暑い夏が訪れ、函館2歳Sが近付くと、思い出さずにはいられない1頭がいる。

現役生活中に不慮の事故で、片目を失なう不運にみわまれながらも、GI桜花賞へ果敢に挑戦したニシノチャーミーだ。


ニシノチャーミーは、父サクラバクシンオー、母ブランドミッシェルという血統を持つ。

父は言わずと知れた快速馬・サクラバクシンオー。短距離を得意とし、スプリンターズSを連覇した快足馬だ。

母のブランドミッシェルは堅実に走り5勝した牝馬。重賞にも挑戦し、新潟記念(GⅢ)で3着と健闘した。

この新潟記念で勝った馬が、後にハーツクライの母となるアイリッシュダンスということを考えると、3着は大いに褒められるべき成績と言えるだろう。

更に、6歳時に秋興特別 (900万下)では9番人気ながら4歳時のサクラローレルを相手に勝利をあげている。

当然、高い期待とともに繁殖入りしたが、ニシノチャーミーまでの産駒は中央競馬で勝利を挙げることができず、地方競馬を主戦場としていた。

そんな彼女の8番仔として生まれた牝馬が、ニシノチャーミーだった。

無敗で重賞を制覇、高まる期待

ニシノチャーミーは、2004年3月8日に誕生した。

馬主は「ニシノ・セイウン」の冠名で知られる西山茂行氏。

馬名の由来は「冠名+Charming(愛嬌のある)から」とあるが、馬名のごとくキレイな栗毛で、とても愛嬌のある馬であった。

現在で言えば、いわゆるアイドルホースに数えられるような顔立ちだ。

多くの潜在能力を秘めていそうな雰囲気と将来性を感じさせた1頭。陣営もデビュー前からチャーミーに期待を掛けていたことだろう。

順調に成長し、2006年7月8日にデビューを迎えたニシノチャーミー。

選ばれたのは函館1200m、牝馬限定の新馬戦だった。鞍上には四位洋文騎手(現在は調教師)が選ばれる。

このメンバーの中には後に優駿牝馬(オークス)3着となるラブカーナが出走していたが、中団から抜け出し、鮮やかな差しきりで、デビュー戦を制し、母・ブランドミッシェル産駒の中央初勝利を捧げた。

次走に選ばれたのは、同じ函館競馬場で開催される函館2歳S。騎手は前走と同じ四位洋文騎手に委ねられた。

1番人気は、チャーミーと同じ函館の新馬戦を勝ち上がってきた良血の外国産馬・エイシンダームスン、2番人気はコスモバルクの再来と言われた地方馬・インパーフェクト。インパーフェクトは、圧巻の10馬身差でデビュー戦を制し、初の中央挑戦となる前走のラベンダー賞を制してここに駒を進めてきた。そして3番人気には藤田信二騎手騎乗の外国産馬ゼットカークが続いた。

ニシノチャーミーは7番人気に甘んじていたが、新馬戦と同じ中団待機から4コーナーで先頭にたち、そのまま押しきりゴール版を駆け抜けた。これは無敗での重賞制覇だった。

しかも2着は、後に高松宮記念・スプリンターズSを制するローレルゲレイロである。

大物の予感、高まるクラシックへの期待──。

今後はもっと大きなところを狙える、そう感じさせた。

翌年のクラシック候補としてGI戦線での活躍、そして引退後には繁殖としても西山牧場の将来を背負って行く馬になるであろう予感…。

それだけのポテンシャルを秘めた馬だった。

広がり始める夢と、無念の事故

次走に選ばれたのは、阪神2歳牝馬チャンピオンを決める阪神JFも視野に入るファンタジーS。

過去の勝ち馬には多くの名馬がいる、いわゆる出世レースだ。

次走までの期間、一度放牧に出ることとなったニシノチャーミー。

しかし、ここで運命の歯車が狂う出来事が起こってしまう。

──ある朝、馬主・西山茂行氏に1本の電話が入る。

「すみません、ニシノチャーミーが目から出血しています。馬房の突起物で目を刺してしまったようで、獣医の話だと左目は失明です」

大きな落胆。あまりにも急な事故だった。

しかし、このとき西山氏は牧場スタッフに苛立ちは一切なかったという。

それは、普段から細心の注意を払い、業務に取り組んでいる中での不慮の事故だとわかっていたからだ。

ただ、唯一の想いがあった。

「なぜお前なんだ…チャーミー…」

当時ニシノチャーミーは所有馬の中で唯一のオープン馬であり、有力な翌年の桜花賞候補だった。

その後、チャーミーは、左目の摘出手術を受け、1年間の休養に入った。

片目の競走馬

目を失ってしまった馬とは、どういう存在となるのか。

片眼を失った競走馬は過去にも数頭存在する。

JRAの規定では、競走馬登録前に片眼を失った馬は競走馬として登録することができないが、登録後に失明してしまった場合は問題なく現役生活を続けることができる。

過去にデビュー前に片眼を失ってしまい、日本ではデビューすることが叶わず、アメリカでデビューし、3勝を挙げたエイシンマサムネという馬の例もある。

しかし、ニシノチャーミーは不幸中の幸いにもデビュー後の失明だったため、現役生活は送る上では問題は無かった。

ただ、今後のレースは今まで通りでは厳しく、ハンデとなることも多々発生してしまう。

何よりチャーミー自身が怖がってしまう可能性も大きく、騎乗する騎手はチャーミーができるだけ安心できる位置取り、レース運びをすることが求められた。

帰ってきた桜花賞候補

翌年の2007年、長い休養から厩舎へ帰ってきたニシノチャーミー。

片目がないことは痛々しく見えたが、いつもの可愛く愛嬌のあるチャーミーであることには変わりなかった。

桜花賞のトライアルとして候補に挙がっていた、フィリーズレビューにも登録はしたが、調整が整わず回避。

これにより目標の大舞台・桜花賞へは、休養空け、ぶっつけ本番での出走することとなった。

昨年の函館2歳Sを制してから、約8ヶ月ぶりの出走、片目を失って初めてのレース…幾多の試練を前にニシノチャーミーは桜花賞へと向かう。

阪神1600mで開催される桜花賞、鞍上には新たに藤岡佑介騎手を迎えての出走となった。

この年のクラシック戦線は近年希に見るレベルの高さで、後に歴史的牝馬となるウオッカとダイワスカーレット、阪神JF勝ちのローブデコルテ、後にスプリンターズSを制するアストンマーチャン、この後NHKマイルCを制するピンクカメオ、秋華賞2着となるレインダンスなど、例年に比べてもハイレベルなメンバーが揃っていた。休養明けのニシノチャーミーにとって本当に大きな壁と言える。

そして桜花賞は、いよいよスタートを迎える…。

ゲートが開いた途端、1頭出遅れた馬がいた。ニシノチャーミーだった。

レースはアマノチェリーランが先頭でレースを引っ張る、ニシノチャーミーは最後方。

抑えきれない感じでアストンマーチャンが2番手に取り付ける。

藤岡騎手もなるべくニシノチャーミーが怖がらないよう、光ある右目で安心してレースができる位置取りで進める。

800m手前辺りで最後方からニシノチャーミーが外から上がっていく。

3コーナーから4コーナー付近で人気のウオッカは3番手ダイワスカーレットをマークする位置取り。

ニシノチャーミーも外から馬群をさばこうと4コーナーを回る。

──が、レース勘が鈍ってしまっているためか、片目に光を失っている怖さからか、大きく外に膨れてしまう。

そして直線ではアストンマーチャン、ダイワスカーレット、ウオッカの3頭の追い比べになり、最後の200mを過ぎたあたりで直線で脚を温存していたダイワスカーレットが抜け出して、ウオッカを下した。

ニシノチャーミーは最下位18着。

しかし、約8ヶ月ぶり、生まれて初めて片目での出走を考慮して考えれば、懸命に上がってこようとしていた4コーナーでの動きはむしろ素晴らしかったといえる。

私自身ニシノチャーミーを観られて嬉しかったし、怖さを抱えながらも一生懸命走る姿に感動した。

ラストレース

桜花賞から約4ヶ月後、キーンランドCに出走したニシノチャーミー。

このレースでは新たに北村友一騎手が手綱をとり、チャーミーが安心できるよう、内ラチを頼りにレースを進めた。結果は9着だったが、メンバー中最速33秒8という上がりタイムでもあった。さらには函館2歳Sと同じく、11着のローレルゲレイロにも先着。高く評価できる走りだった。

しかし、この後、セントウルSに登録はしていたが、回避して放牧。そのままJRAの競走馬登録を抹消し、引退が決まった。

秘めたる能力を見せぬままターフを去ったこともあり、引退後は繁殖として期待されたが、またも不運に見舞われてしまう。

胸膜肺炎のためこの世を去ってしまったのだ…。

馬主・西山氏のブログによれば、脳に薬が回り、残念ながら予後不良となったようだった。

早すぎる別れ

競馬にタラレバは禁止されている。

しかしチャーミーが元気に走れていれば…と、想像してしまう。

もしチャーミーがクラシックレースを順調に走れていたら、ダイワスカーレット・ウオッカとともにライバル争いをしていたのではないか──来ることのなかった未来を考えずにはいられない。

順調に繁殖入りしていれば、その高い能力が産駒にもしっかりと伝わっていたはず。将来GI馬が出ていても、何らおかしくないと今でも考える。

「あの馬が元気で走っていたら、西山牧場の歴史が変わっていたかも… 」

と西山氏も自身のブログで語っている。

https://ameblo.jp/nybokujo/entry-10613396182.html

この記事でニシノチャーミーの存在を知った方もいらっしゃると思うし、当時から知っていた方もいると思う。

そして、あるときから聞かなくなったけど馬名は覚えていたという方もいることだろう。

この記事に託して、たくさんの方に伝えたい。

ニシノチャーミーという未来有望な、可愛くてチャーミングな馬がいたことを、どうかいつまでも忘れないでいて欲しい。

最後に某雑誌でファンの声というコーナーがあった。

ニシノチャーミーへの声援も当然多かった。

「チャーミーを見られるのは嬉しいけど、レース中はやっぱりどこか心配だった」

というファンの声が多数あった。

そんな風に、当時のファンからも深く愛されていた1頭・ニシノチャーミーだった。

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