「現役の頃からファンだった」「産駒の馬券を買ったら万馬券が的中した」などなど……好きな種牡馬や"推し"種牡馬をもつ競馬ファンは、決して少なくないだろう。
では、いわゆるその道のプロ──血統のスペシャリストにとっての好きな種牡馬は、果たしてどの馬なのだろうか。今回は、日本を代表する血統評論家の栗山求氏にインタビューを敢行。
国内外の競馬を長年見てきた栗山氏に、好きな種牡馬や理想の種牡馬などを語っていただいた。
※本インタビューは、リモートにて実施いたしました。
「普段から『この種牡馬はここを鍛えるべき』『この種牡馬が持つ能力の根源はどこにあるんだろう』などと考えながら血統表を見ています」
「好きな種牡馬ですか……月並みな答えになるんですが、好みの種牡馬はサンデーサイレンスです。出オチみたいになってすいません(笑)。ただ、日本で産駒が走るにはキレ味がないとどうしようもないのは事実。それを踏まえるとサンデーサイレンスが持つ瞬発力、速い脚が使える点はズバ抜けていると思います。あの最後のキレは好きですね。海外を見ても、こういう馬はあまりいないんですよ」
日本の競馬を根底から変えた、大種牡馬サンデーサイレンス。1994年に初年度産駒がデビューすると、翌年にはわずか2世代のみでリーディングサイアーを獲得。自身は、2002年に亡くなったものの、2007年まで12年連続で王座を防衛した。
翌2008年からは、産駒のアグネスタキオンとマンハッタンカフェがリーディングサイアーの座につき、2012年以降は、8年連続でディープインパクトが不動の王座に。2021年現在も、首位の座をほぼ確実にしている。
サンデーサイレンスが日本に輸入されて早30年。
栗山氏にとっても依然、その存在は偉大であり別格のようだ。栗山氏は、続けて血統の面白さについても語ってくれた。
「普段から『この種牡馬はここを鍛えるべき』『この種牡馬が持つ能力の根源はどこにあるんだろう』などと考えながら血統表を見ています。例えば、サンデーサイレンスならヘイローに、ディープインパクトならサーアイヴァーに、瞬発力の源があるのではないかと推測するわけです。サーアイヴァーとヘイローは、よく似た血統構成。そのあたりが、ディープインパクト自身や産駒の瞬発力に繋がっているんじゃないか……。そんな風に推理しながら見ていくと、血統ってほんとに面白いんですよね」
競走馬や種牡馬には、一頭一頭個性がある。
その個性を武器にし、競走生活を勝ち抜いてきた馬が種牡馬として人気を集めるのが競走馬の世界。血統史や血統表を見て、そういった部分を探し出すことが血統の面白さなのだろう。
父として大活躍する一方で、サンデーサイレンスは母の父としても存在感を発揮している。ブルードメアサイアーランキングでも、2006年から13年連続で首位の座を保持し続けた。
「現在は、サンデーサイレンスの血が段々と遠ざかっている最中です。二代、三代と離れる中で、瞬発力やパフォーマンスが以前より表れにくくなると思います。そこを配合で補ったり、母方からキレ味のある血を持ってきたりして、強化することが重要になります」
現在は、ディープインパクトやハーツクライをはじめとする、サンデーサイレンス直系の種牡馬に混じり、キングカメハメハや、その産駒のロードカナロア、ルーラーシップなど、サンデーサイレンスの血を持たない種牡馬も、ランキングの上位を賑わせている。
ランキング上位に食い込む種牡馬たちは、その多くがサンデーサイレンスの血を持つ牝馬と抜群の相性を見せる。
例えば、史上初めて国内外のGIを9勝したアーモンドアイはロードカナロアの産駒で、母の父がサンデーサイレンス。ルーラーシップ産駒の菊花賞馬キセキの母の父は、ディープインパクトである。また、19年ぶりに3歳馬として天皇賞・秋を制したエフフォーリアは、母の父がハーツクライで、サンデーサイレンスのクロスを持つ。
現代の日本競馬で一流の成績を残すために、サンデーサイレンスの血はほぼ必須とも言える。そのためには、母系からのサポートも非常に重要な時代となっている。
「ノーザンダンサーの産駒は、種牡馬になっても成功するんですよね」
続いて「理想の種牡馬」に話が及ぶと、栗山氏は、20世紀最高の種牡馬ともいわれるあの大種牡馬の名前を挙げた。
「理想の種牡馬はノーザンダンサーです。サンデーサイレンスに続いて、直球勝負ですけど(笑)。どんな馬場でも走るのが凄いですよね! アメリカのダートでも、ヨーロッパの芝でも活躍馬を出しています。距離も万能で、どんな血統の牝馬をあてがっても一流馬を出す……それでいて母方の特徴を活かした様々なタイプの子が出てきて、それがまた大成功する。普通の種馬なら、その産駒が種牡馬となったときに成功しない場合もありますが、ノーザンダンサーの産駒は、種牡馬になっても成功するんですよね」
ノーザンダンサー自身も超のつく大種牡馬だったが、産駒もまた大種牡馬となり、それぞれが一大系統を築き上げた。直仔のニジンスキーや、サドラーズウェルズ、ダンジグ、ヌレイエフ、リファール、ストームバードなど挙げ出せばキリがないほどだ。
この「名馬の子供が、また名種牡馬になる」という点は、サンデーサイレンスにも共通する部分でもある。高い種付け料を払ってでも付けたくなる、信頼性の高さと正直さ。さらには、ポテンシャルの高さと前述した万能性を兼ね備えている点が、ノーザンダンサーを理想の種牡馬に推す理由なのだという。
一方、「好きな種牡馬」として挙がったサンデーサイレンスの父ヘイローと、理想の種牡馬で挙がったノーザンダンサーには共通点が存在する。
「この2頭は、ともに名牝アルマームードの孫で、ノーザンダンサーの牝系からは他にも、デインヒルやマキャベリアン、そしてバゴといった名馬、名種牡馬が登場しています。非凡な種牡馬が同じファミリーから出ているというのが、また血統の面白いところ。血統を楽しむ『とっかかり』としては、非常に良いかなと思います」
「当時、フランケルが安田記念に出ても勝てないと思っていた(笑)。でも今となっては……」
ここまで話題の中心となったのは、サンデーサイレンスやノーザンダンサーといった過去の偉大な名馬たちだが、続いての質問は「現在海外で繋養されている種牡馬で、もし輸入できるとしたらどの馬か」というもの。これに対し、栗山氏は迷うことなくあの歴史的名馬の名前を挙げた。
「フランケルです。これもまた、直球でしょうか(笑)。日本の高速馬場で、ソウルスターリング、モズアスコット、グレナディアガーズと、既に3頭のGI馬を出していますが、海外の種馬でこういう馬はなかなかいませんよね。昔のヨーロッパの種牡馬はスピードが弱点でしたが、フランケルはそういったところがありません」
2010年に英国でデビューしたフランケルは、初戦から連勝を重ね、引退レースとなったチャンピオンSまで14戦全勝。そのうちGI・10勝という戦績を残した名馬中の名馬。
主戦場は着差がつきにくいマイル戦だったが、2000ギニーではスタートから後続を大きく離して逃げ、2着に6馬身差をつける圧勝。連覇したサセックスSは、それぞれ5馬身差と6馬身差、クイーンアンSでは11馬身もの大差をつけた。そのレース内容はまさに規格外で、「近代ヨーロッパの史上最強馬」とする声も多い。
種牡馬としても、2021年の英・愛を合算したランキングで、父のガリレオを引きずり下ろしてトップに立つことは確定的。今後数年間はフランケルの時代が続くといっても過言ではないだろう。
「2000ギニーで見せたように、凄まじいスピードと前進気勢で序盤からぶっちぎるような馬は、他にいないですからね。ガリレオとデインヒルの組み合わせでの成功例はたくさんありますが、その前のレインボウクエストやステージドアジョニーは、むしろステイヤー血統。これがなぜ日本に向くかというのを、血統面から合理的に説明するのは難しいんですよね……。ただ、桁違いのパフォーマンスを示した点でも、日本で種付けしたら、相当すごい馬を出してくれると思います。実は、フランケルが現役時代に『もし安田記念に出走したら勝てますか?』と聞かれたことがあって、馬場の違いなどを踏まえた上で『負けるに決まってるじゃないですか!』と答えたのですが、日本での産駒の成功を見ると、勝ってたんじゃないかという気がしますよね、今では(苦笑)」
フランケルが日本でも十分に活躍できる理由を、過去のエピソードを交えながら語ってくれた栗山氏。
そんな自身の過去の意見を覆すほどの活躍を見せたフランケルから、安田記念とフェブラリーSを勝ったモズアスコットが、後継種牡馬として2021年から供用を開始している。また、重賞勝ちの実績こそなかったものの、"あの名馬"を母にもつフランケル産駒も、スタッドインが発表された。
「タニノフランケルのスタッドインが発表されました。やはり、母であるウオッカの血も欲しいですよね。自身はアイルランドで繁殖入りしたので、あの牝系が日本で広がるのは難しくなりましたが、種牡馬経由でウオッカの血が入ってくるのはすごいことです。あのフランケルにウオッカですよ! セレクトセールでも、ウオッカの牝系の馬が高値で取引されましたし、日本の生産界でも、その血が欲しい方はかなりいらっしゃるはず。種付け料次第ですが、人気種牡馬になるのではないでしょうか」
現役時、26戦4勝という戦績を残したタニノフランケル。重賞タイトルこそ獲得できなかったものの、中山金杯で3着、小倉大賞典でも2着と、あと一歩の成績を残した。父母合わせてGI・17勝は、おそらく世界でもトップクラスの組み合わせ。偉大すぎる両親と比べるのはあまりにもかわいそうだが、海外で繁殖生活を送った母の血が、父系として日本に遺る意義は非常に大きい。
また、栗山氏は他に、輸入したい種牡馬の2頭目として、キングマンの名前を挙げた。
現役時には8戦7勝、GI・4勝という成績を残し種牡馬入りすると、初年度産駒から早速、GI・3勝のペルシアンキングを輩出。2年目の産駒からも、パレスピアがGIを5勝と大活躍した。
日本でも、シュネルマイスターがNHKマイルCを勝ってGI馬となり、この秋には古馬を破って毎日王冠も連勝。牝馬では、チューリップ賞を勝ったエリザベスタワーなどが活躍している。
「キングマンはものすごく軽いスピードを持っていて、なおかつゴール前で速い脚を使って差し切るような瞬発力タイプでした。いかにも日本の馬場に合いそうですよね。血統面でも、ダンシングブレーヴのような瞬発力のある血が入っていますが、サドラーズウェルズもデインヒルも入っていない軽めの血。フランケル同様に気性の問題はありますが、そこさえクリアすれば、フランケルと並んで、ヨーロッパでこれからもたくさんの名馬を出していくでしょう」
やはり、マイル前後で活躍したスピードに、非凡な瞬発力を兼ね備えている点が、産駒が日本の競馬で活躍するための必須条件といえそうだ。
「日本の競馬は揉まれたり緩急があったりするので、気性がしっかりしているほうが走りやすいんです」
さらに話題は「ダートで活躍しそうな種牡馬で輸入できるとしたらどの馬か……」というものに。
「アメリカンファラオです。産駒の成績がずば抜けていますよね。アメリカではイントゥミスチーフもすごいですが、日本の重賞でバリバリ活躍する馬はまだ出ていないので。他に若い種牡馬だと、ガンランナーや、来年産駒がデビューするジャスティファイでしょうか。ガンランナーは、新種牡馬の成績だけでなく、アメリカ全体の2歳種牡馬ランキングでトップです。写真を見ると、いかにもアメリカのパワータイプで、日本でいえば中山の1800m向きでしょうか。一方のジャスティファイは、産駒がキーンランドのセールに多数上場されていましたけど、本当に良い馬ばかりでしたよ。馬体は、思ったよりダート寄りでしたが、ひょっとしたらアメリカンファラオやイントゥミスチーフを超える存在かもしれません」
アメリカンファラオを筆頭に、GI・6勝のガンランナーや、史上2頭目の無敗のアメリカ三冠馬となったジャスティファイを挙げた栗山氏。
特に、ジャスティファイ産駒の良さは相当に目を見張るものだったようで栗山氏も大絶賛だったが、それらの種牡馬が日本で成功しそうな要素は、果たしてどのあたりにあると見ているのだろうか。
「アメリカンファラオは、アメリカでは芝寄りという認識がでてきて、1歳馬の値段も少し下がり気味です。ただ、昨今の日本のダートはスピードも問われるので、それで全然オーケーです。今では『ダートでもサンデーサイレンスが入っているほうが良い』と言われるような時代ですから。他にも、スパイツタウンやクオリティロードは、1200~1600m向きのスピードタイプで分かりやすい。一方、カーリンやアンクルモーといった中距離タイプは難しい……。アメリカでの産駒実績は素晴らしいですが、日本ではあまり実績を出せていませんよね。微妙な向き不向きがあるのですが、特にアンクルモーは気性が激しすぎるところあるのが大きいのでしょう。日本の競馬は揉まれたり緩急があったりするので、気性がしっかりしているほうが走りやすいんです」
マイル以下で産駒が活躍しそうな種牡馬が日本向きとみている栗山氏。芝と同様、やはりダート界にもスピード化の波が押し寄せ、切っても切れない関係のようだ。
後半の質問に関しては、あくまで「輸入できるとしたら」という仮定が前提。もちろん、実際に日本にやってくることは簡単なことではないが、産駒が既に日本で走っている種牡馬も多い。今後も、日本人バイヤーが海外のセリで購入したり、ここに出てきた種牡馬の血を宿した繁殖牝馬を輸入し、持ち込み馬として日本で生まれたりする馬も、この先たくさん出てくるだろう。
競馬を語る上で外すことができない、血統という要素。
そこには、競馬の醍醐味や魅力ともいうべきドラマがたくさん詰まっている。
これを機会に、皆さんも是非、好きな種牡馬や"推し"の種牡馬を見つけてみてはいかがだろうか。
写真:かぼす