[連載・馬主は語る]蹄の大きさ(シーズン2-33)

碧雲牧場の慈さんとスパツィアーレについて話をしているとき、彼がポロっと「スパツィアーレは蹄が大きいのですよね」と漏らしました。僕はスパツィアーレの馬体や顔つきは良く見て購入したつもりでしたが、蹄に関してはそこまでチェックしていないというか、盲点になっていました。慈さんは毎日スパツィアーレを世話してくれるときに細部まで見てくれているからこそ、また彼の経験と照らし合わせたり、他の繁殖牝馬たちと比べてみることができるからこそ、スパツィアーレの蹄の大きさに気づいたのでしょう。

碧雲牧場では社台ファームなどからオープン馬や重賞を勝ったような繁殖牝馬を一時的に預かることがありますが、そうした馬たちは総じて蹄が小さいそうです。長谷川さんいわく、「ほら、ディープインパクトって蹄が小さくて薄くて、装蹄が大変だったというじゃないですか。なぜ蹄が小さい方が良いのかと聞かれると説明は難しいのですが、着地面(蹄)が大きいと力が分散してしまうのに対し、着地面が小さい方が、力が逃げずにキック力に変わるからですかね」と教えてくれました。

そう言われてみると、ある生産者から話を聞いたとき、蹄の大きさについて言及されていたのを思い出しました。その人はたしか、「後ろ後肢の蹄が大きい馬は走らない」と語っていたはずです。普通の馬は前肢と後肢の蹄の大きさは違って、前肢の方が大きく、後肢の方が小さいものですが、ごくまれに後肢の蹄が前肢のそれと同じぐらい大きな馬がいるそうです。蹄だけを見ると、どちらが前肢か後ろ肢か見分けがつかないほど。競走馬は後肢の蹄が尖がっていて、小さい方がスピードに乗りやすいので、後ろ肢の蹄が大きすぎる馬は避けたほうが良いというアドバイスでした。

母馬の蹄は子どもに遺伝するという話もどこかで聞いたことがあります。母馬の蹄の形が悪かったり質が弱かったりすると、それは子どもにも出てしまって苦労するということです。蹄の形が遺伝しやすいとすれば、大きさも同じはずであり、スパツィアーレの蹄が大きいとすれば、産駒の蹄も大きく出てしまい、つまり走らないということにつながるのではないでしょうか。初仔のグシチャンノソラが新馬戦で3着して喜んでいたら、スパツィアーレの蹄問題が発覚し、一転して僕は奈落の底に突き落とされてしまいました。これも生産者あるあるなのでしょうか(笑)。

拙著「馬体は語る」において、蹄についても言及しています。僕の書いた本なので、遠慮なく引用させていただきます。

蹄の大きさは、その馬の馬体の大きさとつり合いが取れていれば問題ありません。馬体が大きいのに蹄が極端に小さい馬は競走馬として相応しくありませんが(その逆も然り)、そのような馬はほとんどいません。それよりも大切なのは、蹄の薄さと形状です。 

蹄の薄さについては、走る馬ほど薄いとされています。皮膚が薄い馬の方が身体に柔軟性と伸びがあって走る、というのと同じ理由ですね。日本競馬史上最強馬であり、その産駒も日本の競馬だけではなく、この先、世界の競馬をも席巻しようとしているディープインパクトの蹄壁は0.5センチぐらいで、普通の馬の半分も厚みがなかったそうです。牧場時代にはいつも蹄から血を流して走り回っていたという逸話もあるぐらいです。さすがに蹄の薄さまで僕たちが見分けるのは困難ですが、蹄の薄い馬は走るということを知っておけば、いつかどこかで馬選びの際に役に立つことがあるかもしれません。

「馬体は語る-最高に走るサラブレッドの見つけ方」

自分の文章を引用して、自分で結論づけるのもなんですが、蹄の大きさに関しては馬体の大きさと相関関係がありますので、スパツィアーレは大きな馬ですからそれほど心配しなくても良いのではないでしょうか。むしろ蹄が大きいということは、現役時代こそ480~500kg台で競馬をして引退しましたが、成長を待てばもっと大きくなる可能性があったということを示唆しているかもしれませんね。問題なのは蹄の薄さです。スパツィアーレは馬体が大きい馬がゆえに蹄も大きく、厚くなりがちですが、それに伴って皮膚も厚くなると柔軟性が失われ走らないことにつながってしまいます。千葉ゼリでラスト1ハロン11秒0という最速タイムを出して5076万円の値が付いた馬を走らないと言ってしまうのはおかしな話ですが、1番人気を背負って芝のレースでデビューしたにもかかわらず伸び切れず5着、「初戦はイメージとは違った。一本調子で切れないからダート変わりはプラス」と堀厩舎の橋本助手にコメントされたように、柔らかさに欠けるがゆえに瞬発力勝負になると分が悪く、ダートでスピードとパワーを生かす競馬が合っていたのも腑に落ちます。

ということは、スパツィアーレの配合相手としては、皮膚が薄くて瞬発力の塊のような種牡馬を選んで弱点を補うか、もしくは思い切ってダート路線に振り切って、ダート種牡馬を選んで強みを伸ばすか、道は2つに分かれます。前者としてはたとえばサンデーサイレンス系のコントレイルやダノンキングリーなどが思い浮かびますし、後者としてはニューイヤーズデイは意外にも柔らかい産駒が多いと言われていますので、長所を伸ばしつつ短所も補ってくれるかもしれませんね。

生産者はこうして、たとえば蹄のような細かい部分を取り上げて一喜一憂し、厳寒の中で肉体を駆使して仕事をしながらも、頭の中ではパズルを懸命に組み合わせようとしているのだと僕は想像します。それは生産馬が売れたり、レースで勝利したりするまでの長くて苦しい道のりの中にある至福のひとときでもあります。こうした空想の広がりがあるからこそ、永遠に続くかと思えるような地道な労働に耐えることができるとも言えます。長くて暗い冬を過ごしたからこそ、かすかな春の訪れに感謝し、夏の光をしっかりと受け止め、つかの間の秋を惜しむことができるのではないでしょうか。

(次回へ続く→)

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