![[高松宮記念]ファストフォース、モズスーパーフレア、ナランフレグ。高松宮記念でGⅠ初制覇を成し遂げた人馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/03/2026032603.jpg)
GⅠシリーズの開幕を告げる高松宮記念。開催期が3月に移行したのは2000年で、そのときから数えて今回が27回目、GⅠに昇格してからは31回目となる。
そんな高松宮記念は雨に祟られることが多く、波乱の決着となることも少なくない。また、中央競馬に芝1200mのGⅠは2つしかないため、高松宮記念で初めてビッグタイトルを手にする馬も多く、近年は騎手ともども人馬でGⅠ初制覇を成し遂げるケースも増えている。その中には、古豪と若武者が掴んだ勝利や、大接戦の末に手にした勝利。さらには、師弟で掴み取った初の栄冠など、印象深い勝利もあった。
今回は、高松宮記念でGⅠ初制覇を成し遂げた人馬を振り返りたい。
2023年 ファストフォース&団野大成騎手&西村真幸調教師
ロードカナロア産駒のファストフォースは、母ラッシュライフの父がサクラバクシンオーである。史上最強スプリンターの呼び声高い二頭の組み合わせからは、サトノレーヴやキープカルム、テイエムトッキュウなど、複数の重賞ウイナーが誕生。相性の良い配合、ニックスといって間違いないだろう。
そんな血統背景のファストフォースは、デビューが3歳の6月と遅かった。しかも、驚くべきことにその舞台は芝の2400m戦で、さすがに距離が長かったか、勝ったメロディーレーンから5秒遅れの12着と大敗。さらに、そこから5戦したものの初勝利は叶わず、地方・門別に活躍の場を求めた。
門別での初戦、二輪草特別を逃げ切って待望の初勝利を手にしたファストフォースは、当地で4戦3勝の成績を残しJRAに再転入を果たした。すると、勢いそのままに1勝クラスと2勝クラスを連勝。門別からの連勝を4に伸ばした。
その後、3勝クラスで6、8着と足踏みし8ヶ月の休養に入るも、格上挑戦で出走した休み明けのCBC賞を日本レコードで逃げ切るという離れ業を演じ、重賞初制覇を成し遂げた。ところが、そこから1年半ものあいだ勝ち星に恵まれず、GⅡやGⅢで好走することはあってもGⅠでは15、9、10着と大敗。4度目のGⅠ挑戦となった2023年の高松宮記念は、7歳と高齢である点や、不良馬場で持ち前のスピードを活かせないと判断されたのか、18頭中の12番人気でスタートの時を迎えた。
一方、鞍上の団野大成騎手は、当時デビュー5年目だった。岩田望来騎手や斎藤新騎手、菅原明良騎手ら逸材揃いの競馬学校35期生で、ここまで重賞3勝のうち2勝を中京競馬場であげていた。19年にデビューしたという点ではファストフォースと同じで、これがコンビ5戦目。同じ舞台でおこなわれた前走のシルクロードSや前年秋のセントウルSでも2着と好走しており、一発を狙っていた。
レースは、前年の覇者ナランフレグがわずかに出遅れる中、同3着のキルロードがハナを奪う。これに続いたのは、オパールシャルムやダディーズビビッド、人気のメイケイエールとアグリで、前半600m通過35秒6は、不良馬場を考慮すればミドルペース。ファストフォースも、スタート後しばらく追っつけながら位置を取りにいき、最終的にはこれら5頭の直後につけた。
直線に入るとすぐ、馬場の六分どころに進路をとったアグリが先頭に立ち逃げ込みを図った。追いかけてきたのは、アグリの内に進路をとったファストフォースと、外に進路をとったナムラクレアで、これら2頭がアグリを交わしたところへ、ただ一頭、内ラチ沿いを伸びたトゥラヴェスーラもここに加わり、最後は3頭の争いとなった。
降りしきる雨の中、繰り広げられる激しい叩き合い――
その争いを制したのはファストフォースだった。残り50mでもう一脚を使って2頭を振り切ると、最後は団野大成騎手の派手なガッツポーズとともに先頭ゴールイン。同じ年にデビューした人馬によるGⅠ初制覇は、管理する西村真幸調教師にとっても開業9年目で初めて手にするビッグタイトルで、地方から転入したいわゆる「マル地馬」としては21年ぶりのGⅠ制覇だった。

このレースから2ヶ月半後、ファストフォースの引退と種牡馬入りが電撃的に発表された。結果的に高松宮記念が引退レースとなったものの、中年の星ともいえる7歳馬が若武者とともに雨中の決戦を制したシーンは鮮烈だった。種付頭数は初年度が79頭、2年目も90頭と非常に多く、初年度産駒は27年にデビューを予定している。
2020年 モズスーパーフレア&松若風馬騎手
スパイツタウン産駒で米国産の牝馬モズスーパーフレアは、栗東・音無秀孝厩舎からデビューを果たした。鞍上を任されたのは、音無厩舎所属で当時デビュー4年目の松若風馬騎手。初戦は8月小倉芝1200mの新馬戦で、好スタートから中間点で先頭に立つと、そのまま押し切り初陣を飾った。
ところが、続く小倉2歳Sで1番人気に応えられず7着と完敗すると、ファンタジーSとつわぶき賞も5、8着に敗戦。3歳初戦の紅梅Sからはコンビ解消となってしまった。
その後、モズスーパーフレアは勝利と敗戦を繰り返しながらも、3勝クラスのセプテンバーSを完勝しオープン入りを果たすと、4歳初戦のカーバンクルSとオーシャンSを連勝。重賞初制覇を成し遂げた。しかし、初めてGⅠに挑戦した高松宮記念は本調子になく、15着と大敗を喫してしまう。
それでも、松若騎手とのコンビが復活した北九州記念で4着と健闘すると、続くスプリンターズSでも逃げてゴール寸前まで見せ場を作り2着惜敗。いよいよ本格化なったかと思われた。
ところが、成績の振り幅が広い逃げ馬の宿命か。1番人気で臨んだ京阪杯で8着に敗れると(この時の鞍上は松山弘平騎手)、シルクロードSも4着に敗戦。そこから2ヶ月弱の間隔を空けて臨んだのが、コロナ禍によりGⅠレース史上初めて無観客でおこなわれた高松宮記念だった。
外枠不利とされるこのコースで、大敗した前年よりもさらに外の16番枠を引いたことが影響したか、モズスーパーフレアと松若騎手は9番人気に甘んじていた。それでも、この大一番で好スタート、好ダッシュを決め難なく先手をとると、あっという間にリードを4馬身まで広げた。ただ、前半600m通過34秒2は、重馬場を考慮してもそれほど速くなく、道中で息を入れることもできた。
直線に入っても、依然4馬身のリードをキープしていたモズスーパーフレアは、道悪でも敢えて内に進路を取り懸命に逃げ込みを図った。しかし、残り200mを切ったところでペースが落ちると後続が殺到。クリノガウディーとダイアトニックがモズスーパーフレアと馬体を併せるところまで迫り、さらに猛烈な勢いで追い込んできたグランアレグリアもこの争いに加わって、最後は4頭がもつれるようにゴール板を駆け抜けた。
スローを確認すると、わずかに前に出ていたのはクリノガウディーで、モズスーパーフレア、グランアレグリアの順にゴール板を駆け抜けていた。ところが、ゴール前100m地点での攻防について審議がおこなわれ、それは実に17分にも及んだ。
長い審議の結果、1位で入線したクリノガウディーがダイアトニックの進路を妨害しており4着に降着。積極的な競馬から粘りに粘ったモズスーパーフレアと松若騎手が、春の短距離王に輝いたのだった。
勝利騎手インタビューで、やや渋い表情を見せながら「ゴール板を駆け抜けたときは負けたかなと思っていたので、まさか勝っているとは思っていなかったですけれど・・・」と答えながらも「初めて勝てて、素直にとても嬉しいです」と続けた松若騎手。デビュー7年目でのGⅠ初制覇は予想だにしない形となったが、師匠の管理馬で掴み取ったという意味では、コメントどおりこれ以上なく嬉しいものだったに違いない。
その後、モズスーパーフレアは6歳まで現役を続けた。翌年のシルクロードS以外の8戦で鞍上を務めたのは、もちろん松若騎手だった。結果的に、高松宮記念が最後の勝利となったものの、JBCスプリントに2年連続で出走するなどダート戦にも果敢に挑戦し4、3着と健闘。引退後は、浦河の名門・谷川牧場で繁殖牝馬となった。

2022年 ナランフレグ&丸田恭介騎手&宗像義忠調教師
競走馬としてはもちろん、種牡馬としてもダートで一時代を築いた名馬ゴールドアリュール。産駒のエスポワールシチーやスマートファルコン、コパノリッキーらがGⅠを勝ちまくり、数多くの後継種牡馬にも恵まれた。ナランフレグは、その晩年の産駒である。
美浦・宗像義忠厩舎からデビューしたナランフレグの初戦は、10月東京ダート1300mの新馬戦だった。鞍上を任されたのは、この年の春までデビューから10年以上も宗像厩舎に所属していた丸田恭介騎手で、見事初陣を飾ったものの、そこから4戦して2勝目をあげることができなかった。
その後、芝路線に舵を切ったナランフレグの手綱を取ったのは山田敬士騎手、次いで戸崎圭太騎手で、戸崎騎手とコンビを結成した2戦目から連勝。3勝クラスで2戦足踏みしたものの、丸田騎手とのコンビが復活した12月の浜松Sを勝利し、3歳にして早くもオープン入りを果たした。
ところが、そこから2年間。ナランフレグと丸田騎手のコンビは、13戦して勝ち星を手にすることができなかった。追込み馬で、必ず最後は鋭い決め手を発揮して上位に迫るものの勝ち切れず、逆に勝ち馬から1秒以上離されるような大敗もなく、もどかしい日々が続いた。
それでも、丸田騎手と宗像調教師をはじめとする陣営はもちろん、なによりナランフレグ自身が諦めていなかった。5歳シーズン最後のレースとなったタンザナイトSで待望のオープン初勝利をあげると、年明けのシルクロードSで3着、オーシャンS2着から臨んだのが高松宮記念だった。
内枠有利のこのレースで、ナランフレグは絶好ともいえる2番枠を引いた。ただ、重賞は未勝利で、GⅠに至っては6歳にしてこれが初めての挑戦。いくら混戦でもやや荷が重いとされたか、18頭中の8番人気と伏兵扱いで、2、3着にはきても勝ち切るのはどうかというのが大方の予想だった。
一方、鞍上の丸田騎手はこのときデビュー16年目。宗像調教師は開業30年目だった。ともにGⅠ勝利はなく、宗像調教師は3年後に定年、厩舎の解散が迫る中で迎えた弟子とのGⅠ挑戦だった。
レースは、わずかに好スタートを切ったサリオスを制し、1番人気のレシステンシアが逃げた。2番人気のメイケイエールはちょうど中団につけ、追込みに賭けるナランフレグは、この日も後ろから3頭目を追走していた。
ただ、前半600m通過は重馬場でも33秒4とかなりのハイペース。短距離戦で縦長の隊列にはなっていたものの、後方待機組にも十分チャンスがありそうな流れだった。
直線に入ると、粘るレシステンシアにジャンダルムが並びかけ、2頭の競り合いが残り150mまで続いた。しかし、ハイペースが祟ったか。そこから差し、追込み勢が台頭したことで様相一変。とりわけ、多くの馬が進路を求めた内ラチ沿いは大混戦となった。
そんな中、道中も内ラチ沿いで脚を溜めていたナランフレグは、4コーナー出口で前との差を一気に詰め、直線入口では先頭から5馬身のところまで浮上。さらにそこから末脚を伸ばし、いつの間にかこの争いに加わっていた。
そして、残り100mでレシステンシアとトゥラヴェスーラの間にできたわずかなスペースに突っ込みもう一伸びすると、最後はロータスランドの追撃も凌いで先頭ゴールイン。丸田騎手快心の進路取りと、ナランフレグの鋭い末脚によってもたらされた勝利は、ナランフレグ自身だけでなく師弟にとっても悲願の初GⅠ制覇で、坂戸節子牧場にとっても、生産馬の重賞初制覇がGⅠ制覇という快挙だった。
ゴール後、すぐに右手で拳を握りしめた丸田騎手は、ウイニングランをするためナランフレグとともに戻ってくると、涙ながらに今度は左手で大きくガッツポーズをした。しかし、GⅠで初めてウイニングランをするせいか、そのガッツポーズはややぎこちなくも見えた。
それから数十秒後。スタンド前へ近付いてきた人馬に「丸田もっと喜べー!」と声援が飛ぶと、丸田騎手は、今度は右手を天に掲げ渾身のガッツポーズ。その瞬間、スタンドからもう一度大きな拍手が沸き上がった。
追い込んでも追い込んでも勝利まであと一歩届かなかった不器用な人馬が、大一番で披露したあまりにもスムーズな競馬。さらに、現代のGⅠでは珍しくなった師弟の絆や温かい声援など、まだコロナ禍で入場が制限されている中ではあったものの、たくさんの名場面が詰まった高松宮記念だった。

その後、ナランフレグは秋のスプリンターズSでも3着に好走。デビュー2戦目以来出走していなかったマイル戦、安田記念にも2年連続で挑戦し、翌年のスプリンターズS(9着)を最後に引退。ヴェルサイユリゾートファームで種牡馬入りを果たした。
写真:水面、みき、はまやん
