受け継がれし「王」の系譜 - ビッグアーサー
1.「通字」の名馬たち

日本には名付けにおいて「通字」という文化がある。名前を付ける際に先祖から代々継承する文字のことだ。近年の大河ドラマの主人公でも、「徳川家康」の「家」は徳川将軍家に代々受け継がれた通字であるし、「北条義時」の「時」は父「時政」から継承し、息子「泰時」ら子孫にも受け継がれた。

競走馬でも名付けにおいて父の名を継承することはよく行われる。

父名の字を継承した例としては「ディープ」インパクト→「ディープ」ブリランテや「ドゥラ」メンテ→「ドゥラ」エレーデなどが挙げられるだろう。

加えて、父名の意味を継承した例もある。シンボリルドルフ(皇帝名)→トウカイテイオーには「帝」が、ステイゴールド→オルフェーヴル(「金細工師」の意)→エポカドーロ(「黄金の時代」の意)という系譜には「金」が継承されている。

この複合型としては、キングマンボ→キングカメハメハ→リオンディーズ(王名)→テーオーロイヤル(「王にふさわしい」の意)が挙げられる。この系譜では字と意味の2つの形で「王」が継承されてきた。

ここまで母系の継承(エアグルーヴ→アドマイヤグルーヴなど)を考慮に入れず、父系に注目して競馬界の「通字」について考えてきた。それは「通字」が男子に与えられるもの、ということもあるが、競馬界において「父の名を継いだ者」が「更に名を継がせる」、つまり種牡馬になることが非常に狭き門だからである。

父の名を背負わされたとしても、それに見合うだけの活躍が叶わなかった競走馬の方がはるかに多い。活躍できなければ種牡馬入りの道は絶たれ、名を継承させることはできない。そして、父の名が重ければ重いほど、プレッシャーは大きくなる。先に挙げた「金」の系譜や「王」の系譜はいずれも自らの実績によってその名を競馬史に刻み、背負うものの重さを跳ね除けた存在である。そして現役生活を全うし、種牡馬入りして次の世代に血と名を繋いだ。

本稿の主人公、ビッグアーサーもその一頭。祖父は天皇賞馬サクラユタカオー、父は最強スプリンター・サクラバクシンオー。継承された「王」の字は、3代目にして伝説の王「アーサー」の名を刻むに至った。何度も苦難に見舞われた競走生活ではあったが、GⅠタイトルを獲得し、種牡馬入り。その血を次代に繋げる役割を担っている。

本稿ではビッグアーサーの競走生活を、栄冠を掴んだ高松宮記念を中心に振り返っていきたい。

2.「王」の胎動

ビッグアーサーがデビューしたのは2014年の4月。もう新馬戦は終了しており、既走馬と対決する未勝利戦でのデビューだった。藤岡康太騎手とのコンビで臨んだこの一戦で、2着に2馬身半差をつける快勝。その可能性を見せつけた。

その後、怪我で10ヶ月の休養を強いられて2戦目が2015年の2月となってしまう憂き目にあうが、それでもこの馬の才気はあふれんばかりで、同年6月の水無月ステークスまで負け無しでオープン入り。そして重賞初挑戦の北九州記念でも重賞3勝馬ベルカントの2着と健闘する。次走のオパールステークスでオープン初勝利を飾ると、京阪杯2着、阪神カップ3着で4歳シーズンを終えた。

重賞でも馬券圏内を外さない堅実な走りは見事だったが、一方で、ビッグアーサーは全てのレースで1番人気を背負っていた。そのため、人気と期待に応えきれていなかったとも言えるだろう。「王」の血と名に違わぬことを証明するためには単なる「善戦マン」で終わらず、是が非でもタイトルが欲しい。勝負の5歳シーズンが始まることとなる。

3.戴冠の高松宮記念

主戦の藤岡康太騎手からミルコ・デムーロ騎手への乗り替わりで臨んだ2016年初戦のシルクロードステークス。またもや1番人気に支持されるが、キャリア最低着順となる5着でレースを終える。前残りで差し届かずと、展開が向かなかったとは言え、本番に向けて不安の残る結果となった。その中で迎えた高松宮記念で新コンビを組んだのが、福永祐一騎手(現・調教師)である。

「福永祐一」という名前を聞いた令和の競馬ファンは、おそらくコントレイルで無敗三冠を達成したレジェンドジョッキーとして、あるいは気鋭の調教師をイメージするのではないだろうか。しかし当時のオールドファンにとっての「福永祐一」は、「偉大なる父を継ぐ者」であったように思う。父・福永洋一騎手は9年連続リーディングに輝いた名手。その変幻自在の騎乗ぶりは、文筆家・寺山修司に「競馬という名のミステリーを攪乱する、怪盗アルセーヌ・ルパン」(「騎手伝記」『競馬への望郷』角川書店、1979年)と評された。しかし、落馬事故によりそのキャリアを絶たれることとなってしまう。「天才」の名をほしいままにした父の血と「一」の字を受け継いだ「福永祐一」に、競馬ファンは期待をかけた。福永騎手はそのプレッシャーに耐えながら、キングヘイロー・プリモディーネ・エイシンプレストン・ラインクラフト・シーザリオ・エピファネイア・ジャスタウェイといった名馬たちとの出会いと別れを経てトップジョッキーに成長したのである。その手綱に導かれ、ビッグアーサーは3代GⅠ制覇に挑むこととなった。

前哨戦で敗れてもファンはビッグアーサーに期待をかけていた。2番人気のNHKマイルカップ勝ち馬ミッキーアイルとオッズに差は無いものの、またもや1番人気である。これで10戦連続の1番人気だった。

素晴らしいスタートから好位4番手につけた福永騎手は、ミッキーアイルが先頭に立つとそれを目掛けてスパート。ミッキーアイルも粘るものの、これをねじ伏せるかのようにゴールした。ビッグアーサーはGⅠどころか重賞初制覇。前年の落馬負傷から復帰して初のGⅠ騎乗だった福永騎手は、素晴らしい騎乗で起用に応えてみせた。

叩き出した1分6秒7はレコードタイム。祖父サクラユタカオーは天皇賞(秋)で、父サクラバクシンオーはスプリンターズステークスでそれぞれレコード勝ちを収めている。父祖から受け継いだ「王」の血と名は、3代GⅠレコード勝利という偉大な記録によってさらに輝きを増した。

4.「王」の名は次代に

その後、秋初戦のセントウルステークスも危なげなく勝利するものの、スプリンターズS・香港スプリントと連敗。復活を期した翌年も度重なるコンディション不良によりスプリンターズSのみの出走に留まり、このレースを6着で終えてターフを去った。

重賞2勝・GⅠ勝利が高松宮記念の1つのみ、というのはこの馬にかけられた期待からすると不足と見られるかも知れない。しかし、競走生活を全うし、その血を次代に伝える役割を担っているビッグアーサーは間違いなく名馬である。

代表産駒のビックシーザーは父が敗れた京阪杯を勝利。「王」を超える「皇帝ジュリアス・シーザー」の名に相応しい名馬となるべく奮闘している。これからもビッグアーサーの素晴らしい才能を証明するような産駒の活躍が見られるはずだ。「王」の系譜を受け継ぎ、父の血と名を高めるような若駒の登場を願っている。

写真:RINOT

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