[サウジアラビアRC]ダノンプレミアム、グランアレグリア、コマンドライン。サウジアラビアRCを制したディープインパクト産駒

10月2週目の中央競馬は3日間開催。引き続き東京、京都の2場開催で3日間とも入場料無料の「フリーパスの日」に設定されており、重賞が各日1レースずつおこなわれる。

そのなかで、土曜東京のメインレースに組まれているのがサウジアラビアRC。東京競馬場でおこなわれるシーズン最初の2歳重賞で、歴史は浅いものの、後の名馬が数多く勝利してきた出世レースである。

過去11回の種牡馬別成績を調べると、唯一複数の勝ち馬を送り出していたのがディープインパクトだった。これまでに5頭が出走し3勝、3着1回、4着1回、5着以下なしはさすがの実績。ディープインパクト自身は2019年にこの世を去ったため、産駒が出走できたのは22年まで。それを踏まえれば驚異的な成績で、日本競馬史上最高クラスの名馬であると同時に最高クラスの種牡馬であることを証明するような数字といえる。

今回は、サウジアラビアRCを制したディープインパクト産駒を振り返りたい。

■2017年 ダノンプレミアム

2015年4月3日。新ひだか町のケイアイファームで誕生したダノンプレミアムは、栗東・中内田充正厩舎からデビューを果たした。初戦は、後のGⅠ馬を複数輩出した夏におこなわれる阪神・芝1800mの新馬戦。ここを4馬身差で圧勝すると、そこから3ヶ月半の休養をはさんで出走したのがサウジアラビアRCだった。

前走と同じく川田将雅騎手が騎乗したこのレースで、カーボナードに次ぐ好スタートを決めたダノンプレミアムは、あっさり2番手を確保。逃げるハクサンフエロの1馬身後方につけ、これとは対照的に、1番人気ステルヴィオは後ろから4頭目に位置していた。

前半800m通過は46.1秒とよどみない流れで、先頭から最後方のエングローサーとスワーヴエドワードまではおよそ15馬身差。18頭立てでもそこまで縦長の隊列にはならず、4コーナーに差し掛かっても隊列に大きな変化はないままレースは直線を迎えた。

直線に入ると、逃げ込みを図ったハクサンフエロがリードを2馬身に広げるも、ダノンプレミアムは楽な手ごたえでこれに迫り、直線半ばで早くも先頭。そこから後続を引き離すと、あっという間にリードを3馬身に広げた。

2番手はカーボナードとテンクウ、さらには大外から勢いよく追い込んできたステルヴィオの争いとなり、ゴール寸前でステルヴィオが単独2番手に上がったものの、ダノンプレミアムはこの追撃を余裕たっぷりにしのぎ先頭ゴールイン。残り100m地点で川田騎手がターフビジョンを確認し、さらに後続を振り返る余裕があるほどの快勝だった。

勝ち時計の1分33秒0は、従来のタイムを0.5秒も更新する2歳コースレコード。この勝利により、早くもクラシック候補に躍り出たダノンプレミアムは、続く朝日杯フューチュリティSで、再び対戦したステルヴィオに今度は3.1/2馬身という決定的な差をつけ完勝した。この勝利は、自身にとってはもちろんのこと、開業4年目の中内田厩舎にとっても初のビッグタイトルとなり、さらに3歳初戦の弥生賞も勝利したことで、ダノンプレミアムは堂々クラシックの筆頭候補となった。

ところが、皐月賞に向けての調整過程で挫跖を発症。回避を余儀なくされると、1番人気に支持されたダービーでは、弥生賞で先着したワグネリアンの6着に敗れ、デビューからの連勝は4で止まった。そして、秋は天皇賞を目標にしていたものの調整不足で回避となり、そのままレースに出走することなくこの年を終えた。

それでも、翌4歳シーズン初戦の金鯱賞で、この年の年度代表馬となるリスグラシューらを相手に快勝すると、続くマイラーズCも連勝。安田記念は16着に敗れるも、GⅠ馬10頭がそろった天皇賞(秋)と、続くマイルCSで2着に好走して再び存在感を見せつけ、6歳時の安田記念(7着)を最後に引退、種牡馬入りとなった。

初年度産駒は25年にデビューし、その中からレザベーションがニュージーランドトロフィーを制覇。さらに、ナムラコスモスがチューリップ賞2着から桜花賞へと駒を進めた。

結果的に、ダノンプレミアムが獲得したGⅠタイトルは1つだった。その朝日杯フューチュリティSや、サウジアラビアRCの勝ちっぷりからはやや意外だったといえるかもしれない。ただ、素晴らしい瞬発力から繰り出される末脚を武器に活躍する馬が多いディープインパクト産駒にしては珍しく、ダノンプレミアムはスッと好位につけて直線抜け出す王道の競馬で我々ファンに大いなる夢を見させてくれた。

前述した2レース以外にも、好メンバー相手に快勝した金鯱賞や、アーモンドアイには及ばなかったもののGⅠ馬10頭が集結した天皇賞(秋)で2着に好走するなど、素晴らしい実力の持ち主であったことは明白。「サウジアラビアRC=出世レース」の礎を作ったのは、間違いなくダノンプレミアムであった。

■2018年 グランアレグリア

母が米国のGⅠを2勝したタピッツフライという良血馬グランアレグリアは、美浦の名門・藤沢和雄厩舎からデビュー。初戦は6月1週目におこなわれた東京・芝1600mの新馬戦で、半年後にGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズを勝つダノンファンタジー相手に2馬身差をつける完勝だった。

驚くべきは勝ち時計の1分33秒6で、これは当時、芝1600mの2歳新馬戦でマークされた最速タイム。そこから8年以上が経過した2026年10月4日現在でも、これを上回るタイムで勝利したのは2頭だけで、その衝撃のデビュー戦から4か月の休養をはさんで出走したのがサウジアラビアRCだった。

前走から馬体時を18キロ増やしたこのレースで、単勝オッズ1.3倍と断然の支持を集めたグランアレグリアは、伸び上がるようなスタートでまさかの出遅れ。最後方からの競馬を余儀なくされたかに思われた。

ところが、最初の1ハロンを走ったところで早くもペースが落ち着いたとみたC.ルメール騎手とグランアレグリアのコンビは、一気に上昇を開始。最終的には2番手に上がり、逃げるトーラスジェミニの1馬身後方につけた。

ルメール騎手の読みどおり800m通過は48.3秒と遅く、出走8頭は2頭-3頭-1頭-2頭の隊列で、前から後ろまでは8馬身ほどの差。4コーナーを回ってもこの隊列に大きな変化はないまま直線を迎えた。

直線に入るとすぐ、グランアレグリアは持ったままでトーラスジェミニを交わし早くも先頭。リードを1馬身取ったところで、ようやく追い出しを開始。2番手に上がったのはドゴールとアマーティで、前を懸命に追うも、追い出されてから一瞬で後続を3馬身置き去りにしたグランアレグリアは、これらの追撃を最後まで許さず余裕のゴールイン。出遅れもまったく問題にしない完勝で、こともなげに初タイトルを獲得したのだった。

グランアレグリアはその後、牝馬にしては珍しく朝日杯フューチュリティSに出走した。ルメール騎手が阪神ジュベナイルフィリーズと同日におこなわれる香港国際競走に騎乗することで乗り替わりになるのを避けるためで、ここはアドマイヤマーズの3着に敗れるも、3歳初戦の桜花賞をレースレコードで完勝。GⅠ初制覇を成し遂げた。

そして、NHKマイルC5着(4位入線からの降着)から7ヶ月半の休養をはさんで出走した12月の阪神Cを5馬身差で圧勝すると、4歳初戦の高松宮記念も2着(3位入線からの繰り上がり)に好走。続く安田記念で最強馬アーモンドアイを撃破して2度目のビッグタイトルを獲得し、秋にはスプリンターズSとマイルCSも連勝した。

さらに、現役最後となった5歳シーズンも春にヴィクトリアマイルを勝利すると、引退レースのマイルCSで連覇を達成して有終の美を飾り、故郷のノーザンファームで繁殖入りとなった。

GⅠ通算6勝は、牝馬ではアーモンドアイやウオッカ、ジェンティルドンナらに次ぐ偉業で、4歳時に勝利した安田記念は、そのアーモンドアイを撃破したという意味でも非常に価値あるものだった。

サウジアラビアRCを振り返ったとき、「サウジアラビアRC=出世レース」の礎を築いたのがダノンプレミアムだとすれば、その地位を確固たるものとしたのはグランアレグリアであると断言できる。25年現在、このレースを勝利した牝馬はグランアレグリアだけ。歴史的名牝へ羽ばたく飛躍のきっかけとなったのがサウジアラビアRCだった。

■2021年 コマンドライン

グランアレグリアと同じノーザンファーム生産、母が米国のGⅠ馬という良血コマンドラインは美浦・国枝栄厩舎からデビューを果たした。初戦は、2021年に関東で最初におこなわれた新馬戦(東京・芝1600m)で、2着コンクパールに3馬身差をつけて完勝すると、そこから4ヶ月の間隔を開けて出走したのがサウジアラビアRCだった。

前走同様、C.ルメール騎手と臨んだこのレースで僅差の1番人気に支持されたコマンドラインは、五分のスタートを切るとスッと下げ中団を追走した。しかし、残り1200mの標識を通過したところでペースが遅いと判断したルメール騎手はグランアレグリアと同じように仕掛け、その指示に従ったコマンドラインは2番手まで上昇。逃げるロードリライアブルの2馬身後方につけた。

ルメール騎手の読みどおり、600m通過は37.7秒、800m通過も50.0秒と非常に遅く、全7頭は8馬身ほどの隊列。4コーナーを回るところでもその隊列に大きな変化は見られないまま、レースは直線を迎えた。

直線に入り坂に差し掛かると、コマンドラインは早くもロードリライアブルを捕らえて先頭に躍り出た。追ってきたのは、自身と同じサンデーレーシングの所有馬ステルナティーアで体半分差まで迫るも、最後まで前に出ることを決して許さなかったコマンドラインが先頭ゴールイン。スローペースで着差がつきにくいレースになったものの、重賞初制覇を成し遂げ、クラシック候補に名を連ねたのだった。

ところが、続くホープフルSのスタートで出遅れ、1番人気の支持を裏切って12着に敗れたコマンドラインは、その後も発馬が課題となった。3歳初戦の毎日杯ではスタート後すぐにつまずいて8着に敗れると、皐月賞をパスしたダービーは2分の1の抽選にはずれて除外となり、ダートに矛先を変えたジャパンダートダービーは適性がなく、勝ち馬から7秒も離された14着と大敗。11月のキャピタルSでも出遅れ、いいところなく18着と敗れた。

そして、武井亮厩舎に転厩し、せん馬となった初戦のアンドロメダSでも結果が出ず、障害に転向した初戦でついにゲートを出ず(膠着)競走中止。その後、放馬した際に負傷し、左前脚トウ側手根伸筋の断裂などが判明して治療に時間を要することから引退が決まった。

写真:Horse Memorys、s1nihs

あなたにおすすめの記事