2つの光の「あわい」で静かに輝く。「地上絵」を描き続けた孤高の旅人、ジオグリフ

イクイノックスとドウデュース。

日本競馬史が到達した一つの頂点とも言える同世代の2つの光は、互いを照らし、屈指の眩い輝きでターフを照らした。この時代を鮮やかに彩った両雄の強さとドラマは、きっとこの先も長く記憶される。

その蹄跡を辿ると、ふと、光の陰陽が変わる瞬間がある。鮮烈な二つの光の「あわい」で静かに輝きを放つ、一つの名。

その名はジオグリフ。

明るい栗毛に端正な流星を乗せた彼は、クラシック第一冠・皐月賞の大舞台でこの2頭を完封した。そしてその後も、最強のライバルたちの影に溶けそうになりながら、彼は懸命に駆け続けた。

脇役としてではなく、まるで、自らの誇りを守るためかのように。その不屈の歩みこそが、この世代の物語に深みを与えた。


社台が築き上げたグレートターフの牝系。ガーサントからノーザンテースト、サンデーサイレンス、そしてキングカメハメハと交配されてきた大きな血統の幹。積み上げられた堅実な血筋の結晶に、米国のチャンピオンスプリンター・ドレフォンが配された。その血統表が刻まれた馬は、曾祖母アンデスレディー、祖母ナスカへと続く流れから「ジオグリフ=Geoglyph(地上絵)」と名づけられた。

デビューの瞬間から、彼の強さは鮮明だった。

6月の新馬戦で見せた破格の勝ちっぷり。のちの菊花賞馬アスクビクターモアをまるで寄せつけない圧倒の勝利に、世代の主役となりうる予兆を帯びていた。

札幌2歳ステークスを完勝して早々に重賞ウイナーに。朝日杯フューチュリティステークスではドウデュース、共同通信杯ではダノンベルーガに惜敗したけれど、いずれも負けて強しの内容。上位の一角に、確かに彼の名は連なっていた。

そして、皐月賞。

福永祐一騎手の冷静なエスコートに従い、ジオグリフは好位で息をひそめ、中山のトリッキーなコーナーをロスなく立ち回る。

迎えた直線。福永騎手のステッキに応え、栗毛の馬体が深く沈む。次の瞬間、彼はほとばしるような輝きを見せた。

前を行くアスクビクターモアを捉え、内から強襲するダノンベルーガを振り切る。そして──後に日本の頂点に立つイクイノックスをねじ伏せ、迫るドウデュースを寄せつけず、堂々とゴールを駆け抜けた。

あの一瞬は、彼のキャリアの最も『鮮やかな光』だったのだろう。ただまっすぐに、ジオグリフは自身の強さを証明した。


だからこそ、その後の競走生活が思い通りにいかなかったことはどこかもどかしく思えた。イクイノックスが世界の強豪を一蹴した日、復活を遂げたドウデュースが規格外の末脚を放った日……。ライバル二頭が強烈な光を放つたび、ジオグリフの名はどこか淡くにじんで見えた。

――イクイノックスとドウデュースを下した馬。

あの日、名だたる才能をひとつずつ飲み込み、世界の頂点に立つ馬さえ、彼の影を追うしかなかった。その看板にふさわしいタイトルを求め、彼は駆け続けた。

再び勝利を重ねられなかったけれど、世界を旅しながら模索の日々を過ごしたことは、挑戦をやめなかった証だった。香港、サウジアラビア、UAE、アメリカ、オーストラリア。彼が旅した国は五つ。芝もダートも、マイルも中距離も、あらゆる舞台を探り続け、時には盛岡で活路を見いだそうとした。

選んでいるのか、選ばれているのか。それとも、選ばれなかったのか。

その旅路はクラシック勝ち馬としては異例にも思えた。なんでもできる馬だからこそ、彼自身も、周囲も、手探りで正解を探していた。海を渡り、気候を変え、砂の匂いを吸い、芝の柔らかさを確かめ、それでもなお、新しい扉を探していた。どこかに、ジオグリフだけの答えが隠れているのではないかと。どこかに、自分だけにしか描けない「地上絵」の続きがあると信じて。

サウジカップ4着、BCマイル5着は、紛れもない地力の証明だった。そしてG2に戻れば、中山記念3着、札幌記念2着と、鋭い気迫を示し続けた。一線級で戦い続けた馬の矜持は、最後まで揺らがなかった。

2025年。6歳の春に異国の地で負った脚部の故障。

あの知らせが届いた瞬間、彼の旅路が静かに幕を下ろすことを、ただ受け入れるしかなかった。

いちど一番高い景色を知ってしまったからこそ、彼のキャリアに「物足りなさ」が重なることもある。それは失望ではなく、「もう一度輝いてほしかった」という、どうしようもない願いの裏返しだ。

イクイノックスを負かした馬だから。

ドウデュースを退けた馬だから。

最強の二頭をかつて凌駕し、その後は誰よりも遠くへ旅をした。そのあまりに稀有な馬生そのものが、一つの作品だった。


物語はまだ終わらない。 同期から少し遅れて、彼は種牡馬としてその血を次代へ繋ぐ切符を手にした。

同期の菊花賞馬・アスクビクターモアは志半ばに斃れ、仔を残すことが叶わなかった。そんな悲劇と隣り合わせだからこそ、ジオグリフの物語が未来へ受け継がれていくことは、どれほど尊いことだろう。彼の「地上絵」は未来のターフへと描き足されていく。

いつかまた、見せて欲しい。

春の光を受けて輝く、あの明るい栗毛を。

父に似た、溌溂とした姿の仔を。

静かに湧き上がる次の生命の気配が、彼の物語を新しい季節へ運んでいくはずだ。もしかしたらその先に、イクイノックスやドウデュースの血と再び相まみえる日が来るかもしれない。

大地に描かれた地上絵は、空から見下ろして初めてその全容がわかるという。 ジオグリフという馬が描いた旅路の全容が、真の美しさを持って立ち現れるのは、きっとこれから始まる新しい季節の中にある。

その線の先に、次の光が灯る日を信じながら…静かなエールを込めて、その未来を見つめ続けたい。

写真:@pfmpspsm

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