次はどこへ行こうか、シャフリヤール - 空飛ぶダービー馬の種牡馬引退に寄せて
■シャフリヤール、種牡馬引退のニュースに接して。

2021年の日本ダービー、2022年のドバイシーマクラシックという大きな勲章と共に現役を引退。今春から大きな期待を受けて種牡馬となったシャフリヤールが、生殖能力を失ったとして種牡馬を引退することとなった。

シャフリヤールの退厩時に、藤原英昭調教師は彼が長い戦いの末に種牡馬となったこれまでの歩みを讃えるとともに、「種牡馬としていい仔を出すと思う」と期待のコメントをもって別れの言葉とした。

多くのファンも同じ気持ちで、「いい仔」を心待ちにしていたと思う。

シャフリヤールのように、小柄な馬体に闘志を秘め、大舞台で己の持つ力を惜しみなく出し尽くす──そんな仔たちが、必ず登場する。そうした期待を持ってこれから数年間の競馬を楽しんでいけると思っていた。

そんな想像をめぐらしていたところに飛び込んできた、種牡馬引退の報。

今年、シャフリヤールの遺伝子を宿した繁殖牝馬は10頭にも満たないという。

父を彷彿とさせるような仔が登場する可能性は、もちろんゼロではないにしても…。大きな期待は閉じ込めて、奇跡に近い可能性にすがるしかないのか、とため息が出てしまう。

突然飛び込んできたショッキングなニュースに気持ちを激しく揺さぶられた、わたしもそんなファンのひとりである。

■忘れられないあの瞬間。日本ダービー制覇

シャフリヤールはどんな馬だったのか。彼の競走時代を振り返りたい。

何といっても真っ先に思い浮かぶのは、2021年の日本ダービーでの最後の直線の攻防である。

最後の直線、エフフォーリアが力強く馬群を抜け出した。エフフォーリアで決まりか、と思われた一瞬、ゴールに向け一心に脚を伸ばす彼のうしろに、まるで空間が歪んだかのようなポケットが出現した。

シャフリヤールがその空間に馬体を潜り込ませたかと思ったら、次の瞬間にはエフフォーリアに並びかけ、「それでもエフフォーリアが勝つ」と結末を見つめていたわたしの、実は根拠なんてない思い込みを覆されたあの不思議な時間。

写真判定の末、わずか10cmの差で先にゴールしていたのがシャフリヤールだった。

時間にしてわずか数秒間のあの一瞬を、今もありありと思い出すことができる。

ライブでは「エフフォーリア、踏ん張れ!」と応援していたのに、何度か思い出すうちに、いつしか忘れ得ない名場面として記憶が更新されてしまった。

どうやらわたしは、あの数秒間で、シャフリヤールの小柄な馬体に秘められた闘争心に魅せられてしまったようだった。

■新時代のダービー馬、ここにあり。

シャフリヤールは古馬となり、緒戦のドバイシーマクラシックを先行策から勝ち切る。

まるで測ったかのような絶妙の抜け出し、ぎりぎり、大外から凄まじい脚で追い込んできたゴドルフィンのユビアーを凌ぎ切っての首差の勝利。またしても彼の精神力を見せつけられた思いだった。

そしてこの勝利は、歴代の日本ダービー馬も成し得ていなかった、日本ダービー馬による海外GⅠ初勝利であった。

シャフリヤールの海外遠征は、この一戦に留まらず、この年6月にはイギリスのアスコット競馬場(プリンスオブウェールズステークス)、そして5歳シーズン・6歳シーズンは3月にはドバイ・シーマクラシック、11月にはアメリカのブリーダーズカップターフに参戦と、海外のビッグレース参戦がルーティンであるかのように果敢に遠征し続けた。

そして、海外遠征の一方で、しっかり日本のビッグレース(天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念)にも参戦しているのだから、そのタフさには頭が下がる。

──きっと、シャフリヤールの姿に勇気づけられたのだろう。後輩の日本ダービー馬たちも海外のビッグレースで次々と結果を出した。

ふたつ下の世代、2023年ダービー馬タスティエーラは香港でクイーンエリザベス2世カップを優勝。2024年ダービー馬のダノンデサイルも、ドバイでシーマクラシック優勝を果たした。

余談かもしれないが、シャフリヤールはこの2頭の後輩ダービー馬には直接対決で先着を許していない。

タスティエーラに対しては、2023年の有馬記念で自身5着、タスティエーラ6着。ダノンデサイルに対しては、2024年有馬記念で自身2着、ダノンデサイル3着。どちらも、単勝人気では譲りながら、着順では競り勝っている。何とも痛快ではないか。

近年では、国内GⅠレースに加え、馬にとって最善の選択をするため、海外遠征も視野にローテーションを決めるのが普通のことのようになってきている。

シャフリヤールは、そんな新時代にふさわしい日本ダービー馬の道を作った馬だと思う。

■「空飛ぶダービー馬」シャフリヤール、どこへ行く。

その海外遠征経験の多さ、すなわち飛行機での移動の多さから「空飛ぶダービー馬」という異名もあったシャフリヤール。

そんな彼の引退戦はしかし、年末の大一番、有馬記念だった。このレースも忘れ難い。

枠順抽選会で、このコースでは致命的に厳しい戦いを強いられる16番枠を引いてしまったときの藤原英昭調教師の落胆ぶりは印象的だった。しかし、シャフリヤールはこのような逆境でも、底力を発揮した。

ゲートが開くと、馬群の外をはりつくように追走し、脚を溜めながら最終コーナーを前にいつの間にか先団に取りついていた。そして直線では、とても6歳馬と思えない若々しいストライドで伸び、首の上げ下げでレガレイラに屈しはしたものの、勝ちに等しい走りを見せてくれた。

シャフリヤールは最後まで諦めなかったし、なにより、豊富なスピードとスタミナ、強靭な精神力を合わせ持つ素晴らしいサラブレッドだった。

わずかながらも残された可能性──シャフリヤールの遺伝子が後世に伝わっていくことを、祈るような思いと共に、見守っていきたい。

藤原英昭調教師や、共にダービーを制した福永祐一騎手(現・調教師)が「機会があればぜひ手掛けたい」とコメントしてくれているのは、なんとも心強い。

そして、シャフリヤール自身のこれからについては、「ノーザンホースパークで功労馬として繋養される」と報じられたばかりなので、具体的にどのような新しい道を歩むのかも、やはり見守っていきたい。

現役時代、どこへ遠征してもしっかり仕事をしてきたシャフリヤールは、これからどこでどんな道を歩もうとも、周りの人達に愛され、充実した馬生を送っていってくれるだろう。

「どこへ行っても、きっと大丈夫」と信じている。

写真:s1nihs

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