[石神深一ブログ]僕が引退を決めた理由

ウマフリ読者の皆様、こんにちは。

元障害ジョッキーで、現在は調教助手をやっている、石神深一です。

今回は、引退を決めた時のことを振り返りたいと思います。

すでに報道されている通り、結果が伴わなくなってきたと感じたためですが、もう少し経緯を話せたらなと思いました。

引退を考え始めたのは昨年末でした。乗っていて「このままじゃダメだな」という感覚がありました。

年が明けて1月中旬から小倉で滞在競馬となりましたが、2月末まで1勝も出来なかったことで、本格的に「辞める時」を探し始めました。

滞在競馬が終わり美浦に帰ってきてからはずっとメモリアカフェの調教をしていましたが、管理する柄崎調教師と話す機会がありました。

柄崎調教師は同じ幼稚園で、競馬学校でも同期。デビューしてからも一緒にご飯に行ったり、向こうが引退してからも定期的に同期会で励まし合ってきた仲間です。

そんな柄崎調教師から「いま、助手がいなくて大変だから、手伝える範囲で良いからもう少し手伝いにきて欲しい」と相談を受けました。どう辞めるかを探っていた自分にとっては驚くほど絶妙なタイミングだったので、その場で「じゃあ、これから(厩舎に所属して)助手やろうか?」と提案ました。向こうも驚いていましたが「やってくれるなら、ぜひ!」とのことでしたので、後はスムーズに話が進みました。

そこからは「引退するからには怪我はしたくないな」という気持ちが強まりました。

もちろん怪我を避ける気持ちは元からありましたが、せっかく厩舎の人たちが待ってくれているので、「引退直前に怪我をしてしまったので合流が遅れます」とは言いたくなかったからです。

JRAには3月中旬には引退を伝えていたので、そこからは「残りの1ヶ月半を楽しもう」という気持ちになりましたね。

騎手は楽しい仕事です。特に障害は、自分で馬を作って競馬に向かうので、とても魅力的な仕事だと思います。平地競走では調教に乗ったことのない馬に騎乗することも多いですが、障害競走ではそれがありません。もし他の騎手が調教した馬に代打で乗るとしても、最低限2,3回はレース前にコンタクトを取ります。そうやって丁寧に手がけてきた馬とのコンビで勝つのは、やはり嬉しいものです。引退するとなるとその喜びや充実感が味わえなくなるということに、寂しい気持ちがありました。

最後の勝利は4月4日、中山競馬場で行われた障害4歳以上未勝利で、ミレニアムヒロインと挙げることが出来ました。

お世話になっている池上昌和先生の馬で勝てたのが、本当に嬉しかったです。

実はそのレースの前に、装鞍所で先生に「実は今月いっぱいで引退して調教助手になることにしました」と伝えました。先生からは「えぇ!? なんでうちにきてくれなかったのよ!」と言っていただけました。そういった言葉をかけていただけるのも、とても有り難かったですね。そして続けて「勝ってほしいけど、なにより怪我がないようにね」と優しい言葉をかけていただいたのも心に残っています。

池上先生は、お父さんの昌弘先生の代からお世話になっています。現役時代、ずっと騎乗依頼もしてくださっていたので、そこの馬で勝てたのはとても嬉しかったです。昌和先生とは、仕事の関係者というよりも友人関係という感じに近い感覚を持っています。だからこそ、池上厩舎に行かなかったのは正解かなと感じています。調教師と助手だとちょっと気を遣ってしまいますし、これからもたまにお酒を飲みながら語り合える、フレンドリーな関係でいたいと思ったので…。

だからこそ、ミレニアムヒロインとの勝利は本当に格別でした。

次回は、引退発表から引退までについてお話していけたらと思います。

来週もよろしくお願いいたします!

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