[地方レース観戦記]最速で逃げ切れ、雨男シャマル!~2025年・さきたま杯~

1週前には真夏のような暑さが続いていたのに、一転して梅雨寒となった水曜日。
朝からどんよりとした空模様が広がり、乗馬クラブで駈歩(かけあし)発進を練習していたわずかな時間だけ、束の間の晴れ間がのぞいた。だがその後、まるで梅雨が巻き戻されたかのような土砂降りが襲った。

それでも私は車を走らせ、浦和競馬場へと向かった。
道中、目に入る競馬場の駐車場はどこも「満車」の表示。ようやく競馬場から10分ほど離れたコインパーキングに車を停め、入場門を目指すことになった。
それもそのはず、第29回さきたま杯は、JpnI昇格2年目の注目レース。
南関4場の中でも最も小回りな浦和競馬場に、派手な悪天候をものともせずファンが続々と詰めかけていた。

後から知ったことだが、この土砂降りの時間帯に予定されていた浦和競馬場の7Rと8Rは開催中止。
コースは水の浮く田んぼのような不良馬場と化していた。
実際、乗馬クラブで水たまりの浮いたダートに足を踏み入れると、くるぶしの深さまで沈み込む。
馬でいえば蹄がすっぽり埋まり、踏み込んで足を上げるにはかなりの力が要る…そんなコンディションだった。浦和競馬場のダートコースに注目すると、やはりコースに脚を踏み入れた馬の蹄あたりまで沈み込む馬場コンディションだった。

この一戦で特に注目を集めたのが、7歳馬シャマル。
過去3年のさきたま杯では3着・競走中止・3着と敗戦が続き、どうしてもタイトルに手が届いていなかった。だが今年は違った。ついに彼にとっての“最高の舞台”が整ったのだ。

──それが、大雨による田んぼのような不良馬場。
これまでの12勝のうち、不良馬場での勝利が5つ。“雨男”の異名を取るシャマルにとって、これ以上ないコンディションだった。

その名が意味するのは「ペルシャ南岸に吹く風」。
ついにこの日、彼は“嵐を突き抜ける風”となって、さきたま杯の歴史にその名を刻む走りを披露した。

レース概況

ゲートが開くと同時に、場内からどよめきと悲鳴が交錯した。2番人気・コスタノヴァがまさかの大出遅れで最後方からのスタートになったのだ。ゲート内で暴れていたわけでもなかったが、開扉から約2秒後にようやく発進。小回りの浦和競馬場では致命的とも言えるロスで、スタート直後にしてすでに絶望的な位置取りとなった。

一方、好スタートを決めたのはシャマル。川須騎手が迷いなく内ラチ沿いへと進路を取ると、アウストロ、ティントレットが鈴をつけに来る形で追走する。まるで「かかってこい」と言わんばかりに、シャマルは川須騎手に導かれてハナを譲らず、1コーナーへ突入した。

向こう正面では、2頭がその背後からピタリとマーク。少し離れてムエックスが4番手のポジション、外からはチカッパもじわりと進出。そのさらに5〜6馬身後方にエンペラーワケアをはじめとする差し馬勢——タガノビューティー、マーブルマカロン、ヘリオス、オメガレインボー、サヨノグローリーと続き、コスタノヴァは最後方のまま、最序盤の遅れを巻き返す暇もないまま、縦長の隊列が形成されていく。

シャマルは11秒台〜12.0秒前後のラップを淡々と刻み、ペースを緩めない。
3コーナーでムエックスとチカッパが仕掛けて先団に取り付くが、コーナーリングの巧さこそシャマルの真骨頂。内ラチ沿いをロスなく完璧に回り、追いつかれるどころか、さらに後続を引き離しにかかる。

直線に向いたとき、新2号スタンドで観戦していた私の目の前を通過するシャマルとムエックスとの間には、すでに4〜5馬身の差がついていた。
懸命に追いかけるムエックス、大外から一気の末脚を繰り出したエンペラーワケアも、その差を詰めるには至らない。

そのままシャマルが5馬身差で圧勝。時計は1分23秒2を示し、「レコード」の赤文字にファンが沸いた。
これは1999年に記録された浦和1400mのコースレコードを、実に26年ぶりに塗り替える快挙となった。
まさに「4度目の正直、完勝の内容だった。

なお、先行していたティントレットはそのまま粘って4着に健闘。
タガノビューティーは中団から全体4位の上がり36.1秒を記録して5着に浮上したが、逃げたシャマルも上がり36.3秒でまとめており、その差はわずか0.3秒。この馬場、この展開ではさすがの末脚も届かず、追撃は及ばなかった。
道中早めに動いてシャマルに迫ったチカッパは脚が続かず7着、
コスタノヴァは最後方から上がり2位となる35.2秒の末脚を繰り出したものの、展開と直線の短さに泣いて11着でレースを終えた。

各馬短評

1着 シャマル 川須栄彦騎手

道悪巧者であることはこれまでの戦績が証明していたが、その適性の根拠がより明確になった。
ピッチ走法による素早い脚捌きと、馬体全体でバランスよく前へ進む推進力で、不良馬場でも脚を取られずラップタイムを維持した。
さらに、小回りの浦和競馬場でも内ラチ沿いをロスなく立ち回れるコーナリング性能を活かし、自らレースを作る形で押し切った走りは圧巻の一言。

川須騎手の手綱捌きに従って先行できる前向きな気性と、フォームの崩れにくさ、そして地力でペースを作れる持続力を備えており、他馬よりも特殊な馬場や展開でもブレない体幹こそが最大の強みだ。
距離適性は1400m前後が最も安定するが、機動力とロスの少なさを活かせば1800mのチャンピオンズカップでも5着に残る柔軟性を見せている。

前走のかしわ記念で良馬場のマイル戦をこなした馬が、道悪かつ小回りの適性を味方にすれば更に強いことを見せつけた。秋の目標はJBCスプリントで、更に短い1000mの究極のスピード比べになる。
レースの巧さに加えて、その速さが本物か、4つ目のタイトルに期待したい。

2着 ムエックス 張田昴騎手

中央時代は3歳で未勝利〜2勝クラスを3連勝するも、3勝クラスで足踏み。
地方転入初以降は距離の融通性を武器に安定した戦績を重ねてきたが、今回は1400mという条件で中央勢相手に健闘の2着。

もともと1600〜1800mを主戦場としていた中で、今回が地方移籍後2戦目の1400m戦、前走オグリキャップ記念を勝っての適性を見極めての臨戦だったとはいえ、JpnIでこの結果は立派だ。
中央馬の多くが浦和の小回りや不良馬場への対応に苦しむ中、地元開催を活かして早めに位置を取り、直線でもシャマルを目標に最後まで脚を伸ばした。

勝ち馬には離されたが、末脚比べに対応できなかったブリリアントカップ以外は崩れていない近走からも、地力の充実がうかがえる。
南関重賞を含め、今後も展開や馬場次第で馬券圏内に浮上してくるだけの実力を見せたので、交流戦で再度の激走があるかもしれない。

3着 エンペラーワケア 川田将雅騎手

1400m-1600mを中心に安定した走りを続けてきた重賞2勝馬。
浦和競馬場の小回りコースや、初の不良馬場挑戦といった不慣れな条件の中で、大外から末脚を繰り出し、ムエックスとの2着争いに肉薄した。

本来はワンターンの舞台を得意とし、先行して長くいい末脚を使うのがこの馬の持ち味。
今回は得意な形とは言い難いコース・展開の中でも崩れず、改めて地力の高さと安定感を示した。
シャマルとは黒船賞でも対戦済みで、そのときは2kgの斤量差がありながらも完敗。しかしファンはG1級の実績がないにも関わらず僅差の3番人気に推したように、潜在能力には期するものがあるのだ。
適性面の違いが結果に出たが、今回は勝ち馬に馬場も展開も向いた中で、斤量差無しでの3着なのだから、悲観する内容ではない。むしろ直線が短い中で、中段から先行馬たちを捉え切った末脚を評価するべきだ。

掲示板を一度も外したことのない安定感と堅実な先行力は、今後も好条件下で再浮上のチャンスを十分に示すパフォーマンス、秋こそは黒い馬体がノビノビと駆ける姿が見られるはずだ。

11着 コスタノヴァ ルメール騎手

返し馬からゲートまで特に挙動に乱れも見られず、落ち着いた雰囲気でレースに臨んでいたが、スタート直後の反応が鈍く、まるで「よっこいしょ」と言って動きだすような形で、約2秒の大きな出遅れ。
前走のかしわ記念でもスタートに課題を見せており、続く1400m戦ではその遅れが致命的となった。

本来はエンペラーワケア同様に好位抜け出しが持ち味の馬で、年始のフェブラリーステークスを勝ち切ってG1ホースになったように東京コースとの相性は抜群。だが、かしわ記念の川崎競馬場や今回の浦和競馬場のような小回りで機動力が問われる条件では、重心の低いピッチ走法のシャマルに比べて、重心が高くストライド走法気味のコスタノヴァには適性が対極と言えるレースだった。根岸ステークスから数えて春4戦目のローテーションで、見えない疲れもあったかもしれない。

それでも上がり3ハロン35.2秒はメンバー中2位と「小回りは合わない」というルメール騎手の敗戦の弁ながら能力は見せている。東京に近い条件となる盛岡競馬場のマイルチャンピオンシップ南部杯では見直しが必要な一頭だ。フェブラリーステークスがベストパフォーマンスだっただけに、秋初戦の変わり身に再度期待しよう。

レース総評

ついに手にした、さきたま杯のタイトル。
7歳馬シャマルがここまで歩んできた道のりは、決して平坦なものではなかった。
JpnIIIを3勝して挑んだマイルチャンピオンシップ南部杯、続くチャンピオンズカップ以降は川田将雅騎手、坂井瑠星騎手が手綱を取り、黒船賞こそ勝ったもののビッグタイトルには結びつかなかった。
それでもこの馬を信じ続けた陣営、そして日々つきっきりで調教を重ねてきた川須栄彦騎手との人馬の絆が、この春シーズンの重賞3連勝という鮮やかな形で花開いた。
しかもその内容は、黒船賞3連覇 → 悲願のJpnI・かしわ記念制覇 → さきたま杯圧勝と、並び立つだけで胸が熱くなるような快進撃である。

今年のさきたま杯は29回目にして初めての不良馬場でのレースだった。
そんな中、川須騎手の手綱さばきと、前に行ける脚・機動力を兼ね備えたシャマルが、その圧倒的な馬場適性を武器に、26年ぶりのコースレコード勝ちを収めたのは偶然ではなく、必然だった。

500キロ前後の体で前を向いて走るその姿には、かつてこのレースを岩田康誠騎手とのコンビで連覇した父・スマートファルコンの面影すら重なって見えた。
そしてなにより、雨に濡れた砂の上を、澄んだ顔で戻ってきたシャマルと、それを拍手で迎えたファンたちの光景は、荒天の中でも心に残る美しい一瞬だった。
川須騎手が後方を確認しながら見せたガッツポーズ、そのスピードとは対照的に、引き上げの際は勝利を噛みしめるようにゆっくりと歩を進める姿に、涙を浮かべるファンの姿もあった。
さらにスタンドからは「川須!」というコールが自然に湧き上がり、長年この馬を支え続けてきた騎手への賛辞が場内に響き渡った。

この先、シャマルはコリアスプリント(韓国)やJBCスプリント(船橋)といった秋の大レースを目標に、夏休みに入ることが陣営から発表された。
7歳という年齢を思えば、競走馬としては晩年に差しかかっているのかもしれない。
それでもなお、己の“条件”と“走り”を極めた人馬が、どこまで突き抜けていくのか──。
風の名を持つ馬の、国内短距離チャンピオンを目指す旅路は、まだ終わらない。

写真:s1nihs

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