リスグラシュー - ハーツクライの完成形とも言える、時代を彩った歴史的名牝

「名馬には名レースあり」

競馬にはこれまで数多くの名馬が誕生してきたが、当然の如くその名馬たちには印象的なレースや特徴的な個性がある。人々の印象に残るからこそ『名馬』なのだ、とも言えるかもしれない。

そして2019年、リスグラシューという名馬が強さを残したままターフを去った。海外競走を含むG1・4勝の実績を残した"歴史的名牝"である。

リスグラシューと聞いて思い出すレースは、どのレースだろうか。

アーモンドアイ、サートゥルナーリア、フィエールマン、レイデオロといった並み居るG1馬を相手に5馬身差圧勝という衝撃の強さを見せた「有馬記念」。

縦型長方形のムーニーバレー競馬場で後方大外ぶん回しから楽々差し切った「コックスプレート」。

前残りの展開をメンバー唯一の上がり33秒台で差し切り、念願のG1初制覇を飾った「エリザベス女王杯」。

この3競走もやはり、印象深いかもしれない。

しかし、これら3競走以上に私自身とても印象に残っているのが『宝塚記念』である。


上述の通り、リスグラシューにとって初のG1制覇となったのが前年のエリザベス女王杯。つまり宝塚記念はG1馬としての参戦であった。しかし、当時のリスグラシューは牡馬混合戦における勝ち鞍が東京新聞杯のみ。そもそもエリザベス女王杯を制するまで、グレードレースに限ると牡馬混合戦は2戦(東京新聞杯、安田記念)しか経験しておらず、牝馬限定戦を中心に走ってきた中でのエリザベス女王杯勝利であったため、当時はあくまで牝馬同士におけるトップクラスの一頭といった位置付けに過ぎなかったように思う。

エリザベス女王杯を勝利後、初の海外挑戦となった香港ヴァーズを2着、年明け初戦の金鯱賞も2着、再びの香港遠征となったクイーンエリザベス二世Cを3着と、勝利こそなかったものの牡馬混合戦で着実に実績を積む。ただ、ダノンプレミアムの復活に沸いた金鯱賞、ウインブライトの勝利に沸いたクイーンエリザベス二世Cと主役の座に立つことはできず、ここまで1着4回に対し2着8回であったため"シルバーコレクター"の印象さえあった。

しかしリスグラシューは確かな成長を遂げていた。

若駒時代、一向に増えなかった馬体重は府中牝馬Sで+12kgと増やし遂に460kg台に突入。ムラのあった終いの脚も徐々に安定してきていた。先のエリザベス女王杯での豪脚に加えて香港ヴァーズでは一旦先頭に躍り出る末脚、金鯱賞では終始外々を回りながら内をロスなく立ち回ったダノンプレミアムを猛追、クイーンエリザベス二世Cも同様に内々を立ち回ったウインブライトをエグザルタントと共に強襲。着実にレベルアップした末脚を武器に、牡馬との戦いに身を投じていったのだった。

そして迎えた宝塚記念。

人気を分け合ったライバルは、同世代の菊花賞馬・キセキとダービー馬・レイデオロ。リスグラシューは近走の安定ぶりも評価され2頭に次ぐ3番人気に支持された。

メンバーも近年屈指のハイレベルと謳われ、前走の大阪杯で復活Vを遂げた同世代の皐月賞馬・アルアインにダービー2着のスワーヴリチャードが参戦。当時の5歳世代は強固な牙城を確立していた。まさにこの時代で中距離戦線の一時代を築いていた世代と言っても過言ではない。

結果的にその5歳世代5頭が1~5着を独占する事となるわけだが、そこで強烈な輝きを放ったのが他でもなくリスグラシューであった。

同レースにおけるリスグラシューの強さは、とてつもなかった。

これまで積み上げてきた堅実な末脚をすべて捨てるかのように見えた序盤からの積極的な競馬。逃げるキセキの後ろ2番手をピッタリと付け、そのまま4コーナーから最後の直線へと向かう。

逃げ込みをはかるキセキに、残り200m手前であっさりと並びかけ、これまで通り──いや、もしかしたらそれ以上とも言える末脚を見せ、後続を3馬身突き放しての完勝。今まで後方から使ってきた脚を2番手から繰り出してみせ、完膚なきまでに同世代のクラシックホースらをなで斬ったのであった。

7ヶ月前に牝馬限定戦で悲願のG1初制覇を成し遂げたこの馬が、翌春のグランプリで並み居る強豪牡馬勢を完封するまでに至るとは、当時どれほどのファンが想像していただろうか。

その後、リスグラシューは豪州のコックスプレートを楽勝し、引退レースとなった暮れの有馬記念でも5馬身差の圧勝。あっという間にさえ思えたG1・3連勝であった。その功績が称えられ同年の年度代表馬に選出されたが、歴代稀に見る層の厚さを誇っていた当時の中距離戦線でその称号を獲得したという事実は計り知れないほど価値が大きい。

通算成績を振り返ると22戦7勝(2着8回、3着4回)。うち5勝は古馬になってから挙げたもので更にそのうち4勝はG1レースと、いかに成長力が凄まじかったかを示す何よりの証拠である。

『ハーツクライの完成形』。

既にハーツクライ産駒の成長力がトレンドになりつつあった当時だが、まさしくリスグラシューがそのトレンドを体現し、確実なものとしたのは間違いない。

後にも先にも、ハーツクライの成長力を最も受け継ぎ形にした最高傑作はリスグラシューなのではないかと、私はこの先の競馬人生でも伝え続けていきたい。

写真:かぼす

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