その重力を速さに変えて - 砂の上を進撃した重戦車ドンフランキー

パドックにゆっさりと姿を現すと、それだけで場内の空気が一変する。

遠くからでも一目でわかる、あまりに巨大な影。ゼッケンが妙に小さく見えるほどの馬体を揺らし、確かな重力をもって、彼はのっしのっしと歩いてくる。

ドンフランキー。その馬体重、600キロ。

500キロを超えれば「大型馬」と称される競馬界において、彼は外れ値のような異彩を放っていた。

最小クラスのメロディーレーンと比べれば、縮尺を狂わせた模型を並べたような錯覚に陥る。同じサラブレッドという枠の中に、これほどまでに違う世界が宿っているのか。そのスケールに、私たちはいつも息を呑んだ。

だが、彼の真価はその大きさ以上に、巨体に似合わぬ俊敏さにあった。 通常、大型馬はエンジンが温まるまで時間を要し、その質量を操るために膨大な筋力を消耗する。歩幅に脚が追いつかず、大排気量ゆえの「鈍重さ」に苦しむ場面も珍しくない。

けれど彼は、まるで別の理屈で動いていた。

パドックで威厳を振りまいていた怪物は、ゲートが開いた瞬間に一閃、「弾丸」へと変貌する。 巨体をそのまま推進力に転じ、空気を力強く押し分けていく。それは「薙ぎ倒す」でも「踏みつける」でもない。莫大な質量がトップスピードで駆け抜けるという、物理法則の美しさ。重戦車にロケットエンジンを積み込んだようなその走りに、私たちは何度も度肝を抜かれた。

ごつくて、派手で、重量級。そして何より、愛嬌がある。 走るたびに身体中からエネルギーが噴き出し、どんな苦境も笑い飛ばしてしまいそうな圧倒的なポジティブさが、そこにはあった。

デビュー以来、ダート短距離を舞台に快進撃を続けた。 あっという間にオープンに駆け上がると、4歳夏に同世代のライバル・リメイクを退けてプロキオンステークスを制する。JRA重賞勝利の最高馬体重記録を更新し、彼の「規格外」は公式な歴史となった。

秋の東京盃では、今度はレコードタイムという形でその絶対的なスピードを証明してみせた。重い、デカい。ゆえに、速い。その単純明快な真理を、彼は自らの蹄で砂の上に書き記した。

海を越えたドバイでも、そのシルエットは際立っ。 巨体を揺らし、地響きさえ予感させる力強く砂を蹴るたび、この馬は自らの限界を超えにいくのだと感じられた。世界の強豪と渡り合い、堂々と掴み取った2着。あの日、画面越しにその勇姿を見守っていた日本のファンは、皆同じ誇らしさを抱いたはずだ。「日本の馬は、こんなにデカくて、こんなに強いぞ」と。

引退、そして種牡馬入りの報にふれたとき、寂しさと同時に、安堵が胸に広がった。

振り返れば、その道程は常に脚元との戦いでもあった。600キロの質量を支えながら、レコードを叩き出すほどの衝撃を受け止め続ける。その負荷は、想像を絶するものだったはずだ。 よくぞ、この巨体をこれほどまでに精練されたスピードの器として保ち続けてくれた。宿命と戦いながら、一線級で戦わせ続けた陣営の情熱、そしてドンフランキー自身の矜持には、ただただ頭が下がる。

国内のダート短距離において、彼が全能力を証明できる舞台は決して多くはなかった。 もし、より多くの、より大きなタイトルが整備されていれば、彼は「G1馬」という肩書きを手にしていたかもしれない。

けれど、私たちは知っている。肩書き以上に、彼の走りそのものが特別だったことを。

返し馬で大きく馬体を揺らし、ゲート前でぶるると鼻を鳴らし、いざ走れば、ただただ、強い。その全身からほとばしるエネルギーこそが、ドンフランキーを「愛すべきキャラクター」たらしめていたのだ。

どうか、健やかに。どうか、自由に、のびやかに。

あの稀有な骨格、重厚さと俊敏さが不思議と調和し、同居した体躯は、次代へと受け継がれていく。 数年後のパドック。新馬たちの列に、ひときわ大きな、場内をざわめかせるような馬が現れたなら、私たちはそこに、きっとあなたの面影を見るだろう。

重戦車のように力強く砂を駆けたあの日々を誇りに。 あなたの歩んだ規格外の軌跡は、これからもファンの心の中で、決して色褪せることはない。

行ってらっしゃい、ドンフランキー。 新しい地平へ。その重厚で、誇り高い歩みを止めることなく。

写真:水面、@pfmpspsm、すずメ

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