
ソダシという光がターフを去ったあの日から、私はずっと待っている。純白の輝きが再びファンの視線を釘付けにし、ターフを席巻する日が来ることを。
白毛馬は、それだけで私を魅了する。希少性と目を引く美しさを備えたその存在は、一昔前にはただ走るだけで話題になり、そこにいるだけで特別な存在として胸を打った。
だが、彼らは競走馬だ。競走馬である以上、見た目だけでは満たされず、もう一つの輝きを求めてしまう。速さ、強さ、逞しさといった、ターフの上でこそ放たれる洗練された魅力を。
ソダシは、偉大な蹄跡を刻み、時代をひとつ進めてくれた。彼女はただ可愛いだけではない、ただ白いだけでもない。コロナ禍という鬱屈した時代に現れた彼女の堂々とした走りは、まさしく光そのものだった。彼女が切り開いた「純白の女王」という道は、多くの夢を乗せた。

ソダシは母として次代を繋ぐ大切な使命を果たすべく、北の大地へ帰っていった。彼女がターフを去ったあと、同じ母を持つ鹿毛のママコチャがスプリンターズステークスを制覇。姉とは違う才能の輝きで、この血統の奥深さを示した。
白毛馬の活躍は、少しずつ日常になりつつある。だが、芝のクラシックを駆けることは、競馬において特別な意味を持つ。私は心のどこかで、白い輝きがクラシックの舞台に立つ日を待ち望んでいる。
いつか、また現れるだろうか。 あの系譜を継ぎ、私たちをもう一度、魅了してくれる白毛の馬が──。
2025年7月12日。12時15分を過ぎた頃。函館競馬場の空は、突き抜けるほど青く、陽光が降り注いでいた。まだ名も知られていない若駒たちが、夢への第一歩を踏み出すメイクデビュー函館、2歳新馬。その思いが、ついにひとつの形をとる。そんな予感が駆け巡った。
その主役はマルガ。サンスクリット語で「道」の意味を持つ、真っ白な女の子だ。ソダシとママコチャの半妹として、次なる夢を紡ぐ可能性を秘めた彼女。その注目と期待は、単勝1.1倍という圧倒的な支持に現れていた。
パドック中継が始まったとき、画面越しに思わず声が出た。 白い。あまりに、白い。その馬体は函館の眩しい日差しを跳ね返し、まるで光の塊のようだった。その確かな歩様には天性の才が宿り、薄い皮膚の奥からはしなやかな筋肉と血管が透かし出されているようにも見える。もし彼女が真っ黒な馬だったとしても、きっと誰もが「走る馬」と感じただろう。陽光に照らされ神々しささえ漂うその姿に、パドックに詰めかけた観衆がスマホを掲げる気持ちが、よくわかった。
ゲートが開く。マルガは軽やかに飛び出し、迷いなくすっと前へ出た。それは作戦めいた「逃げ」ではなく、フットワークを気分良く伸ばしただけの自然体の走り。誰よりも先に未来へと足を踏み出すような、そんな才能の片鱗がそこにあった。武豊騎手は無理に促すことなく、一定のペースとリズムでマルガの歩みを静かに導いていく。

直線。武豊騎手が合図を出すと、マルガはライバルたちをあっさり置き去りにした。大きなストライドで新緑の洋芝をしなやかに蹴り、空を舞うように悠々と駆けていく。その姿に、5年前、同じ舞台を駆け抜けたソダシの走りが重なった。脚色は最後まで衰えを見せることなく、マルガはゴール板を駆け抜けた。その瞬間、電光掲示板に「1分48秒1」の文字が浮かぶ。それは2歳コースレコード。デビュー戦にして、記録に名を刻む快走だった。

スタンドからは、驚きと喜びに包まれた大きな拍手が沸き起こった。白毛が勝った――それも圧倒的に。マルガの初陣は、観る者の胸に大きな震えを残した。
マルガの走りには、どこか姉ソダシの面影がある。レースを自ら作り、正攻法で押し切る姿。そして凛とした品格。
それと同時に、違うものが宿っているようにも感じる。それがしなやかさなのか、自在性なのか、持久力なのか、ダイナミックさなのか、その答えはこれから彼女が走るたびに明らかになっていくだろう。マルガはもしかしたら、姉の道をなぞるのではなく、別の地平を目指せるかもしれない。
レース後、関係者からは秋のアルテミスステークスをめざすプランが語られた。既にその眼は次の戦いへ。かつてソダシを管理し、この血統を知り尽くした須貝厩舎であれば、彼女に最善の道を託してくれるだろう。その安心感に、希望は膨らむ。

マルガの未来は、まだどこにも決まっていない。これから、彼女自身の歩幅で、ひとつひとつ形作っていくこととなる。彼女が偉大な姉たちに並びうるかは、まだ誰にもわからない。ただ、怪我なく、心も体も健やかに。その歩みを、静かに見守っていけたらと思う。
この日、私は画面越しに、たしかに見た。再び白銀のたてがみが、陽を浴び、風を裂き、未来へと駆け出す瞬間を。いつかこのレースを見守ったことを、瑞々しい思い出として語り継げる日が来たらいいなと思う。
大きな予感を感じさせるマルガ。彼女が紡ぐ「道」が、奇跡のような眩しい物語として、私たちの記憶の奥にそっと刻まれていくように──。

写真:@pfmpspsm