たった3度の出会いでたくさんの景色を見せてくれた、私の名馬フィニッシュアップの思い出

競馬は私たちに、さまざまなドラマを見せ、感動を与えてくれる。
他馬を寄せ付けない圧倒的な強さを見た時、ライバルとの接戦を制する熱い勝負を見た時、強き者しか掴めない大記録の達成に立ち会った時──。

多くの人が感動を覚える瞬間といえば、やはり大きな舞台での出来事が多いだろう。大きなレースになれば実力屈指の馬たちが揃い、観戦する人も増えるのだから、当たり前のことだ。


だけど、感動の瞬間というものは決して大舞台だけに限られた話ではない。

これは、私が一頭の競走馬と見た、小さな物語である。

2019年5月14日、一頭の牡馬が生まれた。
母・ヴェントス、父・ハーツクライ。半姉に2019年に府中牝馬ステークスを制したスカーレットカラーがいる血統だ。半兄・ウーゴ、半姉・イリマもそれぞれ活躍を見せていて、彼も姉や兄たち同様頑張ってくれるはずだと期待に胸が躍った。
彼はのちに、フィニッシュアップ(Finish Up)と名付けられる。馬名には"やり切る"という意味が込められた。

私は、母・ヴェントスの子供たちに特別な思い入れがあった。
初仔だったスカーレットカラーは私にとって特別な馬であり、今のように熱心に競馬を見るきっかけをくれた。だから、彼女の弟や妹は追いかけ続けると決めていた。当然、フィニッシュアップも例に漏れず、応援する対象で、言わば彼は"生まれながらにして応援することを決めていた馬"だった。
まずは無事にデビューを迎えてほしい。その一心で、彼に会うことが叶うその日を心待ちにしていた。

しかし、競馬場で彼の姿を見るまでには、かなりの時間がかかった。

2歳の春を迎え、同世代の馬たちが続々デビューしていくなか、彼の入厩の報はまだ来ない。元々5月生まれと競走馬としては遅生まれだったし、きっと周りの子より成長がゆったりしているのだろうと思うことにして、静かに彼のデビューを待ち続けた。そうしているうちに、気付けば3歳の春が訪れようとしていた。


2022年3月末日、遂にフィニッシュアップの入厩の報が届いた。待ちに待った瞬間に、思わず泣きそうになるほど嬉しかった。同世代の馬たちと比べるとスタートダッシュこそ遅れてしまったが、それでも、彼の姿をこの目で見る日がすぐそこまで迫ってきていることを実感した。遅生まれとは言え、あまりにも長い空白期間に、なにかアクシデントがあったのではと思わずには居られなかった。どうか、無事にデビューを迎えてほしい──ただ、その一心だった。

2ヶ月後。5月22日、遂にその日はやってきた。フィニッシュアップは、新潟競馬場で行われる3歳未勝利のレースで初陣を迎えることとなった。既に3歳馬の新馬競走は終わっており、レース経験のある相手との戦い。それでも、デビューまで辿り着いてくれた彼ならば…。私の心は、たくさんの期待と希望で溢れた。

彼のデビューの瞬間は、必ずこの目で見届けると決めていたから、新潟競馬場へ足を運んだ。到着までに時間を要するため、これまで訪れたことのなかった新潟競馬場だが、彼の晴れ姿を見るためならば…と、体は勝手に動いていて、気付けば新潟競馬場へ辿り着いていた。

彼のデビューは5R。
競馬場には開門と同時に入場していたが、正直彼がパドックに登場するまで気持ちに余裕が一切なかった。私が緊張しても、なにも変わらない。そんなことわかっているのに、何故だかとんでもない緊張感に襲われていた。それは、これまでに味わったことのない緊張感だった。意味もなく新潟競馬場内を徘徊しては時計を見る。その繰り返しだった。
落ち着かないまま、5Rのパドック入場時刻になった。そして、彼──フィニッシュアップが、遂にやってきた。

新潟競馬場でデビューを迎えたフィニッシュアップ

既走馬たちにも見劣らない凛とした顔つき。日差しに照らされ、鹿毛のはずなのに黒光りしているようにも見える美しい馬体。兄・ウーゴと似たまっすぐに伸びる流星。なにより、射止めるような鋭い眼差し。

時折立ち上がるような仕草を見せるなど少しの幼さは感じたものの、競走馬としての立派な姿を見て嬉しくなった。ああ、よかった。遅くなってしまったけれど、無事にデビューできた。これまでに感じたことのない感動だった。
「やっと会えた。会いたかったよ」
ふとこぼれた独り言は、無意識でこぼれたものだった。目頭は熱くなっていたけれど、レースはこれからだ。まだ泣くわけにはいかない。そう思い、なんとか涙を堪えるのだった。

レース前日に公開される関係者コメントで、彼のデビューが遅れてしまった理由が骨折だったことを知った時は、無事にデビューを迎えることの難しさを痛いほどに思い知った。怪我の程度次第では、彼の姿を見ることがないままになっていたかもしれない。そう考えると、怖くて堪らなくなった。デビューを迎えられてよかったと、心底思った。

だけど、デビューできたら良いというわけでもない。競走馬である以上勝たなければならない、走れる番組がなくなってしまう。その現実とも向き合わなければならなかった。デビューが遅れてしまった彼にとってそれは厳しい現実だったけれど、それでも信じていた。彼なら成し遂げてくれるはずだと。

デビュー戦の鞍上は
姉・スカーレットカラーの背をよく知る岩田康誠騎手

デビュー戦の結果は、10着。出遅れや、直線で外にいた馬から斜行を受けてしまったことが響いた。なにより、既走馬たちとの差が出てしまったように感じた。でもその差は、これから埋めていけば良い。そう思った。まだ彼の競走馬生活は始まったばかりだ。経験とともに成長していけば、必ずチャンスは訪れるはずだから──。

そう納得して、まずはデビュー戦を無事に終えられたこと、なにより彼の姿を見ることが叶ったとに安堵した。


2戦目は中京競馬場。デビュー戦より400M長い距離に挑戦することになった。パドックで見る姿は相変わらず凛々しく、迫力のある馬体だった。パドックを周回しながら、少し暴れることもあった。忙しないところは相変わらずだったが、デビュー戦から3週間しか経っていないのだから、精神面に関してはある程度仕方がないものだと納得した。

中京競馬場での2戦目
パドックでの様子

レースが始まってすぐ、1コーナーでフィニッシュアップが外側に斜行してしまう。何かに驚くように突然外側に逃避したように私には見えて、不安を隠せずにいた。幸い、大きな事故にはならなかったものの、フィニッシュアップ自身もリズムが崩れてしまったように見えた。

結果は8着。そして、このレースを制したのは、フィニッシュアップが不利を与えてしまった馬だった。なにも起きなくて安心した気持ちと、悔しい気持ちと──様々な思いが私の中を駆け巡った。ただ、もちろん諦める理由にはならなかった。僅かでも、まだ時間は残されている。諦めずに応援すると、改めて誓った。


そして3戦目──。ダートでの一変を狙った小倉競馬場で、運命は残酷な方角へと動いた。

パドックに登場したフィニッシュアップは、過去2戦ではつけていなかったメンコをつけていた。厩舎マークが刻まれたメンコを見ると、姉や兄たちの姿を思い出す。そして、フィニッシュアップが歩く姿を眺めていると、パドックで放馬のアクシデントが起こった。放馬した馬はすぐに捕まったものの、アクシデントにつられて騒がしくなる馬が何頭かいた。

そんな中フィニッシュアップは、つられて暴れることなく、落ち着いていたように見えた。デビューから3ヶ月経って、精神面が成長しているんだろうな…そう思うと、嬉しくなった。確実に、着実に、彼は成長していると思えたからだ。

小倉競馬場にて
所属厩舎のマークが刻まれたメンコを身に着けて登場

しかし、返し馬が終わり、発走時刻を待っていると、耳を疑うアナウンスが聞こえてきた。
『14番・フィニッシュアップ号は馬体検査を行います』。

競馬を何年も追いかけた私にとっては聞き慣れたはずの放送だった。それでも、受け入れるまでにひどく時間がかかる。放送を聞いてから、頭が真っ白になった私を尻目に、更に追い打ちをかけるようなアナウンスが、場内に響いた。

『14番・フィニッシュアップ号は、馬場入場後、馬体に故障を発生したため、競走から除外いたします』。

大袈裟ではなくて、時間が止まったように思った。何も考えられなくなって、ただ、「どうしよう」と独り言を繰り返した。実際どうしようもないことなどわかっていたけれど、それでも、そう呟いていないと気がおかしくなりそうで、経験したことがないくらい頭が混乱していた。気付けば涙で顔がぐちゃぐちゃだったくらいに。

骨折を乗り越えてデビューしたフィニッシュアップが、どうしてまたこんな目に遭うのだろう──そう考えると、悔しくて、悲しくて、堪らなかった。だけどそれ以上に、フィニッシュアップに無事でいて欲しい気持ちも強くあった。本当に色んな感情が混ざり合って、それが涙となって流れていたのだと思う。

暫くして、詳細の診断が発表された。『左前肢破行』だった。

──そしてフィニッシュアップは、この日を最後に、二度と競馬場に姿を現すことはなかった。


小倉競馬場での除外から数日後。フィニッシュアップの名前が、所属厩舎の一覧から消えていた。除外になった日から、心のどこかで察していたはずなのに、それでも目の前の現実を受け入れたくない自分がいた。
"中央登録抹消、今後は乗馬"。

それは今まで、幾度となく見てきたはずの言葉。遅かれ早かれ、別れは必ず訪れる。わかっていたつもりなのに。競走馬引退の事実に対して、あれほど悔しい気持ちを抱くのは、初めてのことだった。

暫く落ち込んでいた私を救ってくれたのは、フィニッシュアップ自身だった。彼が引退してから、暫く彼の写真を見返す日々が続いた。

彼との思い出はたった3度からもしれないが、その内容は、時間は、思えばとても充実していた。それに、実際に会えたのは3度でも、彼を思った時間はそれ以上である。

競走馬登録されて嬉しかったこと。

入厩の報に舞い上がったこと。

実際に姿を見てこの上なく嬉しかったこと。

辛いことも、悔しいことも、悲しいこともあった。だけどそれ以上に、フィニッシュアップを応援していた時間は、共に見た景色は、確かに尊いものだと気付いた。

結果は残念だったかもしれない。それでも、彼を応援する時間を悔いたことなど、一度もない。彼が与えてくれた時間は、確かに幸せな時間だった。気付けば彼の姿を収めた写真を見ながら泣いていた。もうきっと、彼に会うことは二度とない。それ自体は辛い現実だったけど、彼はたった3度会っただけで、私に沢山の思い出や景色をくれたのだ。それに暫くの間気付けずに、落ち込んでいた自分が恥ずかしくなる。

──前を向かないと、彼に失礼だ。そう思った。

無事にデビューを迎えることの大変さ。
困難を乗り越えて輝くことの尊さ。
思い通りの結果を得ることの難しさ。
フィニッシュアップは、たった3度の出会いで沢山のことを教えてくれた。沢山の景色を見せてくれた。フィニッシュアップという競走馬がいたことをずっと忘れないことが、彼にできる最大の恩返しだと、私は思う。

彼がデビューした月であり、誕生日でもある5月。彼の写真を見つめながら、当時を振り返る。そして、改めて胸に刻むのだ。
フィニッシュアップという競走馬が、私に教えてくれた大切なこと。
そして、彼と共に見た3度の景色を──。

写真:だしまき

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