1.名馬の「母」ファレノプシス
私がファレノプシスという馬の名を認識したのは、ある「名馬」の「偉大なる母」としてである。このように書くと、「姉」の誤字ではないかと訝る競馬ファンが殆どだろう。ファレノプシスはダービー馬キズナの半姉としても有名である一方で、母としては重賞馬を出しているわけでもないからだ。しかし、「母」で間違いない。私がここで述べている馬の名前は、「サードステージ」。父にトウカイテイオー、母にファレノプシスを持つ「名馬」である。
この馬名を聞いて、納得する方がいれば、嬉しく思う。一方で、「そのような馬は聞いたことがない」と思う方も多いことだろう。それもそのはず、サードステージは実在する競走馬ではなく、コーエーテクモゲームス(旧コーエー)が制作するゲーム『ウイニングポスト』シリーズに登場する架空の競走馬である。このゲームにおいてプレイヤーは競走馬の生産・育成を行ってレースでの勝利を目指すが、作中には実在する競走馬だけではなく、現実では配合の実現が難しいような血統を持つ「スーパーホース」と呼ばれる競走馬が登場する。サードステージはその中の一頭で、「皇帝」シンボリルドルフ・「帝王」トウカイテイオーを継ぐ「第三の舞台」という意味合いでこの名がつけられている。ゲームにおけるパラメーターも強力に設定されており、祖父・父同様に無敗のダービー馬となるだけの能力を備えている。トウカイテイオーがこの世を去った現在でも隠し要素として登場し続ける、『ウイニングポスト』というゲームを代表する「名馬」と言える。
このサードステージの母として設定されている馬が、ファレノプシスなのである。シリーズ初期作ではスカーレットブーケなどがその役割を担っていたようであるが、私が『ウイニングポスト』をプレイし始めた時にはファレノプシスが母となっていた。満を持して送り出したディープインパクト産駒が皐月賞でサードステージに無慈悲に千切られたシーンは、今でも目に焼き付いている。それはさておき、『ウイニングポスト』の制作陣は、ファレノプシスを「第三の舞台」の母に相応しい名馬だと考えていたということになる。私がこの馬に興味を持ったのは、それがきっかけであった。
2.二冠牝馬の復活
ファレノプシスの父は名種牡馬ブライアンズタイム、母はキャットクイル。キャットクイルは従兄弟に天皇賞馬ビワハヤヒデ・三冠馬ナリタブライアンの兄弟を持つ良血馬である。ビワハヤヒデも管理した浜田光正調教師に預けられたファレノプシスは、1997年にデビュー。新馬戦から3連勝し、クラシックの有力候補に躍り出る。前哨戦となるチューリップ賞こそ4着と敗れるも、武豊騎手とコンビを組んで臨んだ桜花賞を勝利してGⅠ制覇を果たした。距離不安も囁かれたオークスでも3着と好走すると、秋はローズステークスと秋華賞を連勝し、見事二冠牝馬となった。
ところが、ここからファレノプシスの競走生活は苦難の時期に突入する。古馬となった1999年、熱発などで順調にレースを使えなかったこともあり、5戦して札幌記念の2着が最高成績。特に秋の大一番エリザベス女王杯では1番人気に支持されるも、掲示板に載ることもできずに6着と敗退した。
翌2000年も度重なる体調不良によって順調さを欠き、不本意なレースが続く。そのような中で現役最終戦として選ばれたのが、前年の雪辱を期すエリザベス女王杯であった。しかし、この年のエリザベス女王杯は2頭の4歳牝馬による「二強対決」と見なされていた。単勝2.8倍の1番人気はこの年重賞2勝のフサイチエアデール、単勝3.1倍の2番人気は前哨戦府中牝馬ステークスの勝ち馬トゥザヴィクトリー。どちらもこの時点でGⅠは未勝利であるものの、確かな実力を持つことは明らかであった。「牝馬の松永」こと松永幹夫騎手を鞍上に迎えたファレノプシスはそこから離された単勝6.4倍の3番人気。この他オークスを制した3歳馬シルクプリマドンナなども出走し、ベテランとなったファレノプシスが勢いのある年下の馬に挑む構図となった。
レースはトゥザヴィクトリーがハナを切って、フサイチエアデールが2番手を進む展開。ファレノプシスは好位を追走して狙いを定める。直線に入って人気馬2頭のマッチレースとなるか──というところで鋭い末脚を見せて差し切った。
引退レースで復活の勝利を挙げたファレノプシスは、当年の最優秀5歳(旧年齢表記)以上牝馬に選定され、繁殖入りした。
3.次世代への夢
このようにファレノプシスの競走生活を振り返ると、トウカイテイオーとの共通点が目に付く。三冠馬ゆかりの血統、3歳でのクラシック二冠制覇、古馬になってからの苦戦、ままならない身体との戦い、ラストランでの復活…。こうした要素を取り出すと、どちらを指すのかが分からないほどである。『ウイニングポスト』の制作陣が、トウカイテイオーの交配相手に相応しい名馬としてファレノプシスを選んだのも頷けよう。
しかし一方で、「スーパーホース」という存在には先述したように「現実では実現が難しい」というコンテクストが含まれる。引退したファレノプシスの初仔は当時のリーディングサイアーであるサンデーサイレンスとの間に生まれている。その後もフジキセキやマンハッタンカフェなど、交配相手にはサンデーサイレンス系の一流種牡馬たちが選ばれてきた。その上で、ファレノプシスは母として重賞馬を出すことはできなかった。競馬というスポーツの厳しい一側面である。
現実世界に「サードステージ」は生まれなかった。しかし、トウカイテイオーは母父としてブレイブスマッシュやレーベンスティールを輩出。令和になってその血に再び注目が集まっている。ファレノプシス産駒も多くが牝馬であり、繁殖入りしている。その子孫からGⅠ馬が生まれる可能性は十分にあるだろう。次の世代に夢を託すことができるのも、競馬の一側面である。いつか血統表に「ファレノプシス」の名を持つ「スーパーホース」が登場することを夢見て筆を擱きたい。
写真:かず