[連載・馬主は語る]腹貸し(シーズン3-17)

「不受胎馬検査はどうしますか?」とも聞かれました。毎年、繁殖シーズンが終わった時期に、軽種馬農協にて不受胎に終わった繁殖牝馬を対象に検査が行われます。費用は2万円ぐらい。碧雲牧場では今まで不受胎馬検査をしたことがないそうで、詳しいことはかつて軽種馬農協に獣医師として勤めていた下村獣医師ことシモジュウに聞いてみたらどうですかと提案されたので、さっそく連絡を取ってみました。シモジュウがいた頃は毎年、100頭から200頭ぐらいの日高地方の繁殖牝馬を検査していたそうです。エコーを使って子宮内の状態を見てみたり、子宮の組織を取り出して調べてみたりと、細かく検査することができるようです。子宮内の炎症や働きの問題であったり、精子と卵子が出会う卵管が詰まっているなど、不受胎にも様々な理由が考えられます。もし原因が分かるようであれば、それに応じて手を施すことができるかもしれません。理由によっては、アスタキサンチンを投与する方法は意味をなさない可能性だってあります。これが数十万もかかると悩みますが、2万円ぐらいの費用であれば検査してみる価値はありそうです。

最初の電話の切り際に、不受胎馬検査とは別に、慈さんがフッと興味深い話を持ち出しました

「他の牧場の知り合いのオーナーから、ダートムーアの腹貸しの話が来ましたが、治郎丸さんしませんよね? そんな気はないと思いますよと言っておきましたが、念のため確認しようと思いまして」

「腹貸し? 何ですかそれは?」

「その年だけ他の人が繁殖牝馬のお腹を貸して、種付けをして、仔が生まれたらその人のものになるというのが腹貸しです。その間の預託料や種付け料は向こう持ちで、牡馬が取れたら500万円で牝馬だったら300万円といった感じで支払ってもらうのが相場だと思います。うちはやったことがないので詳しくは分からないのですけどね…」

何となく話が飲み込めてきました。最初は、お前の女房を俺に貸して、子どもを産ませろと言われているぐらい乱暴な話に聞こえましたが(笑)、冷静に考えてみるとそうではないようです。それでも話全体を理解した上で、300万円から500万円であれば、金銭的なメリットはあまりないなと感じました。生まれてくれば確実に収入になるのはたしかですし、その間の経費もかからないのでリスクはほとんどありませんが、ダートムーアの仔であれば種付け料や預託費、コンサイナー代を差し引いたとしても、それ以上の利益が出る可能性はあります。

たとえば、ホッコータルマエを配合し(種付け料300万円)、預託料(年間約200万円)とコンサイナー代(馬売却代金の約5%)がかかるとしても、1100万円以上の値をつければ上回ります。ひいき目もあると思いますが、ダートムーアはダイナカール一族であり、UAEダービー3着馬フラムドパシオンを全兄に持ち、自身もエンプレス杯3着を含む4勝を挙げた牝馬ですから、繁殖牝馬としての筋は通っています。ある程度の種牡馬を配合して牡馬に出れば、セレクションセールに上場し、数千万に跳ねる可能性を秘めているのです。確実な収入になるという意味では、僕が牧場経営者であれば悪くない話かもしれませんが、2頭しか繁殖牝馬を持っていない身としては、そこまでして安定した収入を取りに行く必要はありません。

何よりも、ダートムーアは2008年生まれの現在16歳と高齢の域に入ってきていますから、あと何頭の産駒を産んでくれるか分かりません。2023年生まれのニューイヤーズデイ産駒は牝馬なので跡継ぎを残そうと思えば残せますが、ダートムーアの仔は残りわずかでしょう。ダートムーアがまだ10歳前後であれば、1年ぐらいであれば空胎になったと思って腹貸ししても構いませんが、16歳になった今の1年の重みは違います。僕自身、確実な収入を得るためにダートムーアを手に入れたわけではなく、もともとは碧雲牧場からダービー馬を出したいと思ってのことです。チャンスは残り少ないのです。

と言いつつも、ダートムーアのことを知ってくれていて、オファーを出してくださったことは素直に嬉しく思います。日高地方にごまんといる繁殖牝馬の中で、碧雲牧場のダートムーアに目をつけてくれたことは驚きです。ダイナカール一族の血を引く血統背景や競走実績に魅力を感じてくれたのでしょうか。

よくよく考えてみると、腹貸しにもメリットがあります。それは僕には種付けできないような種牡馬を配合してくれた場合、その馬が走ってくれたら、生産牧場である碧雲牧場の名はもちろん、母であるダートムーアの価値も高まるのです。たとえば、キタサンブラックやモーリス、サートゥルナーリアなどは、ダートムーアに合う種牡馬だと考えているのですが、さすがに僕の予算では難しいというか大冒険になります。それぐらいの種牡馬を配合してくれるのであれば、喜んで腹貸ししても良いかもしれません。逆に言うと、ホッコータルマエやルヴァンスレーヴといった、僕がつけようと考えている種牡馬であれば、僕が生産した馬が生まれたらその馬を買ってくださいという話になりますよね。

もしかすると、ダイナカールの牝馬クロスを考えているのかもと想像しました。先日、ジュンライトボルトの引退、種牡馬入りが発表され、架空血統表にジュンライトボルト×ダートムーアを入れてみると、カーリーパッション≒エアグルーヴの2×4という同血クロスかつフレンチデピュティの3×4というインクロスが成立していました。このような思い切った配合は、心に遊びがなければできませんので、腹を借りてやってみるのはありですよね。

いずれにしても、話を聞いてみても良いかもと思い始めました。話を聞いて、それから丁重にお断りをすれば良いのです。

(次回へ続く→)

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