[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]極夜行(シーズン1-33)

セレクションセールで主取りとなったダートムーアの23、福ちゃんのお姉さんの未来への作戦会議。碧雲牧場の慈さんと大狩部牧場の下村社長、前野牧場の真ちゃんも加わり、僕たちは互いに考えを言い合い、そもそも手術をするかどうかでさえ意見は分かれました。

骨片が飛んでいるのは靭帯部分であり、メスを入れることで靭帯を傷つけてしまったり、切らなければならないかもしれず、繊細な手術になる。もし育成を進めていく中で、肢元に症状が出てくるようであれば、一旦頓挫してしまうが、その時点で手術をするという方法もある。おそらく骨片が飛んだのは幼少の頃であって、すでにそれを補う形で化骨して今の状態になっているので、このまま走っても全く問題が生じない可能性も十分にあるというのがひとつの見解。

その逆に、人間が乗って、速いところをやればやるほど、肢元(特に前肢)には負荷がかかってゆくため、種子骨の構造的に骨片が邪魔をして(靭帯に触れたりして)、痛みや腫れが出てくる可能性は高い。走る馬であればあるほど前肢に負荷はかかるし、馬に乗って鍛える人間としても、常に脚元を気にしながら攻めるのはやりにくい(しっかりと鍛えられない)。10月のオータムセールに出すにしても、自分で走らせるにしても、今の時点でウィークポイントを取り除いておいた方が先に進めやすいという意見。どちらにも一理あって、どちらも間違っていないと僕は思いました。

僕の意見としては、もしダートムーアの23を売ることを目的とするならば、骨片の除去手術を施してからの方が良く、自分で走らせるとすれば手術をせずに育成を進めてみて、症状や問題が現れてくるようであれば、その時に手術なりをすればといと考えました。「最終的には、治郎丸さんがどうしたいかだと思う」と真ちゃんに言われましたが、僕の中にはどちらの選択肢もありだと中途半端な答えしかありません。買い手がつくなら売りたい気持ちもあれば、買い手がいないならば自分で走らせてやるという反発心も両方ありました。だからこそ、その場でどうすると決めることはできませんでしたが、もし手術をせずに9月のセプテンバーセールにこのまま持って行くのであれば、明後日が締め切りになるので、いずれにしても一両日中に結論を出さなければいけません。

こういう時だからこその貴重な話もできました。前野牧場の真ちゃんも、碧雲牧場の慈さんも、馬が売れない時代には、足元を見られて悔しい思いをしたり、期待をかけて大切に育ててきた馬を二束三文で売らざるを得ないときもあったそうです。生産者は馬を売ってなんぼであり、歯を食いしばって、拳を強く握りしめながら、それでも売ってきたと。だから僕がいきなり最初の生産馬で高く売れて、生産って簡単なものだと思ってしまうよりも、こういう辛い想いをして生産の難しさを知った方がかえって良かったのかもしれないと。たしかにそのとおりかもしれません。原価がいくらの製品をいくらで売る、というように計算が立たないのがサラブレッドの生産なのです。1000万円の価値があると思っていたサラブレッドが、種子骨に骨片が飛んでいるだけで誰も買い手がつかない、もしかすると頭を下げて無料でも引き取ってもらわなければならない生き物になるのが現実です。

愛着と割り切りのバランスの話にもなりました。毎日、馬と接している生産者に愛着がないわけがない。むしろ誰よりも自分たちの生産馬を愛しているし、家族のように思っている。それでも、どうしても割り切らなければならない場面が出てくる。そうしなければ、自分たちが生きていけなくなってしまうから。愛着がありすぎると判断を誤ってしまい、自分たちが泥沼に陥ってしまうのです。どこで線引きができるかが大事とのこと。だからこそ、僕が福ちゃんのYouTubeチャンネルをやっているのは、楽しみに見ているけれど、心配してしまう面もあると言ってくれました。たとえば福ちゃんに全く競走能力がなく、繁殖牝馬としての価値や能力もなかった場合、割り切らなければならないときが来るかもしれない。そうしたとき、視聴者はその選択に耐えられるのか。理解してもらえるのだろうかと。

今はまだ生まれたばかりの可愛い福ちゃんですが、この先、競走馬としての選抜が始まります。まずはデビューできるのかというところから始まり、おそらく数々の障害が待ち構えているはずです。生まれたときから健康で何ごともなく育ち、セリまで順調に来たと思っていた福ちゃんのお姉さんでさえ、直前で脚元に不安が見つかってゼロ円の価値になってしまったのです。ただでさえ左目が見えないというハンデを抱えている福ちゃんが、どこまで行けるのでしょうか。綺麗ごとを言って始まった物語も、バッドエンドになる可能性だって十分にあるのです。そうなったとき、多くの人たちの愛着を背負っている僕は、果たしてバランスの取れた判断ができるのでしょうか。

途中から会議に入ってきてくれた若林牧場の若林さんは、「俺はいちばん馬を処分してきた人間だと思う」と言いました。自分で手を下したくない人たちが、最後に馬を渡してくる終着駅のような存在なのでしょう。最終的には若林さんが自分なりに選別をして処分をすることになるのだけれど、だからこそ何頭かの馬は有名な引退馬牧場などに渡すこともできたケースもあると言います。

「サラブレッドは選別の歴史だ」と若林さんは語り、それもまた真実なのです。誰よりも馬に愛着を持って育てている生産者でも、そのことに反論する人はひとりもいないはずです。光があるから影も生じる。僕たちは影を知っているからこそ、本当の光を感じることができるのかもしれません。片目の見えない福ちゃんも同じですね。

極夜の世界に行けば、真の闇を経験し、本物の太陽を見られるのではないか―。

そんなことを考えたのは、もうずいぶん前のことになる。

(中略)

私は極夜にひきつけられたのだった。気になってしょうがなかった。太陽のない長い夜?いったいそこはどんな世界なのだろう。そんな長い暗闇で長期間旅をしたら気でも狂うのではないか。そして何よりも最大の謎、極夜の果てに昇る最初の太陽を見たとき、人は何を思うのか―。

太陽があることが当たり前になりすぎていて、太陽のありがたみすら忘れ去られてしまった現代社会。人工灯におおわれて闇を駆逐し、闇の恐ろしさすら分からなくなってしまった現代社会。そんな日常を生きるわれわれにとって、太陽のない長い夜の世界には、まさに想像を絶する根源的な未知がねむっているように思えた。もし、この数カ月におよぶ暗黒世界を旅して、そしてその果てに昇る太陽を見ることができれば、私は夜と太陽、いや、それを突き抜けて闇と光のなんたるかを知ることになるのではないか。

──「極夜行」角幡唯介より引用

胃に鉛が入ったような気持ちで翌日も過ごしました。どの選択を採るにしても、苦難の道が待ち構えていることが想像できます。それでも、明日までには決めなければいけません。セカンドオピニオンというか、第三者の意見を求めて、上手健太郎獣医師に相談してみました。レントゲン写真を見てもらいながら、以下の選択肢で迷っていることを伝えました。

①骨片除去手術をして、10月のオータムセールに上場する

②骨片除去手術をせず、そのまま9月のセプテンバーセールに上場する

③自分で走らせる

上手さんの答えは①、なぜならそこから③にも移行しやすいからとのこと。自分で走らせるつもりは全くなく、売る気持ちが強ければ、②何もせずに9月のセプテンバーセールに出し、購入した馬主さんが手術するかそのまま走らせるかを決めてもらえば良い。もし少しでも自分で走らせる気があるならば、リスクを取って手術をして、脚元を気にせずにトレーニングをした方が良いということです。上手さんの話を聞いていると、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんが手術を推す理由が分かった気もしました。上手さんと同じく、木村さんも自分で馬に乗って育成をする仕事をしており、脚元に不安のある馬は鍛えにくいことを知っているからです。もう少し攻めたいのに攻められなかったり、途中で脚元がモヤモヤしてきて頓挫してしまい、やり直して仕上がりが遅れてしまったりすることが日常茶飯事だからでしょう。そうした苦労を体で覚えているからこそ、脚元に不安を残さない形を好むということです。生産者の視点と育成における騎乗者のそれは、同じ骨片を見ても異なるのですね。

「なるべく売却をおすすめします。もし(ダートムーアの23が)走ったなら、それはそれで良かったと思えば」ともアドバイスをしてくれました。なぜ上手さんが売ることを勧めるかというと、「(ダートムーアの23が走るかどうかの)未来は分からないのですが、わざわざ冬山に登らなくてもという答えに似ています」と哲学的なことをおっしゃいました。

「どうしても売れなければ、冬山登るしかありませんが、自分は登りません!危ないのでは?と分かっているので」と付け加えました。「そんな自分も明日、ずっと骨折した馬で立ち上げてきた馬を損切りします。これからもたくさん冬山はきますので、少しでも身軽にしておかないと、破綻します」

上手さんがここでいう破綻とは、資金ショートという意味でしょう。上手さんは怪我をしたり、病気になって走れなくなり、見放された馬たちを購入し、手術や治療をして地方競馬で走らせるというコンセプトの共有クラブを運営されています。それでも再生できない馬も実際にはいて、もちろん愛着はあって、何とかしてあげたいという気持ちは人一倍強いはずですが、どこかで損切りをしないといけなくなることもあるそうです。誤魔化すつもりはありませんので、はっきりさせておくと、上手さんがここで言う損切りとは、廃用にするということです。そうしないと自分が破綻してしまうからです。誰よりも冬山に登り、極夜を旅している上手さんがそう言うのですから、そうなのでしょう。冬山に昨日、セレクションセールで主取りになったあと、日高の生産者たちが集まって話した愛着と割り切りのバランスの話と同じですね。生産の世界に携わる人たちは、いつだって破綻と隣り合わせに生きていて、愛着を持ちすぎて、全ての馬たちを抱えようとすればするほど苦しくなり、最後は自分が破綻してしまうという末路が待っているのです。

僕は正直に言って、このとき初めて、損切りすることをリアルに感じました。いつかそういう時が来るとは思っていましたが、ダートムーアの23が主取りになったことで、思っていたよりも早く考えざるを得なくなったのです。福ちゃんは自分で走らせることが確定しています。走る、走らないにかかわらず、育成費用から厩舎の預託費などを払い続けなければいけません。誰かと共有するにしても、その責任は僕が負わなければならないのです。ダートムーアとスパツィアーレの預託費や来年生まれてくる2頭の当歳馬の預託費、そしてもしダートムーアの23に買い手がつかなければ経費は倍増します。現時点で2000万円のマイナスであり、ここが底だと思っていたら、さらに数千万規模のマイナスを掘ってしまいそうな計算になります。そういうことも踏まえて生産を始めたのではないのか、と責められると言い訳できませんが、まさか初年度の流産から始まり、ここまで計算が立たない世界だとは思ってもいなかったのです。身銭を切ってやってみてようやく分かったのです。

この頃から、僕の中では撤退の気持ちが芽生え始めていました。ここまで計算ができないと、ビジネスとしては成り立たないどころか破産してしまいます。もっと早い時点で引き返すべきだったのかもしれませんが、僕は競馬が心から好きなのと、相手が生き物であることもあって判断が遅れてしまったのかもしれません。僕が競馬の世界に興味もなく、物を扱っているのであれば、割に合わない商売だとさっさと見切りをつけて、全てを売り払って撤退していたはずです。

馬券も(一口)馬主も敗者のゲームであり、生産はゴールドラッシュで金鉱を掘る人たちにツルハシを売る仕事だと考え、生産だけは勝ち筋のある事業だと思っていたのですが、そうでもなかったようです。僕も同じくゴールドラッシュに沸いた採掘者の一人でした。ツルハシを売っていたのは、生産牧場であり、コンサイナーであり、育成牧場であり、調教師であったのです。

(次回へ続く→)

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