠に入る馬は、ジョッキーにも注目が必要となるかもしれない。
シャフリヤール自身も、6歳ながら掲示板外は未だ1回のみ。老いて益々盛んなその走りには、来年も期待だ。
3着 ダノンデサイル
好スタート、好枠を活かした逃げ。最後は捕まったものの絶妙なペースを作り、ダービー馬の意地を見せる結果となった。トリッキーな中山2500mをこなせたのは大きな収穫。ただ、レース後の安田翔伍調教師のコメントからは、今後に少し不安が残る内容だった。
レースの立ち回りはやはりうまいだけに、来年も一線級で大ベテランとの活躍を見たいところだ。
総評
レースラップは5Fで見ると62.9から57.8でかなりの後傾ラップ。確固たる逃げ馬がおらず、ドウデュースの不在でよりその色合いが増した。こうなると瞬発力勝負となり、根っからのステイヤーには向かないレース展開。今回着外に敗れたアーバンシックは、出入りの激しい菊花賞で勝利しているだけに、逆に天皇賞・春などでの逆襲があり得るのではないか。
一方、レースラップの方に目を移すと、残り1000mで一気にラップタイムが12秒台から11秒台前半まで上り、そのままそのタイムを継続してゴールを迎えている。
このタイミングで一気に動き出したシャフリヤールとレガレイラが、勝利へのタイミングを完璧に読み取っていたとみていいだろう。ダノンデサイルとベラジオオペラは、完璧にレースを作りながらの敗戦だっただけに、ここからどう巻き返すか注目だ。
1着のレガレイラは、3歳牝馬で有馬記念を勝利。3歳馬による有馬記念の制覇は、1960年の第5回、スターロツチ以来64年ぶりとなる。ただ、スターロツチはオークスを制しての勝利であり、当年のクラシック未勝利馬による3歳馬の勝利は2018年のブラストワンピース以来6年ぶりで、牝馬ではもちろん史上初となる快挙である。
また、牝馬での有馬記念制覇も、2019年のリスグラシュー以来6頭目。
彼女の前に有馬記念を制覇した女傑たちは、いずれも歴史に名を残す名牝ばかり。5頭ともこのレースがラストランとなっていたが、レガレイラにはまだ来年がある。偉大なる名馬たちを超える活躍を挙げることができるかどうか、これからに期待は高まるばかりである。
さらに、今回の有馬記念では、ハーツクライ産駒とディープインパクト産駒による、有馬記念の通算勝利数がそれぞれ2勝で並んでおり、どちらかが単独1位で抜け出せるか、というのもひとつの焦点であった。
ドウデュースの取消により、3頭いるディープインパクト産駒の方が優勢と見られていたが、それを阻止したのがハーツクライの孫であるレガレイラというのも、血統のドラマとして面白い点ではないだろうか。
加えて、年内G1未勝利馬の有馬記念制覇もハーツクライ以来となる。祖父の記録を守り、祖父以来の記録を打ち立てたレガレイラ。ハーツクライが残した傑作はターフを去ったが、その孫が新たな時代の誕生を告げることとなった今年の有馬記念。
昨年の冬同様、来年以降のレガレイラの飛翔に、夢は膨らむ一方だ。
写真:s1nihs