日本競馬界に七不思議があるとするならば、武豊騎手の朝日杯未勝利は確実にその一つに数えられるだろう。
JRAのGⅠ77勝、記録が追いかけてくるようなレジェンドをして勝てないGⅠ、それが朝日杯フューチュリティステークスだ。
武豊騎手は94年スキーキャプテン、95年エイシンガイモン、98年エイシンキャメロン、15年エアスピネルと4度の2着がある。
2007年以前は12月開催の2週目で香港国際競走と日程が重なっていたという原因も考えられなくもないが、単なる巡りあわせでしかないだろう。
であれば、必ず勝つ日は来る。武豊騎手とはそんな信頼に十分足るジョッキーだ。
第71回朝日杯フューチュリティステークスで武豊騎手はタイセイビジョンに騎乗する。京王杯2歳Sの覇者で2番人気、有力候補だ。
スタートを決めた内枠のビアンフェがダッシュを効かせて、後続を離しにかかると、タイセイビジョンは前走より後ろにポジションをとる。
速くなると踏んだ武豊騎手らしい冷静な判断だった。
2番手以降はややポジション争いが激しくなり、外からメイショウチタン、インからトリプルエースが忍び寄り、1番人気サリオスはその2頭に挟まれる。
一旦引いて苦しい場面を回避、立て直すかという場面でライアン・ムーア騎手はあえてそのポジションをキープするため馬に我慢をさせた。
流れに応じて控えた武豊騎手と強気に先行姿勢を崩さなかったムーア騎手。
両者の判断は結果的にどちらも正しかった。
メイショウチタンが2番手から深追いしたこともあり、ビアンフェが作るペースは前半600m33秒8、800m45秒4とオーバー気味。
後方12番手に一旦下げた武豊騎手のペース判断は精緻だった。
2番人気レッドベルジュールは自身の特性を生かしつつ、下げた武豊騎手のタイセイビジョン直後。タガノビューティー、グランレイら末脚を伸ばす組も固まる。
対してサリオスのムーア騎手は厳しい流れであっても馬の能力を信頼、馬場を考えれば先行勢のアドバンテージは大きいと踏んだにちがいない。
3、4角でメイショウチタンが上がってできたスペースを利用して、サリオスは早めに先行集団の外に進路を求める。タイセイビジョンはサリオスを目標に進出を開始した。
大外に回るのはタガノビューティーとグランレイ。
最後の直線。
自らが作るペースに伸びあぐねるビアンフェをねじ伏せるようにサリオスが交わし、先頭に立つ。虎視眈々とその機を狙っていたタイセイビジョンが外から並びかけんとする。さらに外から勢いよくタガノビューティーがやってくる。
あと200m。
タイセイビジョンがサリオスに並ぶかと思った瞬間、サリオスが粘り強くそれを退けんと脚を伸ばす。一気に捕らえられればという場面で離されてしまったタイセイビジョン。タガノビューティーもやや勢いを失い、その後方から遅れて追い込んできたグランレイが同馬を交わす。
結果、サリオスがタイセイビジョンを抑えて1着。
タイセイビジョンと武豊騎手は2着、3着にはグランレイ、4着はタガノビューティーだった。勝ち時計1分33秒0(良)。
各馬短評
1着サリオス(1番人気)
朝日杯に強いディープインパクト産駒のような軽い走りとは対照的な我慢強い走りが印象的だった。
勝因はペースが速くなるにも関わらず、あえてポジションをとりにいったところだろう。
内から外から寄られ気味になる場面で引くことをせず、馬に我慢させてキープした。ムーア騎手らしい勝てる位置を守り抜く姿勢が光った。
直線での反応もハーツクライ産駒らしい俊敏さは欠きながらも、最後まで渋く伸びる走り。
流れに合わせて後方にいてはタイセイビジョンに伸び負けていた可能性もあっただけに、先行したのは馬の長所を最大限に活かした形だった。
2着タイセイビジョン(2番人気)
スタートは五分以上に切りながらも控える選択はレース展開を知り尽くしたかのような武豊騎手らしい好判断だった。
控えながらも先行するサリオスを常に意識し、外目をスムーズに回り、サリオスの仕掛けに反応できた。
直線では捕らえるかという脚色だったが、相手に最後にひと脚使われて届かなかった。
競馬としては理想的だっただけに悔しい敗戦だった。
3着グランレイ(14番人気)
こちらは池添謙一騎手らしいイチかバチかの一発狙い。
ハイペースも手伝って大胆な作戦がハマったものの、上位2頭との差は地力の差だろうか。
人気薄らしい展開待ちの競馬は今回は正解だったが、今後は上位人気に押さる場面もあるはずで、そこでどんな競馬ができるかが鍵となる。
4着タガノビューティー(9番人気)
GⅠがはじめての芝レースというハンデを感じさせないレースは特筆すべき。
外から一旦はタイセイビジョン以下を飲み込むのではないかという脚色。最後は慣れない芝でのレースと距離がやや厳しかった印象で伸びきれなかったが、潜在能力は十分に示した形。
慣れれば芝でもマイル以下であれば通用する可能性を見せた。
総評
武豊騎手とタイセイビジョンのレースは前後半が45秒4-47秒6という激流であることを考えれば、非の打ちどころがないものだった。
武豊騎手が朝日杯で2着に負けたレースにはこの形が実は多い。
レース自体は完璧だったが、今年のサリオスのように流れに逆らってでも勝つ底知れぬ器の持ち主に屈するというパターンだ。
これでこのレース通算5度目の2着。勝ち馬の引き立て役はお役御免といいたいところだろう。
サリオスはハイペースを3番手から抜け出し。2,3,4着含め上位はみんな前半は後方で溜めていた組で占められており、サリオスのポテンシャルの高さが際立ったレースとなった。以前からクラシックにつながらない2歳王者決定戦と揶揄されがちな朝日杯フューチュリティステークスだが、サリオスの底知れなさはそれを払しょくできる可能性を感じさせる。
写真:ゆーすけ