[連載・馬主は語る]母と娘は似ている(シーズン3-26)

岩手の永田調教師から電話がかかってきました。エコロテッチャンの引退の話だなとピンと来て、受話ボタンを押しました。実は少し前に上手獣医師からも相談の連絡があり、テッチャンを繁殖入りさせる予定だったけれど、行き先の牧場が一杯でもう1年待ってくれと言われたとのこと。競走馬として良くなってきたテッチャンに対し、永田調教師も上手獣医師も少しだけ未練があるのかなと感じていましたので、それならばもう1年頑張ってもらうのも悪くないのでは、ということで話はまとまっていました。

客観的に見ると、このまま現役を1年続けるよりも、子どもを1頭多く産んだ方がテッチャンにとって良いはずです。もしテッチャンが走る気を失ってしまい、ピークを過ぎて、馬体もボロボロであれば、間違いなく繁殖入り一択。ただ今回は、どちらかというと馬は良くなっていて、テッチャンに辛い想いをさせるわけではないため、僕たちの心は揺れるのです。しかも牧場の空きがないとなればなおさら。テッチャンが永田調教師と上手獣医師ともう1年一緒にいられると思えば悪い話ではありません。もしかすると来年度こそは、果たせなかった口取りを皆でできるかもしれないのです。

そんな話を永田調教師ともしました。永田調教師としては、現役を続行することでオーナーにも負担をかけてしまうかもしれないという気持ちが強いようでした。エコロテッチャンはダートでは走りません。岩手競馬の約半分を占める水沢開催のレースでは、勝負にならないということです。盛岡開催においても、今年のように芝のレースが中止になってしまうと目も当てられません。しかもテッチャンは牝馬らしく、冬になると調子を落とし、春先のフケの時期は走る気が薄れてしまいます。繁殖シーズンが終わる6月頃から調子を上げ始め、10月ぐらいがピークになります。つまり、6月~11月の間の芝のレース以外は全く走らないのです。それは関係者の努力ではどうにもならない、馬の特性であり、生理的な周期の問題なのです。そんなピンポイントの条件とタイミングの中で、1年分の預託料を稼ぐのは難しいと言わざるを得ません。

「それでも…、もう1年走らせるのであれば、今年以上のところを狙わなければですね」と永田調教師と気持ちを揃えました。昨年はダートの重賞にしか出走できず、今年は芝の重賞がまさかのダート変更になってしまいました。同じことを繰り返しても仕方ないので、来年度の目標は芝の重賞に出走すること。そして、勝つことです。持ちタイムだけを見ると、テッチャンは岩手競馬の芝の重賞クラスでも勝ち負けになる可能性は十分にありますので、まずは出走できて、自分の形に持ち込むことができれば最高です。あわよくば、重賞タイトルという箔をつけて繁殖入りできると、1年待った甲斐もあるということですね。

一方、エクワインベットオーナーズに拾ってもらったカズヤラヴの22は10月初旬から育成牧場に移動し、鞍付けが始まりました。初めての環境では周りを見ながら行動する慎重なタイプですが、慣れると問題はないそうです。11月末には、上手獣医師自らが跨ってくれる力の入れよう。「坂路2本で20-20、18-18と走れています。物見をしないように集中力があり、周りの馬を気にしないのも安心感につながっている。さらにスピード感がある。比較的大きなフットワークの走り、調教後の息の入りも良好、先頭でも歩けているのは心強いです」と嬉しいコメントがありました。

12月初旬には16秒まで進み、最も育成が進んでいるパートナーと併せ馬をしても、手応えや息遣いで上回っています。走る気持ちもあり、ストライド走法なので意外と距離ももちそうとのこと。順調に行っていることは何よりですし、大狩部牧場の下村社長からのつながりで上手獣医師に買ってもらった馬ですから、良い馬であるとの知らせは、出資者としての立場以上に嬉しい気持ちになります。

とはいえ、あまり良いことばかり報告を受けると、かえって心配になってしまう天邪鬼な自分もいて、母カズヤラヴのことを調べてみました。娘が連れてきた相手が結婚するに相応しい男かどうか、向こうの家柄を調べてしまう親父の心境に似たものがあります(笑)。母カズヤラヴは、2019年5月の北海道トレーニングセールにて864万円で購入されていました。その母リビングデイライツは中央で5勝した馬ですし、公開調教でも2ハロン21秒59(1ハロン10秒47)という速い時計を持ったままで出し、しかも500kgの馬体を誇っていましたので、当然それぐらいの値段はつきそうです。父がストロングリターンではなく他の人気種牡馬であれば、価格はさらに跳ね上がったかもしれませんね。

トレーニングセールからわずか3か月後の2019年8月、デビュー戦を園田競馬場で迎え、1.2倍の圧倒的な人気に推され、2着馬を大差ぶっちぎる走りを見せて圧勝しました。この時点で、どれだけの大物になるだろうかと関係者は期待したと思います。ところが、次走で園田プリンセスカップ(GDJ)に挑戦し、3番人気の評価を受けたものの、1番枠からスタートで後手を踏み、砂を被ると嫌がる素振りを見せ、ズルズルと下がり、そのまま良いところなく最下位に敗れてしまいました。

その後も逃げられずに凡走を重ね、門別競馬場に移籍して1勝したのみで、10戦のキャリアにて3歳で引退しました。実際のところは関係者に聞いてみないと分からないのですが、戦績やレース振りから想像するに、砂を被ることを極端に嫌がる馬であったことは確かです。また、2戦目の大敗後の立て直しが難しかったのは、もしかするとトレーニングセールに向けて馬をつくりすぎていたのかもしれません。そのあたりがトレーニングセールの難しいところです。馬を売る側と買う側の利益が相反するのです。生産者たちは1円でも高く売るために、1秒でも速いタイムを出そうと馬を仕上げるため、下手をするとトレーニングセールがピークの出来なんていう馬もいるのではないでしょうか。

その馬の将来のことを考えると、成長曲線に合わせて長い目で馬をつくっていくべきですが、目の前の売り上げを優先してしまう気持ちは分からなくありません。それは小学受験や中学受験に似たものがあるのではないでしょうか。幸い僕は物心つくのが遅すぎて難を逃れましたが、遊びたい気持ちに溢れている子どもを無理に誘導して詰め込み学習をさせ、たとえ良い学校に行けたとしても、子どもの心と身体の健康を害してしまったり、その後、学ぶ意欲を失ってしまったなんて例は僕の周りでもたくさんあります。話を戻すと、カズヤラヴはトレーニングセールの時点であれだけ動けたということは、おそらくかなり気の良いタイプで、人間の思っている以上に肉体的にも精神的にも早く仕上がってしまい、その分、成長の余地を失ってしまったというか、落ち込みも激しかったということではないでしょうか。

その点、カズヤラヴの22はトレーニングセールに向けて馬をつくる必要がなく、母よりも長い目で見て進めることができるのは何よりです。母のウィークポイントであった砂を被ると嫌がる面も、そうだと分かっていれば、育成の時期から少しずつ慣らしていくこともできるはずです。意外とこの母と娘は似ているのではというのが僕の見立てです。父アメリカンペイトリオットよりも、母カズヤラヴの長所も短所も強く受け継いでいる気がします。それは気性や馬体を見てのことです。もちろん、母と娘は違う馬ですから、母に当てはまったことが娘にもそうなるとは限らないのですが、母と同じところをミスしないように携わることは間違っていないと思います。育成の段階でそこまで分かって育成しているかどうかは、その馬の将来を大きく変えるのはないでしょうか。上手獣医師にもそれとなく伝えてみたいと思います。

(次回へ続く→)

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