![[アオラキストーリー]第1回 石井さんとアオラキ~白毛馬との不思議な出会い~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/11/202611031.jpg)
白毛の競走馬として、多くのファンから愛されたアオラキ。その現役時代の姿を記憶している人は多いだろう。一方で、競走馬になる前、彼がどのような仔馬時代を過ごしていたのかまで知る人は、そう多くないかもしれない。
今回、アオラキのオーナーの石井輝昭さんに、アオラキの誕生から幼少期の様子、そして自身との少し不思議な出会いまでを振り返ってもらった。
■日高で誕生した白毛馬
「やっぱり日高地方で生まれた白毛ですから、話題性はかなりのものでしたね」と、石井さんはアオラキの当歳時を振り返る。
アオラキが生まれたのは2020年2月12日。10か月後、ソダシが阪神ジュベナイルフィリーズを制し、白毛馬として初めてJRAのGⅠを勝利する年である。ソダシが生まれたノーザンファーム(北海道安平町)ではすでに白毛馬が何頭も誕生していたが、アオラキの生産牧場であるディアレストクラブは北海道浦河町。日高地方で白毛馬が生まれることは珍しく、アオラキは誕生直後から大きな注目を集めることになった。
「生まれてからほどなくして、いろいろなメディアに取り上げてもらうようになっていました。テレビや雑誌の取材も何度も来ていますし、生後数か月で現役馬たちと遜色ないくらい注目される存在になっていましたね」

そう聞けば、石井さんとディアレストクラブには以前から強いつながりがあったようにも思えるが、実際はまったく違ったという。
「今でこそディアレストクラブの高樽秀夫社長とは頻繁に連絡を取り合い、会えば必ず食事に行くような仲です。でも、当時は生産馬を買わせてもらうことはありましたけど、今ほどの関係性ではなかった。だから、生まれた瞬間にアオラキの所有を確約していたわけではありません」
そればかりか、アオラキには当時、複数の購入希望者がいた。ディアレストクラブには『売ってほしい』という問い合わせが相次ぎ、なかには億単位の金額を提示した人物までいたという。
「そんな状況だというのに、大して面識もなかった私に『白毛馬、買わない?』と、高樽社長は唐突に言ってきたんですよ」
なぜその時選んだのが自分だったのかと、のちに石井さんから高樽社長本人に尋ねたこともあったが、返ってきた答えは「さあ…」というものだった。
「本人も『理由が分からない』と言うんです(笑) スタッフやご家族からも『なんで石井さんに売ったの?』と言われるくらいだったそうなので、もう真相は完全に迷宮入りですよね」
■決して良くなかったアオラキの第一印象と、突然の購入
もっとも、高樽社長からお話をいただいたとはいえ、石井さんはその場でアオラキを買おうと決めていたわけではなかったという。
「声はかけてもらいましたけど、普通とは全然違う馬というのは理解していたので、即決できるはずもありません。だから、まずは噂の白毛馬を見てみようという感覚で牧場へ足を運びました。そこで初めてアオラキと会いました」
しかし、その姿はのちに多くのファンを魅了した白毛馬のイメージとは、少し違うものであった。
「離乳したばかりで、泥だらけだったんですよ。しかも身体がものすごく小さかった。今の皆さんがイメージしているアオラキとは、まるで違いましたね」
アオラキはカスタディーヴァの初仔だった。一般的に初仔は小さく生まれる傾向があるとはいえ、石井さんの目には、それを差し引いてもかなり小柄に映ったという。
「周りの仔馬より、ふた回り…いや、三回りくらい小さかったですね。だから最初に見た時は、失礼ですけど『汚いヤギみたいだな』と思いました(笑)」

そんな“小さなヤギのような白毛馬”を前に、高樽社長から改めて購入を勧められたが、その場では返事をせず、一度自宅へと戻った数日後、突然、石井さんのもとへ1通の書類が届いたという。それは、アオラキの売買契約書と請求書だった。
「まだ『買う』なんて一言も伝えていないのに、家にいきなり書類が来たもんだから、『あれ!? 俺、いつの間にかあの白毛馬を買ったことになってるぞ!?』ってびっくりしましたよ(苦笑)」
出会いも突然なら、購入までの流れも突然。「結局そのまま購入しましたけどね」と続けた石井さんとアオラキの縁は、何とも不思議な形で始まった。
■小さなアオラキを守ったミルクティーと、人間とのかかわり
幼いころのアオラキは、とにかく体が小さかった。加えて、毛色も周囲の馬とは明らかに異なる真っ白。放牧地では他馬からかじられたり、蹴られたりすることもあり、群れの中で少し距離を置かれているようだったという。馬が見ている世界は、全体的に黄色味がかった灰色に近く、はっきりとした色彩は黒と白しか見分けられないという説もある。その因果関係なのかは分からないが、白いアオラキは、馬たちのなかでもより目立っていたのだろう。そんなアオラキのそばに、いつもいてくれたのが、ミルクティーという同世代の馬だった。

「その子は輸血に備える供血馬、いわゆるユニバーサルドナーとして牧場にいた馬なんです。アオラキより身体が大きくて、いつもそばにいてくれました」
ミルクティーは、単に一緒に過ごしていただけではない。アオラキが他馬に追われたり、ちょっかいを出されたりすると、離れたところから駆けつけ、間に入るようなこともあったという。
「アオラキにとっては親友でもあり、心強い味方でもあったと感じています。すぐそばにミルクティーがいて、『何かあっても守ってくれるんだな』と安心して育つことができたのは、アオラキという馬を作っていく下地になったんじゃないかなと思っています」
一方で、幼いアオラキには、他の仔馬とは違い、人間をほとんど怖がらないという特徴もあったという。
「普通の仔馬は、人が来れば警戒したり、怯えたり、暴れたりするものです。でも、アオラキにはそういうところがほとんどありませんでした」
石井さんは以前、「アオラキfamily倶楽部」のツアーで、自身が所有する仔馬を参加者の前に連れてきたことがある。しかし、その馬は大勢の人間に驚き大暴れ。10秒か20秒ほどで母馬とともに馬房へ戻ることになった。
「まだ人に慣れていない仔馬ですから、それが自然な反応だと思います。けど、アオラキは誕生してからずっと、牧場には連日のように見学者やメディアが訪れていたじゃないですか。だから自分とは関係ない人間がいるのが普通だった。何なら誰かしらそばにいるのが日常だったので、もしかすると自分のことを人間だと勘違いしていたかもしれません(笑)」
競走馬になってからのアオラキは、ファンの前で見せる愛嬌のある振る舞いでも知られるようになった。カメラを向けられれば立ち止まり、人のいる方向へ顔を向ける。そんな姿も、競馬場で身につけたものではなかったのかもしれない。
「私は、あれは競走馬になってから覚えたものではなく、小さいころからの習慣だったんじゃないかなと思っています。当歳のころからカメラを向けられると、そっちを向いて立ったりしていましたからね」

また、アオラキは幼いころからよく寝る馬だったという。「しかも人が来ようが、大きな音がしようが起きなかったらしいんですよね、アイツは」と石井さんは笑う。
「そんな状態だから、ディアレストさんの隣にある牧場さんから、何回も『おい!お宅の白毛、ずっと起きないけど死んでるぞ!大丈夫か!?』って高樽社長のところに連絡が入ったらしいです。で、慌てて社長が様子を見に行くんですけど、ただ気持ちよさそうに寝ているだけっていうことがたびたびあったそうで(笑)」
人騒がせな出来事であると同時に、マイペースでのんびり屋という“アオラキらしさ”を垣間見せた、とも言える。「アオラキのおおらかな性格は、おそらく牧場にいるころには、ほとんどできあがっていたんじゃないでしょうかね」と、石井さんは語ってくれた。
