破天荒なオルフェーヴルのパフォーマンス炸裂!/2012年阪神大賞典

春を告げる伝統の阪神大賞典

3月半ばに組まれているG2阪神大賞典。
毎年楽しみにしている春の一戦だ。

3月に入ると、3歳馬たちのクラッシック出走権を懸けた熾烈な戦いが毎週東西で行われる。まだ素質だけで走っているような若駒が、駆け引きもできずにハイペースに巻き込まれて直線で沈んでいく姿、トライアルレースの非情ともいうべき3着と4着の明暗など──。いつもハラハラしながら馬券を握りしめているのが、この時期である。

一方、ハラハラドキドキのトライアルレースとは異なり、安心して強い馬の激突を楽しめるのが阪神大賞典。子供の運動会の合間に、パパたちの徒競走が組まれているようなもの。体育会系パパたちの『本気の大人の走り』を見ているような気になるのが阪神大賞典だ。

歴代の優勝馬を紐解いてもビッグネームが優勝馬欄に名前を連ね、連覇した『その時代の長距離王』も多い。1990年以降連覇したのは、メジロマックイーン(91,92年)ナリタブライアン(95,96年)ナリタトップロード(01,02年)ゴールドシップ(13,14,15年の三連覇)ディープポンド(21,22年)の5頭を数える。また、天皇賞(春)へのステップとして出走し、貫禄の優勝で名を刻んだ名馬たちも多数登場。マヤノトップガン、メジロブライト、スペシャルウイーク、テイエムオペラオー、ディープインパクト、サトノダイヤモンド…。競馬ファンなら誰もが知っているような平成の名馬たちの名前を、阪神大賞典の歴代優勝馬が網羅しているようにすら感じられる。

ここで気づくのが、前年の菊花賞を勝ってここの優勝馬に名前を連ねていない2頭の大物。

1頭目が2015年の菊花賞馬キタサンブラック。彼は阪神大賞典ではなく、有馬記念後は大阪杯から天皇賞(春)のローテーションで、天皇賞(春)を連覇している。

そして、もう1頭が2011年の四冠馬オルフェーヴル。現役時代、破天荒なレースで観ている者たちをやきもきさせた稀有な名馬である。彼は、有馬記念制覇後の4歳の初戦に阪神大賞典を選んでいた。圧倒的な支持を得て臨んだものの第3コーナーで逸走し2着に敗れ、歴代優勝馬に名を刻むことが出来なかった。

阪神大賞典はそれぞれの時代の名馬が『王道の試走レース』として、安心と満足を見せてくれるレースだと思う。それでも「どの阪神大賞典が思い出深いか?」と問われれば、「オルフェーヴルが2着に敗れた2012年の阪神大賞典」と私は答えるだろう。

四冠馬オルフェーヴルの4歳始動戦となった阪神大賞典

2012年3月18日。私は中山競馬場のスタンドに仲間たちと座っていた。

当日の中山のメインは皐月賞トライアル、スプリングステークス。この年の牡馬のクラッシック戦線は混とんとした状態。トライアル1弾の弥生賞は、伏兵コスモオオゾラが皐月賞に名乗りを上げる。第2弾のスプリングステークス1番人気は、東スポ杯2歳ステークス優勝のディープブリランテ。しかし、3歳初戦の共同通信杯で、ゴールドシップに完敗していた。2番人気のグランデッツァは、2歳時の札幌2歳ステークスでゴールドシップを倒している。そこにG1朝日杯フューチュリティステークス優勝のアレフレードが加わり、三つ巴の様相を呈していた。

もちろん私たちは、スプリングステークス観戦をメインに中山競馬場に来ていたが、それ以上に楽しみにしていたのがオルフェーヴルの4歳初戦。阪神大賞典をターフビジョンで見て、オルフェーヴルの優勝を祝おうと集まっていた。

T君は3か月前のこの地で見た有馬記念、オルフェーヴルの圧勝に酔いしれた。

仙台出身の彼は、昨年東日本大震災で実家が被害を受けた。関東の競馬開催も中止となり、1週遅れながら、阪神で代替開催されたスプリングステークスを快勝したオルフェーヴル。暗い気持ちで毎日を過ごしていたT君にとって、「オルフェーヴル先頭」の実況で光が差したような気分になったそうだ。新馬勝ち以降、惜敗続きのオルフェーヴルが、直線目覚めたような末脚を発揮しての快勝。そこからの三冠含む5連勝は、勝つ毎にT君に元気を与えた。そんなオルフェーヴルに会いたくて、そしてお礼が言いたくて、有馬記念デーのパドック最前列に昼前から陣取っていた。

雪の混じる表彰式でのオルフェーヴルの姿、半泣きで拍手したことを思い出しながら、再びの始動を心待ちにしている。

H君は春の二冠に続き、結局神戸新聞杯、菊花賞も関西遠征していた。

「オルフェーヴルの美しさは現地で見ないとわからんよ」が口癖の彼は、菊花賞の直線で先頭に立つシーンに鳥肌が立ったそうだ。馬体が金色に輝き、唸るような音を立てて通り過ぎて行ったという。

菊花賞で100%覚醒したオルフェーヴルの末脚は、有馬記念では更に磨きがかかる。強力な古馬陣を相手に、超のつくスローペースを直線大外からの差し切り。オルフェーヴルの"切れ味"は、現役最強と誰もが認める強さであり、H君を『オルフェーヴル漬け』にしていった。

                            

そして、私。

雨の東京優駿でのウインバリアシオンとの叩き合い。ずぶ濡れになったオルフェーヴルと池添騎手のウイニングランに、夢中でシャッターを押し続けた。傘の波の中から湧き上がる拍手に迎えられるオルフェーヴル。それは、彼の父ステイゴールドが、雨の目黒記念の直線を先頭に立った時の拍手と重なって聞こえた。

                               

オルフェーヴルが1.1倍の支持を得た第60回阪神大賞典は12頭立て。ヒルノダムール、ジャガーメイルの天皇賞(春)優勝馬をはじめ、前年の阪神大賞典優勝ナムラクレセント、ダイヤモンドステークス2着のギュスターヴクライなど、長距離のエキスパートが集結している。

次走の天皇賞(春)を意識して、4歳の始動戦にここを選んだオルフェーヴル。どんなレースをするかというより、どんな勝ち方をしてくれるかが焦点となっていた。

「オルフェーヴルに帰りのラーメンをごちそうしてもらう」と笑うT君は、オルフェーヴルの単勝1万円馬券を財布に忍ばす。

大好きだった秋華賞馬ファビラスラフィンの息子、ギュスターヴクライが気になるH君。前走のダイヤモンドステークスは、ケイアイドウソジンの絶妙の逃げを捕まえ切れなかったものの、福永騎手に乗り替わって万全の体制だった。1着オルフェーヴル2着ギュスターヴクライ3着にナムラ、ヒルノ、ジャガーの人気馬に絞っての3連単。「オルフェが負けるわけがない」と、ニコニコしながら何回も呟いている。

私の馬券は、オルフェーヴル頭の馬単を5点。もちろんギュスターヴクライは含まれている。私も当然、オルフェーヴルの勝利以外は考えられなかった。

そして2012年始動戦の記念として、みんなで買ったオルフェーヴルのがんばれ馬券100円。ここから、古馬としてのオルフェーヴル伝説が始まると信じてスタートを待った。

オルフェーヴル劇場の開演!

曇り空で薄暗くさえ見える向正面のスタート地点。ファンファーレが鳴り、ターフビジョンにゲートが映し出される。

「ワクワクして来るね」

「勝つよ、きっと」

「大丈夫、大丈夫」

スタンドにいる全員がターフビジョンを注視している。

ほどなく全馬ゲートイン、スタートが切られた。

まず、飛び出したのが芦毛のリッカロイヤル。次いでビートブラック、ジャガーメイル、内にギュスターヴクライ、外からオルフェーヴルが追撃する。

先頭集団が1周目の4コーナーを回る。

リッカロイヤルのスローペースに我慢できないのか、オルフェーヴルが前に行きたがっている。その外から被せるようにナムラクレセントが先頭を奪う。前に行かれたことが気に入らなかったのだろうか、オルフェーヴルは首を上下させ池添騎手が立ち上がったようにも見える。

1周目ホームストレッチ。

ナムラクレセントが軽快に飛ばして2番手との差を広げ始める。オルフェーヴルは、ナムラに標的を絞ったかのように、2番手集団から飛び出してくる。イライラしながら追撃するような構えを見せるオルフェーヴルを、池添騎手が宥めるように手綱を引いている。

ナムラクレセントを先頭に1周目のゴール板を通過する集団。

「オルフェ、大丈夫かな?」心配そうにT君がつぶやく。

2コーナーのカーブで、先頭を行くナムラクレセントに大外からオルフェーヴルが並びかける。

ズームアップされた画面に、明らかに引っ掛かっているオルフェーヴルと抑えている池添騎手が映し出され、そのまま先頭に立つ。場内がざわつき始める中、ナムラクレセントとの差を広げていくオルフェーヴル。ナムラのすぐ後ろにはギュスターヴクライが控えている。

そして、3コーナーのカーブで事件は起こった…

暴走気味に先頭に立ち、どんどん差を広げていくオルフェーヴル。ターフビジョンにはオルフェーヴルが一頭だけ映し出され、余裕が有るのか無いのかわからない状態。

その時、池添騎手が立ち上がったような姿になり、オルフェーヴルの走破フォームが乱れたようにも見えた。そして突然、外に逸走して失速していくオルフェーヴル。

場内のざわつきが悲鳴に替わる中、オルフェーヴルは首を上げて左右に振りながら下がって行く。やがて先頭集団を映しているターフビジョンからオルフェーヴルが左へ左へと移行し、やがて画面から消えた。

「オルフェーヴルが失速していきます! 後方にズルズルと下がった」という実況が、非常な通告にさえ聞こえる。

「あー、だめだ……」

T君は座り込んで、下を向いてしまった。

「何てこと……」

H君が何かしゃべっていたが、騒めく場内で聞き取れない。

私は、サイレンススズカの悪夢がまぶたの裏に浮かんだ。

実況が聞き取れないほど騒然とする場内。それでもレースは進みナムラクレセントを先頭にジャガーメイル、ビートブラック、ギュスターヴクライが先頭集団を形成し4コーナーに向かう。

その時は、どのようにして上がって来たのかはわからなかった。

4コーナーを回って直線に先頭集団が入ると、大外に派手な流星の栗毛馬が追い上げてくる。

ピンクの帽子に見慣れた赤黒の勝負服…。

ゲームか映画のワンシーンを見ているのかと錯覚するような映像が、ターフビジョンに展開された。

「後方に下がったオルフェーヴルが、盛り返して3番手まで上がって来た!」

実況アナウンサーの声と共に、スタンドがフェス会場のような歓声に変わる。

T君は再び立ち上がりオルフェーヴルを目で追う。

H君は新聞を握りしめた右手を上げて絶叫。

私は、まだ大外の栗毛がオルフェーヴルと信じられないような状態。

何事もなかったかのように、オルフェーヴルは先頭集団に大外から並びかける。

「何と、あのロスがありながらオルフェーヴルが再び先頭を奪った!」

実況と共に中山競馬場のスタンドが興奮のるつぼとなり、最高潮に達した。

このお祭り騒ぎで、一番冷静だったのが福永騎手だったのかもしれない。

ロスなく最内を進んだギュスターヴクライが、外のオルフェーヴルを見ながら先頭に立つ。オルフェーヴルはギュスターヴクライに馬体を合わせようと内に切れ込んでいく。しかし、福永騎手は溜めていたギュスターヴクライの末脚を開放し、ゼッケンのあたりまで迫ったオルフェーヴルの鼻ずらを抑え込んでいる。

結局、半馬身差を縮めることなく、ギュスターヴクライが先頭でゴールインした。

誰もが、凄いショーを見たような気持になっていた。

T君もH君も、そして私も。馬券が外れたことよりも、絶望からの歓喜、スタンドがひとつになったような興奮を共有できたことがうれしかった。福永騎手の冷静な巧さと池添騎手の諦めない技術。そして、誰もがオルフェーヴルの"破天荒な強さ"を実感できる、記憶に残る阪神大賞典だった。

数分後、中山メインのスプリングステークスのファンファーレが鳴った。

皐月賞を目指すグランデッツァとディープブリランテの一騎打ちが展開され、見ごたえのあるレースとなったが、当時の記憶は薄れてしまっている……。

                           

P.S.優勝馬ギュスターヴクライのこと

オルフェーヴルのパフォーマンスで、少々影が薄くなってしまった感のあるギュスターヴクライ。展開はどうあれ、2012年の阪神大賞典を制したのは紛れもない事実である。6連勝中のオルフェーヴルに土をつけたことは、記録として残っている。

ギュスターヴクライは、次走の天皇賞(春)でも5着になり、オルフェーヴル(11着)に先着している。オルフェーヴルに長距離で2度先着したことで、中長距離の主軸になりそうなギュスターヴクライだった。しかし2012年秋2戦目のアルゼンチン共和国杯で、レース中に右前浅屈腱不全断裂を発症し、無念の引退となっている。

      

──今年も、阪神大賞典がやってくる。天皇賞(春)を目指すツワモノたちのぶつかり合い。どんなレースになるのだろうか、記憶に残る好レースであることを期待してゲートインを待ちたい。

Photo by I.Natsume

あなたにおすすめの記事