父は日本と香港の2か国でスプリントチャンピオンに輝いたロードカナロア、その初年度産駒として父の背中を追いかけてG1ロードを駆け抜けたダノンスマッシュ。2017年にデビューし2021年末の香港スプリントまで5年間走り抜けた同馬は、ブリーダーズスタリオンステーションで2022年から種牡馬入りを果たしました。
ダノンスマッシュはキーンランドカップでの重賞初制覇の後、高松宮記念・香港スプリントの父子制覇達成、スプリンターズステークス2着、父ロードカナロアに並ぶスプリント重賞7勝(京王杯スプリングカップは国際区分ではマイル重賞扱い)といった実績を持つ名馬です。一方で、生涯成績で3着以下が無かった父ロードカナロアと比較すると、決して順風満帆とはいかない戦いの日々を過ごした馬でもあります。
今回は、同世代やスプリント路線のライバルたちが強かった中で、2つのG1を勝ち取ったダノンスマッシュの軌跡を振り返ります。
「ダノックス」の素質馬。多士済済のライバルたちとの出会い。
ダノンスマッシュはその冠名「ダノン」でおなじみ野田順弘オーナー(馬主名義はダノックス)の所有馬。
ロードカナロアと同じ安田隆行厩舎に入厩し、2歳9月の新潟新馬戦でデビューします。
ここでは2番手から先頭押切を狙うも差し切られてしまい2着で終えると、未勝利戦・オープンのもみじステークスでは控えて末脚を繰り出すレースで連勝。2歳G1の朝日杯フューチュリティステークスに駒を進めます。
デビューから3戦2勝2着1回、順調な出だしに見えますが、最初の強敵は同じ勝負服にありました。
2017年の朝日杯で最も注目を集めていたのは同じ「ダノックス」のダノンプレミアム。
新馬戦・サウジアラビアロイヤルカップを連勝して朝日杯に挑戦してきた話題の馬が、G1の舞台でも1番人気に支持されます。
ちなみに、そのダノンプレミアムが勝利したサウジアラビアロイヤルカップで2着だったステルヴィオはロードカナロア産駒JRA初勝利をあげた馬、京王杯2歳ステークスを勝利し、今後何度も対戦することになるタワーオブロンドンと3頭が上位人気を形成し、ダノンスマッシュは3頭に続く4番人気でレースを迎えます。
ダノンプレミアム、タワーオブロンドンが好スタートから控える競馬を選択。一方でステルヴィオは出たなりの位置から末脚を溜めるために位置を下げ、ダノンスマッシュはスタートで後手を踏んでしまいます。無理に前には行かずに、位置を下げたステルヴィオのインで脚を溜めて3コーナーへ。
直線では前が空いて抜け出せる状態でしたが……そのはるか前には楽々抜け出すダノンプレミアムの姿がありました。同じ進路で前にいたタワーオブロンドンを追いかけますが、外から差してきたステルヴィオ、ケイアイノーテックにもあと一歩末脚が及ばず、G1デビュー戦は5着に終わります。
年が明けて3歳シーズンはファルコンステークスから始動しますが、このレースでは後に快速牝馬として名をはせるモズスーパーフレアがペースを引っ張り、先行していた馬たちも良馬場のきれいな芝で止まることなく、ダノンスマッシュ自身は馬群を縫う追い込みを見せるも7着まで。勝ったのはモズスーパーフレアをマークしていたミスターメロディでした。
次走は4月のアーリントンカップ。ダノンスマッシュは4歳春までコンビを組むことになる北村友一騎手と共に先行策に出ます。直線で逃げていたラブカンプーをとらえて先頭に立とうとしますが、インディチャンプに先に交わされ、更に外からゴドルフィンブルーの勝負服に装いが改まったタワーオブロンドンの末脚が炸裂。先行馬の中では再先着したものの5着が精一杯でした。
そして3歳春のG1、NHKマイルカップに挑戦。
春の重賞で2連敗した影響か出走18頭中13番人気、前走差し切られたタワーオブロンドンが1番人気の支持を集めてレースを迎えます。
抜群のスタートを決めたダノンスマッシュでしたが、内枠のテトラドラクマにハナを譲り、外枠から先行してきたミスターメロディ、その後ろのフロンティア、ファストアプローチと5頭で先行馬群を形成。
内のテトラドラクマ、外のミスターメロディにプレッシャーをかけられながらも残り400mまで2番手で先頭争いを演じましたが、先行馬群の直後6~7番手にいたギベオンが直線で満を持して追い出します。ダノンスマッシュは残り200mまで頑張りましたがそこからはついていけず、抜け出したギベオンと追いかけるミスターメロディで決まるのか…と思った瞬間、外から差してきたレッドヴェイロン、そして更に大外から突っ込んできたケイアイノーテックの追込が炸裂します。レースのラスト数完歩まで着順が入れ替わる激しい争いになりました。ダノンスマッシュは先行馬の中ではミスターメロディに次ぐ7着と、差し馬決着になったレースでしたが最後までよく踏ん張りました。なお、1番人気のタワーオブロンドンはイン突きを試みるも先行馬がばてて前が空かなかった上に、インに切れこんだカツジに進路をカットされてしまい、不本意な12着敗戦に終わっています。
ここまでで登場した馬たちからもわかる通り、2歳戦から3歳戦まで戦ってきた相手が、後の重賞馬、G1馬たちであったことを考えればダノンスマッシュは十分健闘したと言えるでしょう。同世代の相手が強豪揃いで、今後もスプリント、マイル路線で幾度となく対戦することになります。
なお、余談ですが牝馬クラシックではアーモンドアイが行くところ敵なしの快進撃。牡馬クラシックはダノンプレミアムが弥生賞の圧勝後にケガの為ダービー直行、距離もやや長かったか5着で終えています。
それぞれの路線に進路を切り替える3歳夏、ダノンスマッシュは父と同じスプリント路線を目指して、夏の北海道へ旅立ちました。3歳春を終えて7戦2勝、この時点では2歳戦2勝のみの早熟馬にも見える戦績ですが、ダノンスマッシュの才能はここから花開きます。
3歳夏のキーンランドカップから、スプリントG1挑戦へ。
3歳夏の初戦は函館競馬場、自己条件の函館日刊スポーツ杯(現在の3勝クラス)でした。
スタートを出ると、なんとモズスーパーフレアより前の3番手でレースを進めます。今となっては逃げのイメージが強いですが、当時はまだ控えるレースもしていました。
残り200mまで鞭も入らず、ここは楽勝で自己条件を突破。オープン馬として重賞へ参戦します。
舞台を札幌競馬場1200mに移して、キーンランドカップに挑戦。
スタートから二の足を繰り出してナックビーナスを追いかけるレースに。しかし、2018年高松宮記念の3着馬は簡単には止まらず、ペイシャフェリシタとの競り合いこそ制したものの2着に敗れてしまいます。とはいえ、初の古馬相手の重賞で2着ですから、スプリント適性の高さを見せた2戦でした。
春から夏で5戦を消化したダノンスマッシュは8月末から遅めの夏休みに入り、11月の京阪杯で復帰。復帰戦ながら1番人気に支持されると、夏の2戦で見せた先行して前をとらえる王道のレース運びでついに重賞制覇を成し遂げます。
勢いは年明けも止まらず、年明け初戦のシルクロードステークスでは差し追い込みの馬たちが上位を占める中、ダノンスマッシュだけが先行策で勝利。父ロードカナロアの軌跡をなぞるように、京阪杯、シルクロードステークスの父子制覇を成し遂げ、いよいよ高松宮記念に挑みます。
高松宮記念ではモズスーパーフレアが武豊騎手とのコンビで前半600m33.2秒の逃げを打ち、ダノンスマッシュはこれまでのレースと同様先行して追いかける展開になります。直線で外から前の馬たちを捉えようとしますが、この日の馬場はインコース有利。
13番枠から外を回る堅実なレース運びが出来ましたが、内から抜け出したミスターメロディと、その後ろにいたショウナンアンセムが馬群から抜け出し、2017年高松宮記念勝馬セイウンコウセイにも粘り込まれて4着まで。5着のティーハーフ、6着のレッツゴードンキまでが最後の直線でダノンスマッシュよりもインコースを通ってきたので、コースロスを考えれば健闘した4着でした。
4歳夏からはダノンプレミアムをはじめ「ダノックス」の主戦騎手になりつつあった川田騎手との新コンビを結成。函館スプリントステークスから始動予定でしたが、禁止薬物混入事件に巻き込まれて無念の競走除外となってしまいます。かくして迎えた2度目のキーンランドカップ。前年2着、前走のアクシデント後も順調に調整出来ていたことから再び1番人気に支持されます。
レースがはじまると、前年敗れたナックビーナスが再び逃げますが、絶好のスタートを切ったダノンスマッシュは序盤は追いかけずに末脚を温存。
迎えた直線、ロスなく外から末脚を繰り出したダノンスマッシュは内を捌いてきたタワーオブロンドンとの末脚比べを制して前年のリベンジを達成します。重賞3勝目のタイトルを手にして、スプリンターズステークスへと名乗りをあげるのでした。
しかし、キーンランドカップとは逆にダノンスマッシュが内の1枠2番、タワーオブロンドンが4枠8番を弾いたことで、コーナーでタワーオブロンドンに外から蓋をされてしまい、仕掛けが遅れてしまいます。
ついに前半32.8秒の高速逃げを繰り出したモズスーパーフレアが最後の直線まで粘りますが、外から捲ったタワーオブロンドンが差し切って1着、ダノンスマッシュは仕掛け遅れた分を取り返せず3着に敗れました。
間隔を空けての4歳最終戦は香港スプリント、デットーリ騎手とのコンビで挑みますが、香港勢に敵わず8着で4歳シーズンを終えます。重賞3勝の実績は積んだものの、本番のG1ではあと一歩が届かないもどかしいレースは明けて5歳になっても続くのでした。
2020年初戦は、中山のオーシャンステークス。ナックビーナス、タワーオブロンドンを抑えて重賞4勝目をあげたものの、本番の高松宮記念ではスタートのタイミングが合わず、出負けした分を取り戻すために序盤で脚を使った上、重馬場が影響したのか直線ではじけず10着に終わります。
続いて京王杯スプリングカップへ向かったダノンスマッシュ。鞍上は川田騎手から来日中のダミアンレーン騎手に乗り替わりました。川田騎手もステルヴィオとのコンビで参戦。
大外枠からスタートしたダノンスマッシュは前走とは違い好発進を決めると、レーン騎手がインコースを確認しながら逃げを打つため最内へ。競りかける馬もなく前半600mを35.1秒で入ります。
直線では馬場の最内を空けて芝の良いところを選ぶ余裕もあり、直線の末脚比べも抜かれることなく勝利。
レーン騎手のファインプレーで重賞5勝目、安田記念への優先出走権を経て久しぶりのマイルG1へと向かいます。
迎えた安田記念では三浦皇成騎手と新コンビ、再びの大外枠でレースが始まりますが、ここは相手が強すぎました。残り200m付近まで手ごたえ一杯ながら踏ん張りますが、後方から差してきたのはグランアレグリアにインディチャンプ、道中ほぼ最後方にいたアーモンドアイ、ノームコアの末脚も唸り、8着が精一杯でした。
夏競馬は使わずに、スプリンターズステークスを目指してセントウルステークスから復帰。
このレースも8枠からのスタートで1歩目からダッシュがつきますが、セイウンコウセイらを前に行かせて4番手から、コーナーでスムーズに外へ進路をとると、スムーズに抜け出して押しきり勝ちを納めます。こうして最高の結果で、本番へと向かうのでした。
迎えたスプリンターズステークス、ダノンスマッシュは大一番でまたもスタートの1歩目が決まらなかったものの、インコースが空いていたのが幸いしてすぐに4番手へ。
逃げるモズスーパーフレアにビアンフェが絡んで前半600mは32.8秒のハイペース、それでも直線ではモズスーパーフレアがビアンフェを振り切りますが、中段インコースでロスなく運んでいたミスターメロディが残り150m付近でとらえ、更にその外には一完歩ずつ前との差を詰めるダノンスマッシュの姿が──。
ついにG1勝利かと思ったのもつかの間、最後方から大外に進路を取ったグランアレグリアが「直線200mだけ」で全馬ごぼう抜きにする異次元の末脚で完勝、ダノンスマッシュは相手が悪かったとしか言いようのない2着でした
5歳最後のレースは香港スプリント。ムーア騎手を迎えた21戦目のレースにしてついに歓喜の瞬間が訪れます。
ここでは好スタートを決めたダノンスマッシュはムーア騎手に促されるも、ちょうど中段の8番手外からレースを進めます。
馬群がひとかたまりになって迎えたコーナーで外からタワーオブロンドンが先に仕掛けてきますが、かつてスプリンターズステークスで見せた勢いはありませんでした。ダノンスマッシュは直線残り200mで大外から先行馬たちと横一線で並ぶと、残り150mでついに抜け出し残り50mで1馬身差。最後は後方からの差し馬たちも迫ってきましたが、ゴールまで抜かれることは無く、ついにG1制覇を成し遂げました。
父ロードカナロア以来となる、日本馬による香港スプリント勝利。
香港スプリントの父子制覇達成は香港G1全体でも史上初の快挙でした。
大きなアクシデントを乗り越え種牡馬入りへ。
香港スプリントを勝利して晴れてG1馬になったダノンスマッシュは6歳も現役続行。
前哨戦を使うと本番で取りこぼしてしまう傾向があったためか、6歳で走った4戦は全てG1に絞られます。大勝負のためにしっかり仕上げて勝負に挑んでいきました。
初戦となる高松宮記念は前年に続いて重馬場でのレース。稍重馬場までしか勝利実績はありませんでしたので、1番人気は重馬場でも動じないレシステンシアに譲って2番人気でレースに挑みます。
雨が降りしきる中、モススーパーフレアがハナを主張しますが前半600mは34秒。時計のかかる中で先行馬たちが脱落する中、ダノンスマッシュは馬群のちょうど真ん中、レシステンシアを前に見る位置でレースを進めます。
少しでも馬場の良いところを探る直線勝負の中、モズスーパーフレアは重馬場でも脚が止まらず、インディチャンプは空いたインを強襲、ダノンスマッシュは重馬場巧者のレシステンシア、セイウンコウセイの間を縫って外から末脚を繰り出し、ライバルたちをきっちり競り落としてゴールへ。上り最速の34.3秒の末脚を繰り出して2つ目のG1タイトルを手にしました。
この高松宮記念も、ロードカナロアとの父子制覇。まさに偉業ですが、この勝利がダノンスマッシュの最後の勝鞍になりました。
香港のチェアマンズスプリントでは「マジックマン」モレイラ騎手とのコンビで参戦しますが、中段から前走のような末脚が出ないまま6着に敗れます。春は2戦で終了して、再びスプリンターズステークス制覇を狙います。
高松宮記念同様にレシステンシアをマークしてレースが進みますが、中山の良馬場でモズスーパーフレアが刻んだ前半600mは33.3秒、32秒台すら出すモズスーパーフレアにしては控えめなペースでしたが、ダノンスマッシュの手ごたえは今一つで、3コーナーで早くも川田騎手の手が動きます。
マークしていたレシステンシアには追い付けず、モズスーパーフレアの直後でレースを進めた3歳の新星ピクシーナイトが勝利し、ダノンスマッシュは6着に敗れました。
引退レースは香港スプリント。レシステンシア、ピクシーナイトと共に日本馬3頭で挑戦しましたが、アメージングスターの転倒から多重落馬事故が発生してしまいます。ピクシーナイトは巻き込まれて骨折してしまい、ダノンスマッシュは川田騎手が間一髪のところで回避したところでレース終了。
勝利を掴むことは出来ませんでしたが、それ以上に無事に引退レースを終えたことが何よりの結果でした。
デビューから引退まで、父ロードカナロアとはまるで正反対の一筋縄ではいかなかい競走生活でしたが、終始強いライバルたちと戦い続けた中での2つのG1勝利は誇れる結果と言ってよいでしょう。
古馬になってからも芝のスプリント・マイル路線を走った同期でG1を2勝以上したのは、マイルG1で結果を出したインディチャンプ、ヴィクトリアマイルと引退レースの香港カップを勝利したノームコア、マイルからクラシックディスタンスでG1競争9勝の大記録を打ち立てたアーモンドアイ、古馬ではマイル戦の勝鞍は無いもののエリザベス女王杯連覇などG1を4勝したラッキーライラック、そしてダノンスマッシュの5頭。朝日杯以降、鎬を削ってきたライバルたちと後にG1タイトルを分け合ったことを思えば、古馬で完成するまで諦めずに走り続けたダノンスマッシュと陣営の努力の賜物と言えるでしょう。
無事に種牡馬入りを果たしたダノンスマッシュの産駒にも、彼のような成長力、強い相手と戦っても諦めない勝負強さが伝わるのでしょうか。ただひたすらに強い馬もかっこいいですが、ダノンスマッシュのように苦難の先に記録を残してターフを去る馬もまたドラマチックで素晴らしいですね。
写真:俺ん家゛、安全お兄さん、Horse Memorys