芦毛のアイドル・ゴールドシップが、不動の人気を確立するまで。

大昔、芦毛は走らないと言われた時代があった。
しかし芦毛の活躍馬が出て以降、レース中継・現地観戦でも目立ち、人気を集めるような存在になった。
例に漏れず、ゴールドシップの走りは競馬ファンを虜にした。

凱旋門賞を除き、人気は4番人気を下回ったことがなかった。
常に、ファンに愛され続けたように見えるゴールドシップ。
ただ二回、ファンはこのような評価を与えた。

「7.0倍の2番人気」100円を単勝式にベットすれば、700円。
「7.1倍の4番人気」100円を単勝式にベットすれば、710円。

この評価は、大凡走、大出遅れの後ではない。
ファンは良血のディープインパクト産駒を前に、ステイゴールド産駒を軽視したのだ。
その評価に、彼は走りで抗った。

2番人気での出航。

震災直後の7月、函館にてゴールドシップは新馬戦に秋山真一郎騎手とともに出走、「7.0倍の2番人気」だった。
前年の三冠馬オルフェーヴルと同じ父ステイゴールド、母父メジロマックイーンである血統で、あくまでも将来が楽しみな新馬の1頭。むしろ注目は後にサトノアレスを産むサトノアマゾネスの初仔、サトノヒーローだった。実際、そのサトノヒーローが単勝1倍台の支持を集めていた。

ゲートが開く直前、突然頭を下げる行動をとったものの、他と変わりないスタートを切った。内枠から発走したサトノヒーローが好スタートを切り、スムーズに先頭で逃げる。ゴールドシップは、馬群の後方、後ろから3番手に位置していた。
第3コーナーに差し掛かると、各馬徐々に追い上げを始める。外に広がる馬もいる中、ゴールドシップは内を選択。一方、スパイラルカーブを先頭のサトノヒーローが手応えがなく後退し、2番手のコスモユッカに代わった。

コスモユッカは、3,4馬身離して完全に勝ちパターンに持ち込んでいた。残り200メートル、ようやく2番手に浮上したゴールドシップがもう一伸びを見せる。

2馬身……1馬身……半馬身と、徐々に距離を詰めるゴールドシップ。
ゴール寸前でようやく鼻面を併せ、アタマ差先着し勝利。2歳コースレコードだった。


それから2か月後、ゴールドシップは札幌のコスモス賞に進む。
ホッカイドウ競馬から5頭参戦する計8頭で出走する中、単勝1.2倍の1番人気。前走が芝やダートの短距離である馬が多く、新馬と同じ距離を走るゴールドシップに人気が集まったのは、必然であった。

ゲートに入ると、首を盛んに動かす。その間にゲートが開かれたことで、他よりも1馬身遅れるスタートで後方から進んだ。短距離の経験しかない馬が多く、スローペースとなる中、ゴールドシップは次第に中団へ上がっていった。
最終コーナーで外に持ち出し、軽く促すだけで先頭に躍り出る。秋山騎手が強く追うことなく、差は広がった。途中で追うのを緩めるほどの余裕を見せてそのまま、先頭で入線。

目いっぱいに追われたニシノカチヅクシ(ニシノウララの半兄)とは4分の3馬身であったが、着差以上の強さを見せての勝利であった。

こうして連勝でオープンまで制するも、競馬はそううまくはいかない。
出遅れ癖が戦術の幅を狭め、重賞タイトルを遠ざけてしまう。

悔しい"脚"踏み。

ゴールドシップは、重賞初挑戦となる札幌2歳ステークスに出走。
しかし、その背中には秋山真一郎騎手はいなかった。秋山騎手はアグネスタキオン産駒であるグランデッツァに騎乗することを選択。ゴールドシップは、安藤勝己騎手に乗り替わった。

ゲートに収まると、今度は首を上下に激しく動かしてしまう。ゲートが開いたのは、首が一番上に来た時。両前脚を宙に浮かせてし発走した。前には行かずに最後方から進むこととなった。1番人気のグランデッツァは、スタートから順調に好位につけた。

最終コーナーに接近するにつれて、馬群は凝縮。
ゴールドシップは、コーナー手前でも依然として最後方の内側にいた。外側から追い上げるロゼシャンパーニュやクールスターがいるが、内で我慢。前へを行く馬たちに阻まれて、伸びることができずにいた。

前では、グランデッツァが一足先に抜け出して、馬場の良いところを選び、真ん中から進む。その外から中団からまくってきたマイネルロブスト、ヒーラが追い付いて、3頭が横一線で並んで短い直線コースに入った。
馬場の内側の逃げ馬は沈んでいく。外側に回した馬は画面外に消えていった。

進路を探していたゴールドシップは、残り200メートルからギアを上げる。
馬場の悪い内側に転進し、沈む逃げ馬が走る内とグランデッツァらが走る間を突く。
安藤勝己騎手の合図で加速し追い上げると、あっという間に3番手に浮上。2,3馬身前には、横一線の競り合いから抜け出していたグランデッツァとマイネルロブストだけに。その2頭に内から迫り、1頭違う脚で追い上げる。

マイネルロブストをかわすことができたが、グランデッツァには半馬身届かず2着であった。


ゴールドシップは、続いてラジオNIKKEI杯2歳ステークスに出走。
初めて本州、阪神競馬場に出向く。ここでは、5.9倍の3番人気に推された。

1番人気に推されたのは、新馬・京都2歳ステークスと連勝中のトリップ。続く2番人気には、札幌2歳ステークスで先着を許したグランデッツァが選ばれた。

ゲートに収まり、今回のゴールドシップは完全に静止。落ち着いていたものの、ゲートが開いたが、すぐには出ない。また両脚を大きく浮かして発走した。馬群から2馬身離れた後方となった。
前では、6番人気のサンライズマヌーが逃げ、アダムスピークが番手、好位にグランデッツァがつける。さらに中団にはトリップが位置した。

馬群は、ひと塊。
先頭は1000メートルを62.1秒で通過し、前を行く馬が有利なスローペースとなった。

第3コーナー入り口、残り800メートル付近で、ゴールドシップは動く。
固まった馬群の一番外を回って「まくる」と最終コーナー手前ですでに先頭に並びかける位置まで進出する。まくるゴールドシップを見て、1番人気トリップ、2番人気グランデッツァも負けじと位置を上げるなど、各馬が一気にスパートをかけて、最後の直線コースに入った。

ゴールドシップは、先に一度加速していたために、他の馬に置かれてしまう。

──しかし、彼はそこで終わったりしなかった。

再加速し、2,3馬身前で抜け出していたグランデッツァを外からかわす。前回敗れた秋山騎手のグランデッツァに先着した。レースは、絶好位にいたアダムスピークが抜け出して、スムーズに勝利。
1馬身半遅れたゴールドシップが2着だった。

どちらもスタートから出遅れ、最後方から馬群を縫って、外をまくっての重賞2着。
勝ち馬は確かに「競馬」は上手だったが、ゴールドシップの豪快なレースはポテンシャルを感じさせた。

目覚めのきっかけとなった"先行策"。

安藤勝己騎手が裏の京都記念・ウインバリアシオンを選び、ゴールドシップは内田博幸騎手に乗り替わって共同通信杯に参戦した。ここでは4.1倍の2番人気に推される。

1番人気の座を勝ち取ったのは、新馬・東京スポーツ杯2歳ステークスと連勝中のディープブリランテ。こちらは、1.4倍の圧倒的な支持を集めていた。

ゲートの中で内田騎手がなだめ、ゴールドシップは他と同じようにスタートを切ることに成功。その直後から内田騎手は、ゴール直前かというほど追って促した。内で好スタートを切り、先頭となったディープブリランテの真後ろの3番手につける、これまでしたことのない競馬が展開されていくこととなった。

ディープブリランテが逃げる形となり、ゴールドシップはあれだけ追われても大きくかかることはない。1000メートルの通過は、62.6秒とスローペース。後続の追い上げはあまり見られなかった。

ディープブリランテが先頭のまま、直線コースに。2番手グループのゴールドシップは、残り600メートルで右ムチが一つ。内田騎手の動きが大きくなる。

しかし、逃げるディープブリランテも仕掛けていたため、少し離されることに。ゴールドシップは、なかなかエンジンがかからない。内田騎手は、残り400メートル過ぎで大きく3発、さらに3発、またまた2発、そして3発。

ここでようやく、ゴールドシップは着火した。

残り100メートルで、ディープブリランテを外からとらえる。ディープブリランテ、大外のスピルバーグと1馬身4分の3の差をつけて、先頭で駆け抜けた。

待望の重賞タイトルを獲得。いくら追ってもかからない、脚を使うまでに労力・時間がかかるという特性に、直線の長い東京競馬場。内田騎手は、テン乗りながら先行させて勝利した。

4番人気の皐月賞

次なる目標は、クラシック三冠の皐月賞。ゴールドシップ陣営は、トライアルを使わず直行を選択した。

無視したトライアル・弥生賞では、9番人気コスモオオゾラが制し、1番人気のアダムスピークが8着に敗れる波乱。若葉ステークスでは、きさらぎ賞の勝ち馬ワールドエースが1.3倍の支持に応えて勝利。スプリングステークスでは、グランデッツァが巻き返して勝利、1番人気ディープブリランテは2着に敗れた。

18頭が中山に集結。前日の雨は早朝まで続き、直前まで重馬場の稍重での開催となった。
加えて、最終日の8日目の馬場は内側が荒れ気味のコンディション。馬場の傾向として、直線外のコースが伸びやすく、当日の芝レースでは騎手がしきりに外を選択していた。

黄色と黒の縦縞の社台レースホース、黒地に赤いクロスのサンデーレーシング、ノースヒルズ、キャロット、さらには『サトノ』、『メイショウ』など、GI常連の勝負服たちに混じって、赤地に白い袖の芦毛はいた。

3.1倍の1番人気には、社台のグランデッツァ。稍重の札幌2歳ステークス、重馬場のスプリングステークスを制していたこともありい、道悪での活躍実績が支持されたのか。かつてのゴールドシップの主戦である秋山騎手は鞍上にはおらず、短期免許を取得し来日中のミルコ・デムーロ騎手との新コンビでの参戦した。

接近した3.2倍の2番人気には、サンデーレーシングのワールドエース。裏街道を出世しながら4戦3勝2着1回、稍重の若葉ステークスを勝利。少し離れた6.2倍の3番人気に、ディープブリランテが続く。

ゴールドシップは、それらに次ぐ「7.1倍の4番人気」だった。
グランデッツァ・ディープブリランテに先着しているにもかかわらず、だ。


スタートから、内田騎手は前回のように行かせようとはしなかった。後から数えて2番手に位置した。

前では、ゼロスとメイショウカドマツが後方馬群を千切って、ハナを争っていた。離れた馬群の先頭はディープブリランテやアダムスピーク。1番人気ワールドエースは、前の馬に触れて態勢を崩してしまい、場内ファンからは悲鳴も聞こえていた。

前2頭のみが飛ばして、1000メートル通過は稍重にもかかわらず59.1秒。しかし、実質ペースを握っていたのは馬群の先頭3,4番手のディープブリランテとアダムスピークであった。

残り800メートルでゴールドシップが動き出す。ワールドエースやグランデッツァも盛んに手を動かし、追い上げを開始する。ワールドエース、グランデッツァは大外、最後方。

各馬内を空けて、伸びる直線外を目指す。
馬にとっては生涯一度しかない皐月賞を勝つために、それを勝利までの最適手段と考えて。例えば、馬群を率いた、アダムスピークに騎乗するニコラ・ピンナ騎手は、しきりにさらに外を気にしていたことはレース映像からも確認できる。

──がらんと空いた内側を、ゴールドシップが突く。

第3コーナーで最後方にもかかわらず、直線でいつの間に3番手ほど。
ライバルたちは外の後方に、前にはゼロスとメイショウカドマツしかいなかった。

もう既に余力のない前2頭をかわして、ゴールドシップはあっさり先頭に立った。
そこからディープブリランテやグランデッツァ、ワールドエースらが追い上げても差が縮まることはなかった。

内田騎手は、左手でゴールドシップを称え、小さくガッツポーズ。エリザベス女王杯連覇中のイギリス調教馬になぞらえたコメントを残す。

そのときの脚色はスノーフェアリーのよう

──内田博幸騎手レース後コメントより

札幌でグランデッツァの内、荒れた内をすくった姿。
阪神で大外にぶん回して、好位の馬を差し遅れた姿。
東京の長い直線を追い続けた経験。

大勢が外を回す中、内田騎手の決断には、それらが大いに影響していただろう。


この勝利が直ちにゴールドシップを"名馬"にしたわけではない。ダービーでは1番人気を譲り、2番人気5着に敗れている。

ようやく重賞で1番人気に推されたのは、秋初戦の神戸新聞杯のこと。

そしてそこで勝利すると、その次走・菊花賞では、異例ともいえるロングスパートで二冠を達成。
年末には古馬相手の有馬記念で勝利して、ついに「本物」となったと言えるのではないだろうか。

3歳末まで10戦7勝、2着2回。馬券圏内を外したのはダービーの1回のみ。

この時点で、ファンからすれば「優等生」だっただろう。
そしてここから、彼の人気はさらに加速していく。

──しかし、人気を集めアイドルホースとしての地位を築くにつれて、ゴールドシップのやんちゃっぷりもさらに激しくなっていく。そのあとは、ご存知の通りだ。

1.2倍の京都大賞典、1.3倍のアメリカジョッキークラブカップで、圧倒的支持のもと敗れた。
ジャパンCで15着に惨敗したこともあった。何度も何度も、出遅れた。
R.ムーア騎手、C.ウィリアムズ騎手、岩田康誠騎手、横山典弘騎手と、鞍上も何度も入れ替わった。
120億円も、一瞬にして吹き飛ばした。

それでも、1番人気・2番人気を外したことはなかった。
引退レースの有馬記念まで、ファン投票1位であり、1番人気。

大きな怪我もせず、人気を集め続け、6歳まで競馬界の主役であり続けた。

写真:Horse Memorys

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