[安田記念]バンブーメモリー、ショウワモダン、モズアスコット。中1週以内の間隔で安田記念を制した馬たち

春のマイル王を決める安田記念。その前哨戦に位置づけられているのがマイラーズCと京王杯スプリングCで、1着馬には本番への優先出走権が与えられる。

ただ、近年は育成技術の向上や、育成牧場によってはトレセンに近いレベルの調教を課すことができるため、前哨戦に出走しなくても本番にピークを持っていくことが可能となり、いわゆる「直行ローテ」が主流になっている。安田記念もまた、近年の勝ち馬は上述の前哨戦に出走しておらず、前走マイラーズC出走馬で本番を勝利したのは2019年のインディチャンプが最後。京王杯スプリングC出走馬では2017年のサトノアラジンが最後となっている。

一方、本番のおよそ1ヶ月前におこなわれる前哨戦ではなく、前走から中1週や連闘といった非常に詰まった間隔で臨みながらもむしろそれをプラスにし、安田記念を勝利した馬もいた。

今回は、中1週以内の間隔で安田記念を制した馬たちを振り返りたい。

■1989年 バンブーメモリー

1985年、バンブー牧場に生を受けたバンブーメモリーはモーニングフローリックの産駒。武豊騎手の父で、騎手時代には「名人」や「ターフの魔術師」と呼ばれた栗東・武邦彦調教師の管理馬となった。

蹄が弱かったため、初戦には11月京都・ダート1200mの新馬戦が選ばれた。鞍上はこの年デビューした武豊騎手で、積極的に逃げるも、結果は勝ち馬から3.7秒も離された5着に敗戦。初陣を飾ることはできなかった。それでも2戦目で2着に好走すると、3戦目で順当に初勝利をあげ、4歳(旧馬齢表記)終了時点では11戦3勝2着3回3着2回と、堅実な成績を収めていた。

ところが、準オープンクラス(現3勝クラス)では6戦して4着が最高とやや頭打ちになり、5歳春、陣営は芝路線への転向を決断した。すると、この英断がピタリとはまり、初戦の道頓堀Sを5馬身差で圧勝。続くシルクロードSも(当時は芝1600mのオープン特別)3着と健闘しオープンクラスでも目処を立てたが、昇級2戦目に選ばれたのは、なんとシルクロードSのわずか8日後におこなわれるGⅠ安田記念だった。

このレースで、トップジョッキーの岡部幸雄騎手と初めてコンビを組みながらも10番人気に甘んじていたバンブーメモリーは、五分のスタートからスッと下げ、後方3番手に控えていた。途中から先頭に立ったケープポイントが刻むペースは800m通過45.8秒で、当時としてはかなり速い流れ。にもかかわらず、縦長だった隊列は徐々に凝縮して差し馬向きの展開となり、続く4コーナーでは全馬がほぼ一団となる中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に入ると、前年のダービーを制して以来ほぼ1年ぶりの実戦復帰となったサクラチヨノオーが先頭に立つも失速。替わって内からパッシングショット、馬場の中央からミスティックスターとダイゴウシュールが抜け出し、その後、単独先頭に立ったダイゴウシュールが2番手以下との差を徐々に広げていったため、直線半ばで勝負は決したかに思われた。

ところが、そこから凄まじい勢いで伸びてきたバンブーメモリーがダイゴウシュールとの差を一完歩毎に詰めると、残り50mで並ぶまもなく差し切り1着ゴールイン。わずか2ヶ月前までダートの準オープンでくすぶっていた馬が連闘で芝のマイル王に輝くという、驚きの立身出世物語を見事に演じてみせたのである。

ただ、この勝利は物語の感動的なフィナーレではなく、むしろ序章に過ぎなかった。

続く宝塚記念でも5着に健闘したバンブーメモリーは、高松宮杯(当時は芝2000mのGⅡ)2着を挟んで出走した秋初戦のスワンSを完勝すると、続くマイルCSでも2着に好走。オグリキャップを最後の最後まで苦しめ、歴史的名勝負を演じたもう一頭の主役となった。また、そのオグリキャップが連闘で翌週のジャパンCに出走し、当時の世界レコードと同タイムの2着に好走したことはよく知られているが、実はバンブーメモリーもこの年2度目の連闘でジャパンCに出走している(13着)。

そして、翌6歳シーズン前半はやや低迷したものの、CBC賞2着から臨んだ高松宮杯を勝利。秋の天皇賞でも3着に好走した。さらに、圧倒的1番人気に支持されたマイルCSは2着に敗れたものの、この年GⅠに昇格したスプリンターズSでまたしても素晴らしい末脚を繰り出し日本レコードで完勝。文句なしの二階級制覇で芝1200mの記念すべき初代GⅠウイナーとなり、前年に続いてJRA賞最優秀スプリンターのタイトルも獲得した。

このように、1200mから2000mまで幅広い距離で一流の成績を残したバンブーメモリーは、翌7歳シーズンに引退するまで全39戦に出走。その間に3度も連闘を敢行した。また、安田記念でGⅠウイナーの仲間入りを果たして以降も中1週での出走が3度あるなど非常にタフで、オグリキャップ、イナリワン、スーパークリークら『平成三強』とともに、第二次競馬ブームには欠かすことができない名馬となった。

■2010年 ショウワモダン

1999年の春秋マイルGⅠを統一したエアジハード産駒のショウワモダンは、美浦・杉浦宏昭厩舎からデビューを果たした。

初戦は7月福島・芝1200mの新馬戦で6着に敗れ、初勝利に6戦を要したものの、3歳(現年齢表記)初戦の未勝利戦と若竹賞を連勝。しかし、皐月賞の出走権を賭けて臨んだスプリングSで父と同じく4着に終わると、続くニュージーランドTも敗れ、春の大舞台に立つことは叶わなかった。

それでも、数を使われながら徐々に力をつけていったショウワモダンは、4歳春(現馬齢表記)に一度オープンまで昇級し、夏に降級後、秋に再びオープンへと昇級。翌5歳シーズンは、東風S、ディセンバーSとオープン特別を2勝した。

そして、翌6歳シーズンは年明け初戦のニューイヤーSで9着、続く根岸Sはよもやの16着に終わったものの、久々に後藤浩輝騎手とのコンビ再結成が実現すると一気に上昇。中山記念、東風Sと連続3着に好走し、ダービー卿チャレンジTで待望の重賞初制覇を成し遂げた。そして、59キロを背負ったオープンのメイSも連勝し、そこから中1週で臨んだのがGⅠ初挑戦となる安田記念だった。

前走がオープン特別だったせいか、連勝中ながら8番人気に留まっていたショウワモダンと後藤騎手は、この大一番で好スタートを切るも無理に先行することなく中団やや後ろを追走していた。

一方、前は好ダッシュを利かせたエーシンフォワードが大外枠から逃げ、前半800m通過は44.9秒で、レース史上最速(2025年時点でも最速タイ)の猛ラップ。必然的に隊列は縦長となり、先頭からショウワモダンまではおよそ10馬身差。最後方を追走するファリダットとマルカシェンクまでは20馬身近い差があった。

その後、縦長だった隊列がやや縮まって迎えた直線。エーシンフォワードが後続を振り切りにかかり、再び2馬身のリードを取った。しかし、序盤のハイペースが響いたか。ゴール前100mでついに失速。替わってトライアンフマーチが先頭に躍り出るも、これらをまとめて交わしたショウワモダンが、外から迫るスーパーホーネット、内から差を詰めるスマイルジャックの追撃をわずかに凌ぎ1着ゴールイン。連勝の勢いを味方につけた中1週の強行策が見事にはまり、待望の初GⅠ制覇へと繋がったのである。

ゴール後、右手で力強いガッツポーズを作るとともに雄叫びをあげた後藤騎手は、溢れ出る感情を抑えきれずウイニングランで号泣。8年前、アドマイヤコジーンに騎乗して自身初のGⅠ制覇を成し遂げた安田記念のリプレイを見るようなウイニングランだった。同時に、この勝利はエアジハードと父仔での安田記念制覇となり、サクラユタカオーから続く父仔3代でのJRA・GⅠ制覇が達成された瞬間でもあった。

その後、一転して不振に陥ってしまったショウワモダンは、翌年の京王杯スプリングCを最後に引退。馬事公苑で乗馬となったものの同年12月、馬房内で起きた事故により7歳の若さでこの世を去ってしまった。

ただ、ショウワモダンもまたバンブーメモリーと同じくデビューからコンスタントに出走を重ね、連闘や中1週を繰り返しながら、実に47戦を立派に走り抜けた馬だった。デビュー39戦目でのJRA平地GⅠ初制覇は、グレード制導入以降最多のキャリア。あの日、6歳にしてマイルの頂点に上り詰めたショウワモダンと後藤騎手がおこなった涙のウイニングランは、今も多くの人々の記憶の中に生き続けている。

■2018年 モズアスコット

デビューから引退までの14戦すべてに勝利し、うちGⅠ10勝。種牡馬としても各国でGⅠ馬を送り続ける歴史的名馬フランケル。その初年度産駒で米国産馬のモズアスコットは、キーンランド・セプテンバーセールにおいて27万5000ドルで落札され、栗東・矢作芳人調教師の管理馬となった。

体質的に弱いところがあってデビューは3歳6月と遅れ、初戦、2戦目ともに4着に敗れるも、3戦目から一気の4連勝。初勝利からわずか4ヶ月でオープンまで出世を果たした。

そして、重賞初挑戦となった阪神Cは4着に敗れたものの、4歳初戦の阪急杯と続くマイラーズCで2着に好走。重賞制覇にあと一歩のところまで迫っていた。

その後、陣営はオープン特別の安土城Sを勝利して賞金を加算し、厩舎得意の連闘で安田記念に臨むプランを立てた。ところが、確勝を期したはずの安土城Sでよもやの2着に敗戦。登録段階で除外対象だった出走順を上げることができなかった。

それでも、直前に回避馬が出たことで安田記念の出走が叶ったモズアスコットは、ここまで4戦2勝2着2回と相性の良いC.ルメール騎手と再びコンビを組み、スタートの時を迎えた。

レースは、サトノアレスが出遅れる中、好ダッシュを利かせたレーヌミノルを制し、ウインガニオンがハナを切る展開。前半800m通過は45.5秒で、淀みない流れだった。

一方、五分のスタートから中団やや後ろを追走していたモズアスコットは、3コーナー進入時に前が詰まり、ルメール騎手が手綱を引く場面があった。それでも、すぐに立て直されると、内ラチ沿い1頭分を空けながら追走。先頭から8馬身ほど離れた11番手で、直線を迎えた。

直線に入ると、馬場の三分どころに進路を取り徐々に前との差を詰めたモズアスコットだったが、坂上で再び前が塞がり、一旦は進路を失いかけた。しかし、前をいく1番人気のスワーヴリチャードがわずかに寄れたことで進路が開くと、モズアスコットはさらにもう一段加速。残り200mで先頭に躍り出たアエロリットを懸命に追い、体勢を立て直したスワーヴリチャードとともに3頭の争いとなったものの、ゴール寸前でアエロリットをクビ差交わし1着でゴールイン。惜敗続きにピリオドを打ち、重賞初制覇をGⅠで飾るという大仕事をやってのけたのである。

連闘でのGⅠ制覇はグレード制導入以降3例目で、1998年の阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)を制したスティンガー以来20年ぶりの快挙。また、奇しくも安田記念の平成最初と最後の勝ち馬は、ともに連闘での勝利となった。

その後、モズアスコットは1年半で8戦するも、スワンSの2年連続2着以外は6着以下に敗戦。ややスランプに陥ってしまった。それでも、6歳シーズンの始動戦に自身初のダート戦となる根岸Sが選ばれると、そこを快勝し、続くフェブラリーSも2着に2.1/2馬身差をつけ完勝。今度は、史上5頭目となる芝・ダート双方のGⅠ制覇という快挙も成し遂げた。

そして、同年のチャンピオンズC5着を最後に現役を退くと、本邦初となるフランケルの後継種牡馬としてアロースタッドで繋養され、26年5月現在、ファウストラーゼン、エコロアルバと2頭のJRA重賞勝ち馬を送り出している。

写真:かず、H.Kaneko、s1nihs

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