2分20秒3の衝撃 - カランダガンが刻んだ未来への一撃

茜色に染まる東京競馬場。府中では見慣れぬ、けれど海の向こうで何度も見てきた、深い緑と燃えるような赤の勝負服が躍動する。

世界が憧れる大舞台を幾度も制してきた、アガ・カーン殿下のあの勝負服が、いま日本の直線を駆け抜けている。

──カランダガン。

その名が日本を駆けていることに、胸が熱くなる。カルティエ賞年度代表馬に選ばれた世界ナンバーワンがはるばる日本に来てくれたことへの感謝か、それとも「世界」が本気でここを獲りに来たという誇りのようなものか。長い旅路の疲れも感じさせず、その四肢を力強く伸ばし、その馬体を鮮烈に躍動させている。

アドマイヤテラの落馬で幕を開けた第45回ジャパンカップ。セイウンハーデスがあのパンサラッサすらも凌駕するハイペースを刻み、馬群は縦に長く伸びる。

息を入れる間もないほどのハイペースのまま迎えた直線。傷心の凱旋門賞から戻ってきた今年のダービー馬・クロワデュノールが先頭に躍り出る。出走が正式に決まったのはレース当週。難しい臨戦過程で、万全ではなかったかもしれない。それでも北村友一騎手は馬の力を信じ、迷わず「この馬の競馬」を貫いた。胸の奥を真っ直ぐに射抜くような、その誇り高い走りに思わず声が漏れる。

だが、外から迫る影が、更なる勢いでクロワデュノールを飲み込む。

マスカレードボール。そしてカランダガン。

昇り竜の勢いでG1連勝を狙うマスカレードボールが首をぐいっと伸ばす。その鼻面を、カランダガンが押し返す。直線入り口から競り合う2頭のマッチレースは、まるで永遠に続くのではないかと思うほど長く、濃密に続いている。

伸びるマスカレードボール。抜かせないカランダガン。

鼓舞するルメール。叱咤するバルザローナ。

カラ馬となって前を行くアドマイヤテラを目印に、二頭が馬群から抜け出す。

そこに宿る炎は欧州最強馬の証。真の強者だけが持つあの圧倒的な存在感が、東京の直線に刻みつけられていく。

そして僅かに先んじたカランダガンは、アルカセット以来20年ぶりに、外国馬としてジャパンカップ制覇を果たした。

時計が掲示板に灯った瞬間、思わず息を呑んだ。

──2分20秒3。

アーモンドアイが残したあの不滅に思われたレコードを――「もう越えられることはないのでは」と数年前、誰もがそう思ったはずの時計――を、軽やかに、しかし暴力的なまでの迫力でコンマ3秒、塗り替えてしまった。


思えばジャパンカップはいつだって驚きに満ちていた。

メアジードーツに打ち負かされ、ホーリックスのレコードに驚愕し、そのレコードはアルカセットによって塗り替えられた。

「世界に通用する強い馬づくり」を掲げて生まれたこの舞台は、日本にとって、ひとつの壁だった。その壁の向こうにある風景を見るために、日本のホースマンは研鑚を重ねた。

時が流れ、ジャパンカップで世界の強さを思い知ることはなくなっていった。当たり前のように日本馬が制するようになり、海外からの遠征馬が注目を集める機会は減った。そして2019年。出走した外国馬はついにゼロとなった。

日本の馬たちは世界中に飛び出した。芝ではジャスタウェイやイクイノックスが世界を驚かせ、ダートではマルシュロレーヌやフォーエバーヤングが歴史を変えた。中東や香港はもはや第二のホーム。欧州の最高峰に未踏の地は残っているけれど、日本馬は、どこへ行ってもトップを争う存在になっている。

日本馬が世界の頂を本気で争う時代に、私たちは生きている。

ジャパンカップの輝きを再び取り戻そうと、関係者は奔走してきた。高額な報奨金制度の導入、国際厩舎の整備、そして地道な誘致活動。数えきれない関係者の努力が実を結び、昨年はオーギュストロダン、ゴリアット、ファンタスティックムーンと三頭もの強豪がここに集った。

ジャパンカップは、再び「世界を呼び込む舞台」へと歩み出していた。

だからこそ、その先に訪れたカランダガンの栄光に胸が震える。

日本が米国の頂点を極めた年に、ホームグラウンドでその日本の意気に楔を打つような、「まだまだ続きはあるぞ」と告げるような、そんな底知れぬ力強さでカランダガンは駆け抜けていった。

馬場の違いもコースの違いも関係ない。強い馬は、ただ、強いのだと、シンプルに示すような。

悔しさもある。けれどなぜだか嬉しさが同時に胸に広がる。

──これを超えてほしい。

──この先の景色を、もっともっと見たい。

そう思えるからこそ、日本の競馬は前に進めるのだ。

このレースは、きっと、これからの日本競馬の次の標識になる。日本馬は強い。けれど強い馬はまだまだいる。世界はいまもずっと広い。

カランダガンを超えること。それが、次の目標になるだろう。

でも、きっとまた、超えられる。そう信じられるから、胸が高鳴る。

まずは東京で、そしてまた世界のどこかで。

今日のような物語を、今度は日本馬が刻む未来を、私たちは静かに待つことができるのだから。

写真:コメフクロウ

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