[スプリングS]中山芝1800mから世代の頂点へ。スプリングSを制し、のちにダービー馬となった名馬たちを振り返る

皐月賞への重要なステップレースのひとつ、スプリングS。

1週前に行われる弥生賞同様、ここから数多の名馬が旅立ち、活躍を遂げていった。そのなかには皐月賞だけではなく、日本のホースマンとして最高の栄誉である日本ダービーを制した馬も多数存在する。

今回はスプリングSを制し、後に日本ダービーを制した名馬を取り上げていきたい。

ミホノブルボン(1992年)

皐月賞、ダービーを無敗で制し、最後の一冠である菊花賞も2着。『最も無敗三冠に迫った二冠馬』と言われるミホノブルボンだが、4歳初戦に選んだスプリングSでの評価は2番人気だった。

その理由のひとつに、血統から来る距離不安があった。父の代表産駒は短距離路線を中心に活躍する馬が多かったのに加え、前年末の朝日杯3歳Sでは引っかかっての勝利。

マイル戦で制御の利いていなかったミホノブルボンは、1ハロン伸びた1800mでは最後厳しくなるだろうという見方が強かった。

ゲートが開くと、ミホノブルボンは最内から先頭に立つ。1ハロンごとのラップタイムは11.9秒から12.2秒という精密な時計で進む。重馬場の800m通過は48.2秒と決して遅くはないペースで、やはりこのままではどこかでバテると考えていた人は少なくなかっただろう。

だが、ミホノブルボンは勝負所で再加速すると後続を突き放す。各馬が追い出しても鞍上・小島貞博騎手の手綱は持ったままで、全く後ろを寄せ付けない。そしてそのまま1着でブルボンがゴール坂を駆け抜けた時、2着のマーメイドタバンには7馬身差がついていた。

ミホノブルボンが登場するまで、『逃げ』という戦法は『バタバタになりながら逃げ切る』か、『後続の虚を突いて逃げ切る』という見方が一般的だったという。

だが、そんな常識に捉われない真の速さと強さをこのスプリングSでミホノブルボンは披露した。二冠目を制した日本ダービーでは、残り1800m地点からゴールまで徹底した12秒台のラップを淡々と刻み、精密機械のような逃げで勝利したミホノブルボン。

その片鱗は、既にこのスプリングSで見せてくれていたのである。

ナリタブライアン(1994年)

8月にデビューし、その後は1月に1回以上レースへ出走したナリタブライアン。初のG1制覇となった朝日杯3歳Sの時点で、出走数は既に『7』に到達していた。

この数を上回って同レース(改称後も含む)を勝利したのは、2002年のエイシンチャンプ(9戦目で勝利)のみ。ダービーを制した馬の中では一番キャリアの多い世代王者でもあった。

明けて4歳となった後も、共同通信杯からスプリングS、そこから皐月賞へ臨むというローテーションを組まれたナリタブライアン。年末のG1から皐月賞への直行ローテが王道となりつつある現代では、少し考えにくい臨戦過程である。

しかし、『レースが馬を強くする』という大久保正陽師の信念に応えるかのように、経験を積むごとにナリタブライアンはどんどん強くなっていく。それは皐月賞前、最後の仕上げとして選ばれたスプリングSでも同様だった。

ゲートは出たものの行き脚がつかず、最後方からの競馬となったナリタブライアン。だが、他馬の動きを見ながら動けるこの位置はむしろ好都合だった。3,4コーナーでエンジンに火が点くと、大外を回って一気に捲りあげる。それでも4コーナーではまだ4番手あたりだったが、直線に向き、坂を上り切ったあたりで再加速。追いすがる後続各馬を突き放し、2着のフジノマッケンオーに3と1/2馬身差をつけてゴール坂を駆け抜けた。

世代王者としての立ち位置を盤石にしたナリタブライアンは、続く皐月賞も中団から捲り、スプリングSと同じ着差で優勝。ダービーは『誰にも邪魔されないように』と大外を美しいフォームで駆け抜け、5馬身差の圧勝劇を演じる。

紛れもなく世代最強の座を盤石にした同馬は、最後の一冠、菊花賞も7馬身差で勝利。史上5頭目の三冠馬に輝いた。

ネオユニヴァース(2003年)

2月のきさらぎ賞を勝利し、4戦3勝の成績でクラシック路線に臨むことが決まったネオユニヴァース。だが、ここまで手綱を取った福永祐一騎手が、もう1頭のお手馬であるエイシンチャンプと共にクラシック路線へ挑むことを決定。スプリングSを前に背中が空いたネオユニヴァースの鞍上に抜擢されたのが、当時まだ24歳だったミルコ・デムーロ騎手である。

レースはミヤギーロイヤルが引っ張り、外枠に入ったネオユニヴァースは無理に先行せず中団外目を追走。1番人気のサクラプレジデントを前に見ながら道中を進めると、勝負所、絶好のタイミングで進出を始め、先団に取り付く。直線に向くと内から並んできたサクラプレジデントとそのまま叩き合いとなるが、最後は1と1/4馬身抜け出して勝利。上り3Fはメンバー中最速の34.7秒を繰り出しており、捲ったうえでのこの末脚は、将来を期待させるものであった。

スプリングSを強い勝ち方で制したネオユニヴァースは、次走以降も皐月賞、日本ダービーと連勝。二冠を達成して世代の王座についた。

後にデムーロ騎手はこのスプリングSを『ちょっと厳しい競馬をさせてみたら、その期待を上回る勝ち方をしてくれたレース』と振り返っており、初コンタクトで同馬の秘めたる能力を確信したという。そしてデムーロ騎手はネオユニヴァースとの出会いを振り返って、こう述べている。

『彼に出会っていなければ、僕の騎手人生は全く違うものになっていたかもしれない』と。

メイショウサムソン(2006年)

スプリングS時点でのキャリア数は『8』。戦歴の数はナリタブライアンがスプリングSに臨んできたときと一緒だった。

だが、既に世代で一番の評価を与えられていたナリタブライアンに対して、この時点でのメイショウサムソンの評価は『善戦するが重賞では勝ち切れない馬』というもの。

【3-3-1-1】という安定感のある戦績ながら、G3では2着が2回。その負けも好位から勝ち切れずというもので、強さはあるがどこか足りない馬、という見方をされていた。

このスプリングSも2歳王者であるフサイチリシャールや、これまで2度戦い連敗していたドリームパスポートなどが出走していることもあり、13倍の4番人気という評価に落ち着いていた。

ゲートが開くと、8枠16番という大外枠ながらも先行して絶好位につけたメイショウサムソン。道中もリズムよく進めると、2歳王者のフサイチリシャールに先んじて4コーナーを先頭で回る。満を持して追い込んできたドリームパスポートとフサイチリシャールに並ばれ、一度は抜かされるかに思えた。

しかし、叩き合いになって燃えたか、抜かされない勝負根性を発揮。そのまま2頭を封じ込め、クビ差で初重賞制覇を飾った。

続く皐月賞、ダービーも制覇して二冠を達成したメイショウサムソン。以後も僅差でライバルを封じ込めて勝ち切るというその強さは、同馬の父であるオペラハウスの代表産駒、テイエムオペラオーが、サムソンと同じ勝負服の好敵手相手に幾度も演じた『ハナ差圧勝』を思い出させる強さであった。

オルフェーヴル(2011年)

『史上最も珍しいスプリングS馬』を決めるならば、間違いなく選考対象となる馬の1頭にオルフェーヴルがいる。

彼の臨んだスプリングSは、中山開催ではなく阪神開催。日本全体を襲った未曽有の大災害、東日本大震災の影響で中山競馬場が被災し、3,4月の中山で行われる予定だった重賞のほぼすべてが阪神開催に割り振られたためである。

そしてオルフェーヴルは、1番人気馬が勝ったスプリングSの中で最も高い倍率で勝利した馬でもある。そのオッズは4.7倍。2番人気のリベルタスが5.2倍で、3番人気のリフトザウイングスは5.5倍であったことからも、1番人気とはいえかなり拮抗していたオッズ構成だったことが読み取れる。

後に三冠を制し、日本競馬を席巻することを考えれば低すぎる評価かもしれない。しかし、この時点でのオルフェーヴルはそこまで高い評価を得ていた馬ではなかった。

2歳ラストの出走となった京王杯2歳Sでも若さを見せて惨敗したことに加え、年が明けて臨んだG3の2戦は連敗。さらに新馬戦では勝利した後池添騎手を振り落としている。『実力はあるがどこか危うい』という印象は拭いきれないままで、直近の戦績から押し出されるような形で1番人気となったのも、ある意味この時点では当然だったかもしれない。

レースはホッコーガンバが引っ張り、オルフェーヴルは五分のスタートから中団へ。道中、一瞬行きたがる素振りを見せたが、池添騎手がなだめると素直に頭を下げ、末脚を溜めることに徹した。4コーナーで外から仕掛けられ、直線で右鞭が入ると内に切れ込みながら脚を伸ばし、間から伸びるベルシャザールと内で粘るグランプリボスとの叩き合いに。しかし馬体を合わせたのはほんの一瞬。坂の上りでもう一段階ギアを上げると追いすがるベルシャザール以下を突き放し、3/4馬身差をつけてゴール坂を先頭で駆け抜けた。

これが重賞初制覇となったオルフェーヴル。騎乗してきた池添騎手は『これまでやってきたことを全て生かすことができた』と語り、同馬の実力を再確認できたという。

そしてこの勝利を皮切りに、年末の有馬記念まで破竹の6連勝を挙げ、その間に三冠を達成。翌年は凱旋門賞に挑み、日本競馬の悲願まで後僅かのところまで手を伸ばす活躍を見せながら、阪神大賞典では外側に逃避する大逸走をするなど、勝っても負けても、それまでの競馬界では考えられないような規格外なパフォーマンスをしたオルフェーヴル。

『史上最も珍しいスプリングS馬』と言われても妙に納得してしまうのは、彼の伝説めいた戦績と走りがあるからだろうか。

写真:かず、Horse Memorys


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※本記事は『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』には収録されていないオリジナル原稿となります

第一部 オルフェーヴルかく戦えり

最強を証明し続けた遥かな旅 文・構成/手塚瞳

2010ー2011 新馬戦│スプリングS
2011 クラシック三冠│有馬記念
2012 阪神大賞典│凱旋門賞│ジャパンC
2013 大阪杯│凱旋門賞│有馬記念

第二部 一族の名馬と同時代のライバルたち
[一族の名馬たち]
ステイゴールド
メジロマックイーン
ドリームジャーニー
オリエンタルアート
8号族

[同時代のライバルたち]
ウインバリアシオン
ゴールドシップ
ジェンティルドンナ
ホエールキャプチャ
グランプリボス
レッドデイヴィス
トーセンラー
ギュスターヴクライ
ビートブラック
ベルシャザール
サダムパテック
アヴェンティーノ

[主な産駒たち]
マルシュロレーヌ
ウシュバテソーロ
ラッキーライラック
エポカドーロ
オーソリティ
シルヴァーソニック
メロディーレーン

第三部 オルフェーヴルを語る

血 統 競馬評論家/栗山求
馬 体 『ROUNDERS』編集長/治郎丸敬之
育 成 Tomorrow Farm 齋藤野人氏に聞く
厩 舎(前・後編) 池江泰寿調教師に聞く
海外遠征 森澤光晴調教助手に聞く
種牡馬 社台スタリオンステーション 上村大輝氏に聞く

第四部 オルフェーヴルの記憶

震災の年の三冠馬は「希望の星」
オルフェーヴル産駒の狙い目
穴党予想家が振り返る「オルフェの印」
記者席で見た「阪神大賞典の逸走」
国内外で異次元名馬が生まれた世代
歴代三冠馬を生まれ月で比較する

座談会 語り尽くそう! オルフェーヴルの強さと激しさを

書籍名オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2024年02月19日
価格定価:1,350円(税別)
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
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