![[府中牝馬S]スマイルトゥモローやコスモネモシン…府中牝馬Sで先手を取り、ファンを沸かせた牝馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7056.jpeg)
2025年からは前年まで阪神競馬場で行われていたマーメイドSの条件を引き継ぎ、6月の牝馬限定ハンデ戦として開催されている府中牝馬S。
前年まで秋に行われていた同名のレースは、10月に同条件で「アイルランドトロフィー」として施行。かつての府中牝馬Sと同様、エリザベス女王杯やマイルCSへの前哨戦として開催される。そしてこのレースは過去に多くの名馬が出走し、制してきた舞台でもある。
しかし、東京競馬場の牝馬限定戦と言えば、「逃げ馬による波乱」を思い出す人も少なくないのではないだろうか。
そこで今回は府中牝馬Sで先手を取り、ファンを沸かせた5頭を取り上げる。
2003年 スマイルトゥモロー

当時の府中牝馬Sは秋華賞の裏開催。そのため、翌月に行われる牝馬の頂上決定戦に向けて、3歳と古馬の主役候補が同じ日に決まるという立ち位置のレースでもあった。
そしてこの年は、スマイルトゥモローとレディパステルという2頭のオークス馬が本番を前に激突。加えて彼女たち以外にもローズバドやオースミコスモなど、路線の主役の座を狙う実力馬たちが参戦しており、戦前からハイレベルな戦いが予想されていた。ただし、このレースには逃げ馬が不在。一体誰がこの好メンバーの集った一戦を引っ張るのか、というのも予想の際には焦点が集まっていただろう。
だが、実際のレース展開は我々の予想を大きく裏切るものとなる。これまでの戦いで1度も逃げた事のなかったスマイルトゥモローが、スタートからものすごい勢いで先頭に立っていったのだ。後続との差をみるみるうちに広げていった彼女が刻んだ前半600mのラップタイムは33.2秒で、その内訳は11.7-10.9-10.6。
これは1200mのG1でもなかなか見られない速い時計であるが、スマイルトゥモローはその勢いを全く落とさず1000m地点へ。そのタイムはなんと56秒3。過去に天皇賞・秋でサイレンススズカが記録した57秒4という時計からさらに1秒1も速いペースを刻んでいた。
そんなオーバーペースで進んだ彼女は、当然最終コーナーを曲がった段階で脚は上がっていたように見えた。だが、直線に向いても、道中でかなりの差をつけられていた後続はなかなか彼女に追いつけない。そして、200のハロン棒を通過してもまだ2番手とは5馬身ほどのリードをつけていたスマイルトゥモローの姿に、このまま残るのかと思わされたファンも少なくないだろう。
しかし、残り100mでようやく後続が殺到。中団にいたレディパステルが一気にスマイルトゥモローを捉え、さらに外からローズバドが彼女を急襲したところでゴールインとなった。出走メンバーの大半が上り33秒~34秒の脚を使う中、逃げたスマイルトゥモローのそれは38.4秒。最後は完全にバテバテだったが、それでも3着に残ったのはG1馬の意地だろう。
以降は引退まで3レースを走り、うち2レースで大逃げを見せたスマイルトゥモロー。残念ながら再度のG1制覇という夢は叶わなかったが、彼女がこの府中牝馬Sで見せた大逃げは、天性のスピード能力があったことを改めて示してくれたレースだった。
2010年 テイエムオーロラ
この時代は、まさに「女は強し」の世代であった。
2007年のダイワスカーレットとウオッカの活躍を皮切りに、ブエナビスタ、レッドディザイアが登場。それに続くかのようにアパパネがこの年の牝馬三冠を達成し、牡馬を相手に互角の戦いを繰り広げる牝馬たちが続々と現れていた。
そんな年の府中牝馬Sは、同日の京都で3歳女王となったアパパネに古馬からは誰が挑むのか、というのを決めるようなレースであった。それを証明するかのように、2年前のエリザベス女王杯馬リトルアマポーラや、前年の牝馬クラシックでブエナビスタらに肉薄したブロードストリートなどが参戦。さらに条件戦を勝ち上がってきたスマートシルエットやテイエムオーロラなどのニュースターもおり、見ごたえのあるレースになりそうな予感があった。
ゲートが開くと、テイエムオーロラがハナを主張する。当時、デビュー2年目だった国分恭介騎手は、条件戦から共に歩んできた相棒の力を信じ、実力馬たちを相手に迷うことなく先頭へ立っていった。パートナーの手綱に導かれてレースを作ったテイエムオーロラは、3ハロン目から徐々にペースを落としてゆったりした流れを作り、逃げながら脚を溜め込む。そして直線、これまで溜めた末脚を一気に解放。2段目のエンジンに火が点くと、坂の下で2番手以下を突き放して後続を封じ込め、人馬共に重賞初制覇を成し遂げた。
このレースで逃げたテイエムオーロラが刻んだラップは12.4 - 11.3 - 11.9 - 12.5 - 12.7 - 11.6 - 11.0 - 10.9 - 12.1。逃げながらにして、最後の600m区間で34秒台の上りを使っていることからも、彼女の実力が分かるのではないか。
加えて、彼女にとっては一旦息を入れたいタイミングにあるはずの3,4コーナーでブライティアパルスに外から捲られ、ペースを乱しかねない瞬間があった。
そんな瞬間でも自身の相棒を信じ、どっしり構えて動かなかった恭介騎手は、若手騎手らしからぬ強心臓が垣間見えたていた。
後年、同騎手がアフリカンゴールドで大穴を開けた時も、周りに惑わされずしっかりと緩いペースを刻めたために粘り切れた。そのセンスは、若手時代から鍛え磨かれていたのではないだろうか。
2013年 コスモネモシン
前年、府中牝馬SはG3からG2に昇格。より前哨戦としての重要度が増して2年目となるこの年は、ジェンティルドンナやヴィルシーナなど、時代の女王たちに挑戦状を叩きつける新星の誕生が期待されていた。
G1馬が3頭出走しながら、1~3番人気はG1未勝利。オッズも1番人気が3.6倍の混戦模様であったという事実が、それを物語っている。
そんな中、ゲートが開くと意外な馬が先頭を取る。前走の新潟記念を10番人気で制したコスモネモシンだ。鞍上はこの年の5月、マイネルホウオウで平地のG1初制覇を果たした柴田大知騎手。
彼は800m通過51.0秒というレース史上最も遅い流れを作り出し、コスモネモシンの脚をしっかり溜めながら逃げるという手に出た。これがキャリア初の逃げとなった彼女だが、折合いを欠くこともなく、単騎先頭で直線へ。坂の手前でこのペースを見抜き、早めに外から進出してきたホエールキャプチャには交わされたものの、ギリギリまでGOサインを待ったコスモネモシンは3番手以降の各馬には簡単に抜かされない。一気にギアを上げ、迫るドナウブルーやハナズゴールからの追撃を懸命に耐え抜いた。
だが、ゴール坂の手前で僅かに脚が鈍った彼女を、後続は逃さなかった。結局、ドナウブルーとスイートサルサには最後の最後僅かに交わされ、マイネイサベルとの4着同着に終わった。
だが、コスモネモシンという馬は非常に穴党にとって魅力的であった。彼女は通算で25回重賞に出走したが、そのなかで複勝圏に入ったのは9回、万馬券を演出したのは7回にものぼる。札幌記念で牡馬相手に4着となるなどの実績がありながらも、ムラ駆けする成績が嫌われて好走してもなかなか人気しない、穴党ファンにとっては魅力的な穴馬であった。
「女は強し」だったこの時代、牡馬相手に幾度も重賞で好走した彼女もまた、強い牝馬の1頭だったのは間違いないだろう。
2015年 ミナレット×ケイアイエレガント
2015年のヴィクトリアマイル波乱の立役者となったのがケイアイエレガントとミナレットである。
彼女たちはそれぞれ18頭立て12番人気と18番人気で2,3着に入線し、3連単の配当が2070万円となる大波乱の嵐を呼び起こした。
そんな2頭が、この年の府中牝馬Sに揃って出走。ヴィクトリアマイル以降、オープン特別において2回連続で着外となっていたミナレットは13番人気だったが、安田記念で5着となり、元々G3勝ちもあったケイアイエレガントは3番人気と上位人気の評価を受けていた。しかし、この2頭がまた後続を引っ張るならば、1800m戦となるここでも春の再現は十分にあるかもしれないと期待をしていたファンもいただろう。
だが、ゲートが開くとスタートを決めたケイアイエレガントとは逆に、ミナレットはやや出負けして中団からのスタートとなる。徐々に位置を上げ2番手に取りつきはしたが、ヴィクトリアマイルとは前2頭の位置取りが逆。そして春より1秒遅い35.3秒という600m通過で逃げ、脚を残すケイアイエレガントとは裏腹に、ミナレットは直線入り口で早くも手ごたえが怪しくなり、馬群に飲み込まれていった。
抜け出したケイアイエレガントも踏ん張りはしたが、残り100mで脚を溜めた後続が殺到。一気に後退して9着となった。そのコンマ9秒後、10馬身近く後ろでミナレットが最下位でゴールイン。春の再現とはならなかった。
だが、このレースで勝利したノボリディアーナは11番人気。2,3着馬は上位人気だったが、4着から6着までにはそれぞれ17,15,14番人気が2着馬とタイム差無しでひしめき合う大混戦となっており、ほんのわずかのズレで再び大波乱となる可能性は十分にあった。
そしてもし、2,3着と4,5着が逆転していた場合の3連単の配当は、なんと794万9370円。ヴィクトリアマイルには遠く及ばないものの、歴代4位の払い戻し金額にランクインするほどになっていたのである。やはり、この2頭が揃う時は波乱の雰囲気があったのかもしれない。
2017年 クロコスミア
この年の府中牝馬Sは、上位3頭がG1馬。さらに出走馬の多くは重賞で好走歴のある馬で、例年以上にエリザベス女王杯への重要な前哨戦であった。
中でも注目は、ここがドバイからの復帰初戦だったヴィブロス。ドバイターフでは外から一気に世界の強豪を差し切り、日本の牝馬としては初めてとなる同レース制覇を達成している。国内G1・2勝目に向けて、始動戦のここは注目の1戦だった。続く2番人気には春のヴィクトリアマイルを制したアドマイヤリードが続き、その後ろにエリザベス女王杯連覇を目指すクイーンズリング。この3頭に人気は集中していた。
ゲートが開くと、人気各馬が控えるのをよそに、外からクロコスミアが一気に先頭へ立つ。夏の函館をレコードで制した彼女であったが、鞍上の岩田康誠騎手は行かせ過ぎず、後続との差を一定に保ちながら逃げて行く。
800mを49秒5というかなりのスローペースで逃げた彼女は、直線に入っても追われぬまま、2番手以降との差を再度広げていく。そして人気3頭が内、外から追い出し始めるのを見るや、岩田騎手は相棒にGOサインを送った。
瞬間、ここまで脚を溜めながら逃げていたクロコスミアは一気に末脚を爆発させる。無理せずマイペースだったクロコスミアは200mを過ぎてもまだ粘り続け、追撃するヴィブロスに並ばせない。そしてそのまま、最後まで先頭を譲らぬままゴール。3強を撃退して、初の重賞タイトルを掴んだ。
結果的にこのレースがクロコスミアの最後の勝利となったが、同馬はこの後3年連続でエリザベス女王杯2着という珍記録を樹立することになる。
そして、牝馬限定戦のG1では【0-3-1-0】という、抜群の安定感を誇った同馬。逃げて最後まで懸命に粘り切るそのスタイルは、既にこの時点で完成されていたのかもしれない。

写真:Horse Memorys