[連載・馬主は語る]繁殖牝馬を選ぶときに大切な3つのポイント(シーズン1-25)

いざ繁殖牝馬を買うとなると、僕にとっても初めての経験であり、繫殖牝馬を選ぶ基準が分かりません。血統の良い繫殖牝馬が良いのか、それとも馬体の良さを最優先するべきなのか、はたまたそれ以外に大事な要素があるのでしょうか。

下村獣医に聞いてみると、「繁殖牝馬を選ぶときに大切なポイントは、胸の深さとトモの実の入り、そして顔つきです」とすぐに答えが返ってきました。それは獣医師として、馬の出産に立ち会い、多くの馬の成長を見守ってきたからこその確固たる答えなのだとすぐに分かりました。もちろん血統が良いことに越したことはないけれど、生物学的な観点で考えたときに、お母さんの肉体的特性が重要であることは間違いありません。

セリ名簿を片手に、僕は繁殖牝馬の馬体を調べ始めました。今は便利な時代で、繫殖牝馬の名前をネット上に打ち込むだけで、現役時代の成績から馬体重、そして馬体の写真が出てきます。レース写真やパドックでの写真は当然のことながら、クラブ馬であれば募集カタログの写真から募集見学ツアーにおける1歳時の写真まで見ることができます。そうして繫殖牝馬の馬体をチェックしていくと、意外にも繫殖牝馬セールに出てくる馬たちは馬体の出来に大きな差があることが分かってきました。

というよりは、胸が深くて、トモにきっちりと実が入っているような、恵まれた体躯を誇っていた繫殖牝馬の方が少ないのです。ほとんどの繫殖牝馬たちは、たとえ血統は良かったとしても、馬体が貧弱であり競走馬としても繫殖牝馬としても難しそうだとノーザンファームから見切りをつけられ、放出されてしまった馬たち。たとえ牝馬自身は競走馬として成功できなかったけれど、繁殖牝馬としては逆転できる可能性があると考えていた僕の幻想が少しずつ崩れていきました。

胸が深くて、トモにしっかり実が入っている、つまり雄大な馬格を誇っているという観点でチェックしていくと、もうひとつの真実にも気づかされました。それは雄大な馬格を誇っている牝馬は、最終的には多くのレースを走ることができ、その中で何勝かを挙げることができているという事実です。雄大な馬格と馬体重の大きさはイコールではありませんが、ニアリーイコールの関係にはあります。馬体重は分かりやすい指標であり、400kg~430kgぐらいの馬体重で走っている牝馬は、どこかしら貧弱であり、胸も浅く、トモの実の入りも物足りないのです。馬体重が少なくても、胸が深くてトモの実の入りが良い馬もいるかもと探しましたが皆無でした。逆に馬体重が重ければそれで良いということではなく、500kg近いような馬体重の馬でも胸が浅く、トモの実の入りが物足りない馬もいます。

僕の感覚で言うと、胸が深くて、トモにもしっかりと実が入っていて、強い体躯を持っている牝馬はやはり450kg~500kgあたりの馬体重でレースをすることができています。調教で厳しい負荷をかけても、肉体が丈夫だから、飼い葉食いも落ちず、馬体重も極端に減らないのでしょう。そじて、レースも数を使うことができるので、そのうち能力があれば勝つチャンスも回ってくるということです。体躯の良さ(強さ)とある程度の馬体重の大きさと(10戦以上走って2,3勝している)戦績はかなり密接にリンクしていて、そのような牝馬こそが下村獣医の言う良い繁殖牝馬ということなのでしょう。

上場される予定の70頭の繫殖牝馬の中から、何頭かに絞り込んでいきました。この時点では、販売希望価格も出ていませんでしたので、買えるかどうかを考慮することなく、ただ単に買えたら嬉しい繫殖牝馬をピックアップしていったのです。絞り込んではもう一度精査して何頭か増やし、また絞り込んでという作業の繰り返し。

10月26日(火)の繫殖牝馬セールが近づくにつれ、僕がセリ名簿を手に取る頻度は増し、1週間前になると時間さえあればスマホで繫殖牝馬一覧を眺めていました。穴が開くほど読むという表現がありますが、それは大げさにしても、これほどまでに同じ本を何度も見返したのは、小学生の頃の「プロ野球選手年鑑」や「タッチ」ぐらいではないでしょうか。あの頃はスマホもなく、大好きな本や漫画を何度も繰り返し読んでいましたね。そう、僕は繫殖牝馬選びに夢中になっていたのです。

そんな僕にプレッシャーがかかり始めたのは、販売希望価格がノーザンファーム繁殖牝馬セールのホームページに記載されるようになり、また過去2年ぐらいの実際のセリの映像をYouTubeで観たときからでした。販売希望価格とは販売者がこれ以上の金額で売りたいという底値であり、100万円から1200万円まで様々でした。

繫殖牝馬セールには、お腹にすでに子どもを宿している受胎馬だけではなく、現役を引退したばかりでお腹に子どもを宿しておらず、これから繫殖牝馬となる未供用の馬の2種類がいます。受胎している馬の場合は、種付け料や来年の春には産駒が生まれるという効率の良さも踏まえて、未供用の馬たちに比べると販売希望価格が高いです。もう最初から、僕には買えないような価格の馬もゴロゴロいるのです。それに対して、未供用の馬たちは基本的に100万円から300万円スタートとなります。あくまでもスタートであって、たとえ未供用の馬であっても、血統が良ければあっという間に数千万円に高騰していきます。

さらに過去のノーザンファーム繫殖牝馬セールの映像を見返してみると、100万円単位で、あっという間に価格が上がっていくのをリアルに体験できます。自分がこの場にいて競られたら、秒殺されてしまうだろうと思わせられるシーンばかりを見せつけられると、もしかすると僕は場違いな場に行くことになるのではないか、結局何も買えずに旅費だけ払ってすごすごと帰ってくることになるのではないかと不安がよぎります。そもそも、生まれてから100万円単位で値が動く買い物などしたことがありませんし、最も大きな買い物になるかもしれません。本番が近づくにつれて、本気で手に入れたいと思うからこそ、怖さを感じるようになってきたのです。

(次回に続く→)

あなたにおすすめの記事