![[ディープインパクト列伝]府中の滑走路から、世界に轟いた衝撃 ~2005年・日本ダービー~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2021/05/202605222.jpg)
4月の中山に、第二の“衝撃”が走ってから42日。ディープインパクトは、競馬の祭典・日本ダービーの舞台となる東京競馬場のパドックに姿を現した。
その勇姿を目に焼き付けるために集まった観衆は、14万143人。伝説のナカノ・コールが起きた1990年や、中央競馬の売上がピークを迎えた90年代半ばの入場人員には及ばないものの、一頭のサラブレッドに注目が集まるという意味では、94年のナリタブライアンに匹敵するか、それ以上といっても過言ではなかった。
まさに、ディープインパクト一色のお祭りで、最終的な単勝支持率は73.4%を記録。これは、第一次競馬ブームの立役者で、“国民的アイドル”となったハイセイコーをも上回る数字で、単勝オッズは1.1倍を示していた。スタートしてすぐ、落馬寸前となるほどの大きな躓きがあっても、最終的に後続を2馬身半突き放した皐月賞のパフォーマンスは、それほどまでに大きな“衝撃”を与えていたのだ。
また、飛ぶような走りを見せるディープインパクトにとって、小回りの中山2000mよりも東京2400mのほうがさらに能力を発揮できる条件であることは、誰の目から見ても明らかだった。
さらに、最終追い切りで、自ら跨がった武豊騎手が「過去最高の出来」と表するほどの動きの良さ。レース前から、ダービー制覇や二冠達成が、あたかも既成事実のように扱われていたのは、仕方のないことだった。
パドックに姿を現したディープインパクトは、繰り返し尻跳ねするなどチャカつく仕草を見せていたが、武騎手や池江調教師をはじめとする当事者達は、ほぼ意に介さない様子だった。ダービーという最高の栄誉を手にするために施された究極の仕上げ。ディープインパクト自身も「早く走らせてくれ」と、体全体で表現していたのかもしれない。

その後、武騎手が騎乗し、地下馬道を通って大歓声に湧くスタンド前で返し馬を行い、待避所に到着。輪乗りをする頃にはすっかり落ち着きを取り戻していたが、スタンドからは見えないこの場所で、ちょっとしたハプニングが起きかけていた。
というのも、レース前の一連の流れを終え、すっかりリラックスしたディープインパクトは、急にスイッチが切れたかのように寝転がりそうになり、砂浴びをしようとしたのだ。武騎手が叩いて起こし難を逃れたものの、百戦錬磨で、プレッシャーや緊張とは無縁に見える天才ジョッキーも、さすがにこの時ばかりは焦っただろう。
その後、集合の合図が掛かりスタート地点まで戻ってくると、ディープインパクトの闘志に再びスイッチが入り、いよいよスタートの時を迎えた。
ゲート内が苦手なディープインパクトにとって、奇数5番枠からのスタートはあまり良い材料とはいえなかった。実際にゲートが開くと、皐月賞に続き、この日も少しあおるようなスタート。後方からの競馬となり、結果、後ろから4番手の内目を追走する形で1コーナーへと進入した。
レースを引っ張ったのは、武騎手の弟である幸四郎騎手騎乗のコスモオースティンで、リードは2馬身。2コーナーを回るところで早くもペースは落ち着き、2番人気のインティライミ、3番人気のダンツキッチョウは、前目の4番手を併走していく。
一方、前年ダービージョッキーに輝いた安藤勝己騎手と4番人気のローゼンクロイツは、後方の内目に位置するディープインパクトにふたをするような格好でレースを進めていた。
レースは終始12秒1~12秒3のラップで流れ、前半1000mの通過は59秒9の平均ペース。先頭から最後方までは、およそ20馬身の縦長の隊列となっていた。
ディープインパクトが動いたのは、残り1000mの標識を通過してから。
目の前を走るニシノドコマデモの手応えがほんの少し悪くなった瞬間を武騎手は見逃さず、ディープインパクトを馬場の外目へと誘導すると、ローゼンクロイツを振り切ることに成功。そこからスパートを開始し、馬群の大外を回りながらも先行各馬を射程に捉え、レースは最後の直線勝負へと入った。
直線に向くところで、佐藤哲三騎手の“神業”ともいえるコーナリングを見せたインティライミが、逃げるコスモオースティンを内から交わして先頭。そのままリードを広げ、あっという間に差は4馬身に広がった。
それを追うのは、ディープインパクトただ一頭。馬場の内と外で、二頭は大きく離れていたものの、ディープインパクトの桁違いの瞬発力は、やはり東京の広く長い直線でこそ爆発した。
つけられていた4馬身の差を、ものの数秒でイーブンに戻して先頭に立つと、そこからは独走態勢に入る。まるで、府中の直線を滑走路に見立てたかのごとく、どこまでも伸びていきそうな勢いで“飛び”、最終的には5馬身差をつける圧勝。

一方、完璧なレースを見せた2着インティライミも、例年のダービーであれば、完勝してもおかしくない内容だった。しかし、それさえも凌駕するディープインパクトが生み出した“衝撃波”は、確実に現地の14万のファンに伝わり、テレビやラジオを通じて、瞬く間に全世界に伝わっていったのである。
勝利騎手インタビューで「今、感動しています。この馬の強さに」と率直に応えた武騎手。ディープインパクトを“英雄”と称することを提案したのも、翌日のスポーツ新聞に手記を寄せた武騎手自身だったという。

見る側が感動するのはもちろんのこと、大観衆が迎える府中の直線を、ディープインパクトに騎乗しながら感動できるというのは、果たしてどんな感覚なのだろうか。
当時のダービーレコードタイだった勝ち時計や、史上最多となる武騎手の4度目のダービー制覇、そして金子真人オーナーのダービー連覇などなど。このダービーでマークされた記録は多々あったものの、そういった記録も、結局のところ、ディープインパクトが見せた衝撃的な走りの引き立て役でしかない。
パドックに姿を見せてから表彰式が終わるまで、あくまでも主役はディープインパクトと、レース中の彼の走り。その衝撃波の威力は、間違いなくここまでのキャリア5戦の中でも最大級だったが、それは同時に、秋に史上2頭目の無敗の三冠馬が誕生することを、人々に確信させるものでもあった。
写真:H.Kaneko、Horse Memorys、RINOT
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