[連載・馬主は語る]サラブレッドオークション事務局からの号外(シーズン1-33)

僕がダートムーアの花婿選びに空想を膨らませていると、サラブレッドオークション事務局から号外のメールが届きました。サラオクのアカウントをつくっていると届くみたいですね。タイトルは「岩手競馬所属の即戦力3歳牡馬キーチャンス号が出品されます!」。どこかで聞いたことのある馬名だと思い、調べてみると、何となんと永田厩舎の管理馬ではないですか!岩手の永田厩舎に自分の馬を預かってもらいたいと願っていた僕にとっても、降って湧いたようなチャンスです。

しかもキーチャンスは走る馬であり、以前にインタビューさせていただいた岡田牧雄さんがおっしゃっていたように、出がらしの馬や即戦力として走る馬だけではなく、今後の伸び代が期待でき、より高い舞台を目指す一流馬をトレードするための出品です。その分、馬の値段が上がってしまうことは否めませんが、夢がありますね。人が手がけた馬を値踏みするつもりはありませんが、ノーザンファーム繫殖牝馬セールで予算を超える買い物をした直後の懐事情を鑑みて、上限300万円までならば夢を見たいと心に決めました。

サラブレッドオークション当日は、いたって普通に始まりました。朝起きて、午前中は仕事をして、午後から人と会う予定が数件ありました。午前中の仕事の合間に、サラブレッドオークションのホームページをチェックすると、キッカリ10時に各馬の商品ページの情報が更新されていました。キーチャンスの紹介文には、「極端な荒れ馬場やスローペースを除けば岩手の3歳芝戦線で最強馬と言っても過言ではありません」、「ダートでも南関東B3クラスを十分に勝てる力の証明になったのではないでしょうか」、「3歳と若く今まさに力を付けている段階で、今後の伸び代にも期待できることから、幅広い関係者からの入札をお願いします」と買い手の購買意欲をそそるキーワードが満載です。

なおかつ、「このタイミングでの売却は後ろ髪を引かれる思いですが、本馬が活躍する舞台が広がるための決断だと理解し、スタッフ一同さらなる活躍を願っております。もし、来シーズンになって盛岡芝戦線をお考えになる場合は、是非ともお声掛け下さい」と記されていて、「はい、はい、僕です!声掛けたいです!」と思わず手を挙げたくなりました。

ランチをしながら再びホームページを見てみると、お題というかスタートの価格が200万円からと表示されています。オークションは12時から始まっているにもかかわらず、まだ入札は1件もなく、もちろん価格も200万円から動いていません。上手く行けば、200万円でキーチャンスを手に入れることができるかもしれない。そんな期待が高まった瞬間でした。このまま誰も入札することなく、最後まで行ってくれと願いつつ、ひとまずノートパソコンを閉じました。

人と会い、その後、事務所に戻って仕事を片付けると、時計の針は18時を大きく回っていました。さすがにサラブレッドオークションの動向が気になり、チェックしてみると、いまだにキーチャンスには入札履歴がなく、時が止まっていたかのように、価格も200万円からピクリとも動いていません。もしかすると、こんなに走る馬をオークションに出すなんておかしい、きっと何かあると疑って手を挙げにくいのではと想像しつつ、このまま行ってくれたらという希望はさらに強まります。急いで自転車に乗って、帰り道でケバブ丼を買って、自宅に帰りました。

家に帰ると、今年中学3年生になる息子が珍しく勉強していました。買ってきたケバブ丼を一緒に食べていると、「明日期末テストなんだけど、何か問題を出してくれない?」と言ってきました。「おいおい、普段はパソコンでゲームばかりして、勉強すらしていないし、問題を出してなんて絶対に言ってこないのに、なんでキーチャンスのオークションが行われている大事な今日に限ってそんなこと言ってくるんだよ!」と言いたいところですが、心の中にぐっととどめ、「いいよ、何の科目なの?」と返しました。「理科と技術家庭と音楽」と息子は答えながら、緑色のマーカーで重要な箇所が塗りつぶされたプリントの束を渡してきました。「うん?ここから全部問題を出していたら日が暮れるぞ。キーチャンスが落札できなかったらどうするんだよ!」などと息子に言っても仕方ないので、「オッケー!」と父親らしく答えました。

オークションの入札は21時30分が終了時間であり、予算は300万円と決まっているので、焦っても仕方ないと腹を括り、息子の勉強に付き合うことにしました。理科は化学式の分野が範囲の中心となっており、「カリウムは?」「K!」、「Beは?」「ベリリウム!」などと一問一答を繰り返します。元素記号だけでなく、化学式やその意味も、思いのほか息子はしっかりと覚えていて、さすが僕の息子だけあって優秀だなと思いました(笑)。音楽は弦楽器や管楽器などそれぞれの楽器を覚えたり、「終止感」だのなんだの、技術家庭にいたっては聞いたことのない言葉が出てきて、「お父さんが中学生の頃はこんなこと教えてもらってないな」などと言い訳する始末です。そんなこんなで一緒に勉強していると、あっという間に1時間以上が経っていました。

ようやく父親業を終え、納得した息子を自分の部屋へと送り返し、時計を見ると、21時が近づいてきました。恐る恐るホームページを見てみると、入札が入っているではないですか。いよいよ開戦ムードが漂ってきました。残り1時間を切ったところから、道中でじっと我慢していた各馬が仕掛けてきたようです。

実はこの日のオークションに臨むまで、サラブレッドオークションの細かいルールを把握できていませんでした。Q&Aや規約にはざっと目を通してはいましたが、自分ごとにならないと僕の脳はフル稼働しないようで、何となくしかイメージできていなかったのです。いざ最後の直線に向いて、改めてルールや仕組みを熟読してみると、いくつかの疑問点が湧きあがってきました。

そのひとつが自動入札です。忙しくて、オークションが終わるまで付き合っていられない人のために設けられたのでしょうが、上限を設定しておくと自動的に入札してくれる仕組みです。最初に自動入札について読んだときは、上限を入れておくと、落札したときにはその金額で買うことになるのだと僕は誤解していました。

たとえば、今回、キーチャンスに300万円という上限を設けて自動入札にしておくと、途中は勝手に1万円単位で競ってくれて、たとえ300万円以下で落札されても300万円を払わなければならないのだと考えていたのです。よく考えるとおかしい話ですが、そうではなく自動入札は1万円で入札してくれて、あらかじめ設定した価格以下で落とせた場合はその価格が落札額となります。ただし、設定していた額を超えた場合はそれ以上競ることはしないので自動的に終了となります。予算を超えて、もう少し頑張ってみようとは思ってくれません。予算が決まっている人にとっては、熱くならずに済む仕組みです。

しばらくセリの動きを観察していると、不思議な現象をみつけました。現時点で3名の入札履歴がありますが、なぜか19:55という最も早い時間に入札したモコモコ5906さんの入札価格がいちばん高く、後から入札した利1010さんとツインダックスさんの方が入札価格が低いことになっています。低い入札価格で入札することはできませんので、おそらくモコモコ5906さんは自動入札をしていることになります。利1010さんとツインダックスさんが競ってきたので、自動的に1万円高い222万円で入札したのです。

もう1名、新規の入札者が現れました。スイング4324さんが223万円で入札しましたが、またもやモコモコ5906さんの自動入札に弾き返されてしまいます。そうこう様子見をしているうちに、オークション終了まで残り20分を切ってきました。今の小競り合いの状況を見る限り、最後の最後に300万近い入札価格を挙げれば落札できるかもしれないと考えましたが、なにせ初めてサラブレッドオークションに参加しているものですから、万が一、肝心なところで、手違いで入札できなかったなんてことになれば目も当てられません。一度はどこかで入札自体ができるのかどうかを確認しておく必要があります。

僕の作戦は、一度、入札できたらラッキーというぐらいの気持ちで入札できるかどうかの動作を確認し、落札できなかった場合(その可能性は高いのですが)、最後に300万円で落札しようというものです。あまり細々と動くのではなく、計2手で仕留めようと考えました。第1手をどのタイミングでいくらにするかを考えたとき、自動入札にしているモコモコ5906さんの上限がいくらなのかを見極めることが大事だと思いました。おそらくキリの良い入札価格を上限にしているはずで、これまでの動きから250万円と僕は読みました。ということは、251万円で僕が入札することで、この勝負は決着する可能性があると考え、251と数字を入れ、「入札する」という赤いボタンを押そうとしました。まるで国の大統領が核兵器の発射ボタンを押すぐらいの気持ちです。

(次回に続く→)

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