エーデルワイス賞を制覇し、地方2歳女王に。レース中の怪我でこの世を去った悲運の実力派、アークヴィグラスの思い出

将来を嘱望される多くの馬が、その未来を見据え、芝ダート問わず本格始動する秋。激化するクラシック路線や古馬路線の戦い──そして2歳路線もまた、翌年のスター候補が続々と姿を現し、師走の夢舞台への期待が大きく高まっていく時期である。

芝路線ではサウジアラビアRCを皮切りに、皐月賞や桜花賞、そしてその先の府中を目指し様々な重賞が行われていく中、砂の2歳路線がその戦いの火ぶたを切り始めるのも、この季節。秋冬の大一番を目指した牝馬が門別の舞台に集う。砂の舞台で1番最初の重賞・エーデルワイス賞が開催される。

中央地方問わず、砂の素質を見出された若き出世候補たちが集まるこのレース。

JRAの素質馬たちを打ち倒したうら若き乙女がいたのを、皆さんは覚えているだろうか。

その牝馬の名は、アークヴィグラス。

早くに煌めき、その才能を存分に発揮させた少女だった。

門別の新星、誕生

彼女の産まれた地は、村上牧場。過去には短距離界をニホンピロウイナーらと共に賑わせたハッピープログレス、ダートの新星と噂されたユビキタスを輩出した名門である。近年ではジェネティクスなど、ダート界で活躍する馬が多くいる印象にある。

そしてアークヴィグラスもまた、村上牧場を代表する1頭である。

父にサウスヴィグラス、母にキセキノショウリを持ち、ホッカイドウ競馬の小野望厩舎に所属することとなったアークヴィグラス。ワグネリアンと福永祐一騎手が悲願のダービー制覇を成し遂げた4日後、門別のデビュー戦からいきなり素質の片鱗を見せる。

スタートの出はあまり良いとは言えず、先団にはとりついたものの、4コーナーの時点で前を行く2頭には置かれる展開。200m地点で既に3馬身近い差が開いていて、、とてもここから前2頭の争いに加わることは無いように思えるようには思えなかった。

ところが、残り150m地点で何かが弾けたかのように急加速。

鞍上・阿部龍騎手の激しい追いに呼応するように、前の2頭と開いていた差をみるみる詰めていく。

そしてその差はゴールの瞬間、逆転。

あれだけあった差を、わずか1ハロンにも満たない距離で詰め切ってしまった。

父譲りの天性のスピードが光ったか、はたまた、彼女の負けられないという闘争心が最後の豪脚を生み出したか──。

その勝ち方は間違いなく、明るい将来を予感させるものに違いなかった。

しかし続く次走、素質馬が多く揃っていた栄冠賞を5着、再度1番人気に支持されていた3戦目のカーネリアン特別も5着と、馬券圏内に絡むことはできなかった。しかし、初戦の走りに疑問符がつき始めていた4戦目のフルールCで復活勝利。新馬戦以来の1000m戦となったこの競走で初の逃げ切り勝ちを収めると、中2週で参戦したリリーCも今度は先行抜け出しで勝利し、見事に連勝を飾った。

ここまで6戦4勝、牝馬同士なら未だ無敗。

そして中央馬との決戦、地元門別のエーデルワイス賞に挑戦する日を迎えた。

門別の夜空に架かる橋

まだあどけなさの残る砂の素質馬たちが、初めて重賞という大舞台で顔を突き合わせるエーデルワイス賞。

前哨戦を連勝し、堂々とこの舞台に駒を進めてきたアークヴィグラスだったが、単勝オッズは意外にも8.0倍の4番人気というものだった。

1.2番人気は中央勢の2頭、デンバーテソーロとケイゴールド。3番人気には、同じ道営所属のエムティアンが支持されていた。1番人気のデンバーテソーロは前走、7月の函館で初のダート戦となった未勝利を快勝。2番人気のケイゴールドも、3戦目となる前走・中山でダートの未勝利戦を勝利してダート適性を示していた。また、3番人気のエムティアンは門別で2連勝後、函館2歳Sで4着と好走。地元に帰ってきた前走も2着と好走していた。

実績的に中央で好成績を収めてきた馬が上位人気に推されている中、未だ中央クラスの馬達と戦ってきたことがなく、地元門別で敗戦もしているアークヴィグラスが4番手の評価に落ち着くのも、この時点で無理はなかったのかもしれない。

だがしかし、そんな評価が間違っていたということ、そしてそんなオッズなど関係ないと言わんばかりの走りを、彼女はおよそ70秒後、世に知らしめることとなる。


20時の北海道、気温も落ちる初秋の夜、その冷たい空気を切り裂いて若き少女たちがゲートから飛び出す。

出遅れた馬はほぼいない中、エムティアン、スティールティアラが並んで前を主張するが、2頭の間からシェリーアモールが一気に先頭を奪う。

そのシェリーアモールの主張に呼応したか、まるで堰を切ったかのように2番手以降はめまぐるしく動く展開に。

スタートの良かったスティールティアラとエムティアンに、どっと後続が押し寄せ一気に馬群は団子状態。スタート直後には後方の位置になったデンバーテソーロもこのあたりで前目まで押し上げ、ダート1200m戦らしく各馬が前を取り合う様相となった。

各馬が前を主張し、鞍上の騎手たちが激しく手綱を動かす姿も数多く見受けられる中、大外、ピンク帽のアークヴィグラスだけは自らのスピードに乗ったか、はたまたリズムよく走れていたのか──鞍上の石川倭騎手に大きく促されることもないまま、いつの間にか3番手の外までそのポジションを上げていた。

4コーナーで激しく手が動き始めたシェリーアモールを、エムティアン・アークヴィグラスが外から捕まえにいく。

内から再度スティールティアラも先頭を奪いに攻勢を仕掛け、直線に向いた時点で、先頭争いはこの3頭へと変わる。しかしその争いが続いたのもほんの数秒。200のハロン棒でその先頭争いから一歩抜け出したアークヴィグラスがその差を広げ、抜け出しを図る。脚色は明らかに、後ろの2頭より勝っていた。後方勢は全く伸びない。中央勢もケイゴールドらも、馬群に沈んでいく。

先頭争いを繰り広げる3頭の外から、同じピンク帽のデンバーテソーロがただ1頭、中央の意地を見せんとばかりに脚を伸ばす。その差はなかなか詰まらないが、広がることもなく、1完歩ごとにじりじりと差は確かに詰まってきていた。更に内、エムティアンも再度の追撃を繰り返す。一瞬、アークヴィグラスの先頭は危うくなりかけた。

それでも、アークヴィグラスは先頭を譲らない。

再度伸びかけたエムティアンを突き放すと、外から強襲するデンバーテソーロの伸びを封じるかのように二の脚を発動。ついに追い込んできたデンバーテソーロにその鼻先を明け渡すことは無かった。

門別のナイター、2歳最初のダート重賞のゴール板を先頭で駆け抜けたその走りには、負けん気とタフさを兼ね備え、その先を確かに見据えられるような、そんな輝きを感じられた。

忍耐と勇気を兼ね備えた彼女からもらった、大切な思い出

その後、川崎、大井と転厩し、ローレル賞、東京2歳優駿牝馬も連勝で飾り、NARグランプリの最優秀2歳牝馬にも選ばれたアークヴィグラス。勇躍、中央のクラシックを目指すこととなり、年明け初戦を初の芝となる東京のクイーンCに選んだ。

だが結果は、後にグランプリ春秋連覇の偉業を成し遂げるクロノジェネシスから2.8秒離された最下位の9着。

敗戦後、地方に戻ってきた後は南関東牝馬三冠路線を歩むも、浦和桜花賞3着、東京プリンセス賞2着、最後の関東オークスも5着と敗れ、その後に出走したサルビアCは1.8倍の断然人気に支持されながら4コーナーで既に手ごたえはなく、13頭立ての12着に終わってしまった。

2歳時に見せた輝きはいつの間にか失われ、掲示板がやっととなるまでその成績を落としてしまったアークヴィグラスは4歳の2020年、しらさぎ賞5着を最後に南関東に別れを告げ門別・小野厩舎へ再転入。

転入初戦を2着、その後も4着と着実に復調の兆しを見せていた彼女は8月、金沢競馬場で行われた読売レディス杯でサラーブに3馬身、その後ろのエースウィズには10馬身もの差をつける圧勝で、およそ1年半ぶりとなる復活の勝利を遂げた。

その走りは、確かに、2歳時のリズムを取り戻していた。

あの驚異の粘りが、父譲りのスピードが再度蘇ってきたように見えた。

それは次走、秋桜賞の道中でも証明されていた。

──が、彼女はこのレースを最後に、ターフに別れを告げてしまった。よい手応えで迎えた最終直線で右前脚粉砕骨折を発症、予後不良となったのである。レース中の、突然の出来事だった。

デビュー戦で見せた痛快ともいえるほどの差し切り勝ち、中央馬相手に見せたあの粘り腰…。世代ダート女王の称号を一気に掴み取った2歳シーズン。一転して勝てなくなった3歳シーズンと、諦めずに挑み続けて復活の勝利あげた4歳シーズン……。

今後、決して忘れることはないだろう。

彼女が見せてくれた多くの強さを。改めて痛感させられた「無事完走」という言葉の重みを。

そしてエーデルワイス賞のあの日に感じた「地方の女王」誕生の予感を──。

写真:@berry29051387

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