[ニュースコラム]ワンカラットと藤岡佑介。ラストラン・オーシャンSで魅せた輝きを、いつの日か、再び
■残念、早過ぎる、という気持ちも。藤岡佑介騎手の「早い決断」

藤岡佑介騎手が鞭を置き、調教師への道を歩み出すというニュースに接し、「少し早過ぎではないか」と、驚いた。

藤岡佑騎手は1986年3月生まれなので、本稿執筆時点ではまだ39歳。

昨今、一流の実績を残した騎手から調教師への転向で思い出すのは、蛯名正義師が51歳で騎手を引退、福永祐一師が46歳、秋山真一郎師が45歳での騎手引退などの例。

藤岡佑騎手と時期を同じく引退し調教師となる和田竜二騎手も、48歳での騎手引退。

やはり、藤岡佑騎手の引退の決断は早いと言える。

藤岡佑騎手は、調教師試験合格が報じられた際に、いずれは調教師の道へと考えていたが、弟の藤岡康太騎手の落馬事故のあとは、無事に騎手を引退できるように、という気持ちがより強くなった、と語った。

その心境を察するならば、弟との悲しい別れを経験した藤岡佑騎手に対して、今はただ、無事に最後の騎乗を終えてもらい、その上で「お疲れ様でした」という言葉を送りたい、という気持ちに尽きる。

しかし一方で、いち競馬ファンの思いを吐露すれば、馬券的な相性も悪くなく、好きな騎手の一人だったので、「早過ぎるよ!」という拭いきれない残念な気持ちも、実はもっている(先日の京都記念、ジューンテイクの単勝、ありがとう!)。

■牝馬のお手馬の代表格・ワンカラット

さて、騎手として22年のキャリアを築き、JRA1,100勝以上の勝ち星を積み重ねてきた藤岡佑騎手のお手馬の代表格と言えば?と聞かれたら、多くの競馬ファンは、今や世界レベルで随一の名門・矢作芳人厩舎の開業初期に活躍したスーパーホーネットと、本稿で取り上げるワンカラットを思い出すのではないだろうか。

スーパーホーネット、ワンカラット──。

共に、藤岡佑騎手とのコンビで重賞4勝を挙げた良きパートナーである。

牡馬のお手馬の代表格がスーパーホーネット、牝馬がワンカラットと言えよう。

また、ワンカラットは、父親である藤岡健一厩舎の管理馬だったことも関係しているのか、藤岡佑騎手のオフィシャルブログ『馬に願いを』の中にもたびたび登場し、“カラちゃん”という愛称で、愛情たっぷりに接している様子を覗くことができた。

ここで、本稿でワンカラットのラストラン・オーシャンステークスを振り返る前で少し時系列が前後してしまうが、藤岡佑騎手が「お別れ」と題して書いたブログ記事を引用したい。

オーシャンS勝利後、怪我のためにワンカラットの引退・繁殖入りが決まった報告をしつつ、ワンカラットへの深い思い入れ、そして藤岡佑騎手の人柄が伝わってくる文章である。

満身創痍になりながらも、ひたむきに競走馬としての運命を全うする姿に、いつも頭の下がる思いで騎乗していました。

そんな、いつも目一杯に走ってしまうカラちゃんなので、今回の回避を聞いた時、ショックよりも、無理にレースを走って、大きなケガをする前で良かったと、心底思いました。

これからは、お母さんになるという、大事な仕事が待っています。これまで、たくさんの人から応援してもらい、愛情いっぱいに育ててもらったカラちゃんなので、その愛情を子供に注いで、きっと良いお母さんになってくれるはずです。元気な子供をたくさん産んでもらって、いつかその子供に乗れる日を、楽しみに待ちたいと思います!!!

カラちゃん、今まで本当にありがとう。そして、本当に本当にお疲れ様。

──藤岡佑介オフィシャルブログ『馬に願いを』・2012年3月22日記事「お別れ」より抜粋。

藤岡佑騎手のブログは、すでに長い時間更新されていないが、今も閲覧はできるので、厩舎での“カラちゃん”の愛らしいオフショットと共に是非ご覧いただきたい。

■GⅠに手を伸ばし続けた、ワンカラットと、藤岡佑介騎手

ワンカラットはデビュー戦の勝利こそ岩田康誠騎手とのコンビで挙げたが、その後の競走生活で挙げた4勝(すべて重賞勝ち)は藤岡佑騎手と挙げたものだ。

ワンカラットは早くから非凡なスピードとレースセンスを示していたが、同世代での戦いにおいては、ブエナビスタ、レッドディザイアという手強いライバルに苦戦を強いられた。

藤岡佑騎手と臨んだ3-4歳シーズンは、桜花賞はブエナビスタの4着、秋華賞はレッドディザイアの7着、ヴィクトリアマイルはまたしてもブエナビスタの7着など、GⅠに挑みながらも、掲示板に乗るか乗らないかという戦績が続いた。

ヴィクトリアマイルでは、最後の直線は突き抜けるか?と思わせる一瞬もあったが、最後は脚色がにぶってしまった。それでも、勝ったブエナビスタとのタイム差は僅かに0.1秒差。もうひとつ何かの要素が噛み合えば、GⅠのタイトルにも手が届くのでは?と思わせるレースぶりだった。

その後ワンカラットは、彼女の武器と言えるスピードや旺盛な前進気勢を最大限に生かすべく、照準を1200m〜1400mのレースに定めていく。

すると夏の北海道で、函館スプリントステークス、キーンランドカップと重賞を連勝。

いよいよ初のGⅠタイトル奪取をと、勇躍2番人気でスプリンターズステークスに挑んだが、香港の刺客・ウルトラファンタジーの逃げ切りを許し、5着に敗戦。

藤岡佑騎手にとっては、この時期は牡馬ではスーパーホーネットでGⅠ惜敗が三度、牝馬ではワンカラットという心強い相棒がいながら、中々GⅠには手が届かない、悩み多き時期だったのではないだろうか。

■“ラストランではなかった筈”のオーシャンステークスで、復活の勝利

スプリンターズステークス5着のあと、ワンカラットは蹄骨の骨折に見舞われた時期もあり、苦渋の時期を過ごした。

約1年半ものあいだ、勝ち星から見放されるが、2012年3月3日のオーシャンSは抜群の気配でレースを迎えた。

人気こそ9番人気に甘んじていたが、藤岡佑騎手も、「これなら!」という手応えを感じ取っていた。

2番枠からスタートを切ったワンカラットは、そのまま内目、中団を追走。外から先手を主張したエーシンダックマンとシャウトラインが作り出す流れは早い。

前方がごちゃつく展開の中、藤岡佑騎手は手綱から伝わる手応えに、「前が開けば突き抜けられる」と自信を持ち、腹を括って脚を溜めた。

そして迎えた、中山の短い直線。勝てる時とはそういうものなのか、エーシンダックマン、シャウトラインの脇に嘘のように進路が開けた。前へ、前へ、ぐいぐいと首を伸ばしながら突き進むワンカラット。

馬場中央から伸びるGⅠ馬のカレンチャン、外から追い込むグランプリエンゼルを従え、ゴールを突き抜けた。

藤岡佑騎手は“自分でもびっくりするぐらいデカい声”で「ヨッシャー!!」と勝利の雄叫びを上げた。

こうして、前哨戦で復活の狼煙を上げ、いよいよ人馬とも悲願のGⅠ制覇へと気勢も最高潮の藤岡佑騎手・ワンカラットだったが、蹄骨の痛みが再発し、ラストランを予定していた高松宮記念の回避を余儀なくされてしまった。

結局、ラストランは、一戦早まってしまった──。

悲願成就への挑戦を前に無念の引退・繁殖入りが決定されたことと、その時の藤岡佑騎手の心境は、上記に引用したブログ記事に記された通りである。

■いつか再び、一番に輝く日を目指して

時は経ち、藤岡佑騎手は、2018年のNHKマイルカップをケイアイノーテックで制し、JRA初GⅠ勝利を果たした。

そのあとも騎手としてのキャリアを充実させてきた藤岡佑騎手だったが、少し早めに鞭を置く決断をし、調教師への道を歩み出す。

一方のワンカラットであるが、繁殖入り後、初仔のワントゥワン(父ディープインパクト)は5勝を挙げ、GⅢでも2着3度を記録するなど、ワンカラットの繁殖としての優秀さを示した。

残念ながら、第二仔のキスミーワンス(父ネオユニヴァース)出産後にワンカラットは亡くなってしまったが、それでもワントゥワンとキスミーワンスの2頭の娘とも、すでに母となり血を繋いでいる。

ワンカラットの馬名の由来は「一番に輝け」だという。

いつか、藤岡佑介調教師がワンカラットの血を継ぐ仔に携わり、共にGⅠの大舞台で「一番に輝く」ことを目指す日々が来るかもしれない。

夢を見過ぎだろうか。しかし、ドラマの脚本でも書けない「出来過ぎ」なドラマが生まれるのも、また競馬の不思議さ。

引用したブログで、藤岡佑騎手は「いつかカラちゃんの子供に乗れる日を、楽しみに待ちたいと思います!!!」と書いていた。

是非、ワンカラットの血を受け継いだ仔と一緒に、今度は、「乗る」ではなく「預かる」と携わり方は変わることになるが、大舞台で輝いてほしい。

写真:かずーみ、INONECO、Horse Memorys

あなたにおすすめの記事