
GⅠレース。すべての競走馬が目指す頂である。そこに辿り着けるのは、ほんの一握りだ。それは、天賦の才を携えていたとしても変わらない。
今回紹介するのは、才能・努力・巡り合わせ、そのすべてが噛み合い、その頂に到達した特別な馬―ダノンキングリーである。
王者の素質
ダノンキングリーは、北海道浦河町の老舗である三嶋牧場で生を受けた。父は言わずと知れた大種牡馬ディープインパクト。母マイグッドネスは、ダートGⅠ級競走を制したダノンレジェンドを産んだ名牝である。
また、父ディープインパクトと母父Storm Catの組み合わせは、ダービー馬キズナを筆頭に多くの活躍馬を生み出してきた「黄金配合」「ニックス」と呼ばれるものだ。
取り巻く人々にも目を向けたい。馬主であるダノックス代表・野田順弘氏は、当時すでにJRA・GⅠを制していた相馬眼の持ち主であった。管理する萩原清調教師も、2009年に日本ダービーを制した名伯楽である。
ダノンキングリーは、実績ある人々がそろって認めた逸材だった。
その期待に応えるかのように、ダノンキングリーは新馬戦、500万下のひいらぎ賞を連勝。さらに、同世代のマイルGⅠ馬アドマイヤマーズを共同通信杯で破り、一躍クラシックの主役候補として注目を集めた。

そんな彼に、最初の試練が訪れる。クラシック第一戦・皐月賞である。
圧倒的な支持を集めたのは、同じ舞台のホープフルステークスを圧巻のパフォーマンスで制したサートゥルナーリア。次いでアドマイヤマーズ、ダノンキングリー、そして2000メートル路線で2連勝中のヴェロックスが続いた。
レースは淀みなく流れ、人気馬たちはいずれも中団前目の好位置を確保する。直線で抜け出したのは、2歳王者サートゥルナーリアだった。その瞬発力の前に、ダノンキングリーは3着に敗れる。日本ダービーでの雪辱を誓う一戦となった。
5月に入り、アドマイヤマーズはマイル路線へ舵を切り、NHKマイルカップでGⅠ2勝目を挙げる。
こうしてダービーは、無敗の二冠を狙うサートゥルナーリアと、それを阻止せんとするダノンキングリー、ヴェロックスによる三つ巴の様相を呈した。
レースはリオンリオンがハイペースで前半を牽引する展開となった。ダノンキングリーとヴェロックスは前目に、サートゥルナーリアは後方寄りに構える形だ。長い東京の直線に入り、各馬がその末脚を引き出す。
しかし、伏兵は前方にいた。ロジャーバローズである。実績では見劣る存在だったが、速い流れを味方につけ、その持ち前のスタミナを存分に発揮して戴冠した。
ダノンキングリーは2着に敗れたものの、その評価が下がることはなかった。

確かな素質、それでも届かぬ頂
秋、ダノンキングリーはマイル路線へと歩みを進める。始動戦は毎日王冠。すでに共同通信杯で勝利している舞台であることから、他のGⅠ馬を抑えて1番人気に推された。黄金世代の一角として背負う期待は大きかった。
ハナを切ったのは、葦毛の女傑アエロリット。その後ろに当年の安田記念馬インディチャンプ、さらにペルシアンナイト、モズアスコット、ケイアイノーテックとGⅠ馬が続く。
スタートでやや後手を踏んだものの、直線では馬群を一気に差し切り、着差以上の完勝を収めた。潜在能力が最高峰に届き得ることを、改めて証明した一戦だった。

秋の大目標はマイルチャンピオンシップ。その間、長く手綱を取ってきた戸崎圭太騎手が落馬負傷し、横山典弘騎手への乗り替わりというアクシデントが発生する。
本番では最内を先行したものの5着止まり。勝利したのは、毎日王冠で下したインディチャンプによる春秋マイルGⅠ制覇だった。ダノンキングリーは、不完全燃焼のまま3歳シーズンを終える。
迎えた4歳シーズン。まずはインディチャンプも出走する中山記念に臨んだ。継続して鞍上を務める横山騎手は、少頭数を生かして悠々と3番手を確保する。
ダノンキングリーは3、4コーナーで進出し、直線では2着のラッキーライラックに差をつける完勝。またもGⅠ級の実力を示した。
思いもよらぬ低迷期
しかし、ここから苦難の時が続く。
大阪杯では逃げる形で阪神内回りコースを有利に運ぶも、ラッキーライラックとクロノジェネシスの末脚に屈して3着。安田記念では戸崎騎手に鞍上が戻ったものの、グランアレグリアがアーモンドアイを破る歴史的勝利の陰で7着に敗れる。
秋の天皇賞では、大本命アーモンドアイのGⅠ8勝目の裏で、最下位の12着に沈んだ。その後、放牧に出されることとなる。
年が明け、馬齢は5歳となった。この頃、日本競馬界は数頭のスターホースが席巻していた。同世代には最強マイラーのグランアレグリア、春秋グランプリを制した女傑クロノジェネシス。下の世代には二頭の三冠馬、コントレイルとデアリングタクトがいた。
かつて注目を集めたサートゥルナーリア、ロジャーバローズ、アドマイヤマーズはすでに引退し、ダノンキングリーへの視線も次第に薄れつつあった。
王者の復権
それでも陣営は、彼の復活を信じていた。
萩原調教師は、成長よりも状態回復を重視し、復帰予定だった中山記念を回避。コンディション調整に専念した。同時に新たな可能性を模索し、これまでの主戦騎手から離れ、川田将雅騎手に鞍上を託す決断を下した。
そこ
復帰戦は安田記念。舞台は整った。
2021年の安田記念は、グランアレグリアが1.5倍の断然人気。その下にインディチャンプ、サリオス、シュネルマイスターとマイルGⅠ馬が続く。ダノンキングリーは単勝47.6倍の8番人気にとどまったが、近走成績と8か月ぶりの実戦を考えれば妥当な評価だった。
午前中に降っていた雨は止み、レースは曇りの良馬場で行われた。滞りなくゲートが開き、スタートが切られる。
ダイワキャグニーが先手を取り、トーラスジェミニが続く隊列。ダノンキングリーも五分のスタートから中団に収まった。
ミドルペースのまま直線へ。川田騎手は余裕を持って外に持ち出し、追い出しを開始する。手応えは抜群で、先行馬を次々と飲み込んでいった。
しかし、最後まで勝負は分からない。馬群を割って現れたのは、鹿毛の馬体―絶対王者グランアレグリアだった。府中の達人ルメール騎手の導きで、最速の末脚を繰り出す。
ダノンキングリーとグランアレグリアの叩き合いは、一瞬だったが息詰まるものだった。決着はアタマ差。
ダノンキングリー、悲願のGⅠ初制覇である。

絶対王者の敗北に、東京競馬場は一瞬静まり返る。しかし、すぐに思い出す。ダノンキングリーもまた、王者の器だったということを。
その後は毎日王冠2着、香港マイル8着を最後に現役を引退。GⅠタイトルは一つに留まったが、それは一世一代、強く記憶に残る一勝だった。
現在は社台スタリオンステーションで種牡馬として供用され、その血と運動能力に期待が寄せられている。
才能の開花と努力の結実。それは決して約束されたものではない。
しかしダノンキングリーは、それを掴み取った。その偉業は、彼を信じ、不断の努力を貫いた陣営とともに称えられるべきであろう。

写真:s1nihs、Horse Memorys、はねひろ(@hanehiro_deep)
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