[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]近親交配の弊害(シーズン1-9)

福ちゃんの件でバタバタしているうちに、もう1頭の繁殖牝馬スパツィアーレは腸閉塞と闘っていました。昨年のこの時期は腹痛を起こして転げまわり、1日でケロッと回復して事なきを得ましたが、今年はそうは行きませんでした。便が出なくなってしまい、獣医師に下剤を入れてもらったものの、なかなか良くならず、かなりの期間苦しむことに。食べると余計に便が詰まるから餌もあげられず、苦しくて馬房内で暴れるから、皮膚は擦りむけ、肢をぶつけてフレグモーネになって腫れてしまいました。

点滴をしながら生死の境をさまよい、5日目ぐらいから少しずつ便が出て、体調も上向きになってきたそうです。僕は近くにいてあげられずに申し訳ない気持ちです。リアルスティールを種付けした矢先の出来事だけに、慈さんも「なんでこうなるかなあ。難しい馬ですね」と言葉を濁すしかありません。

サラブレッドは腸が長いので、捻じれたり、詰まったりしやすく、それによって最悪のケースは死に至ることもあります。ナリタブライアンが腸ねん転で亡くなったことは今でも覚えていて、あの頃は競馬を始めたばかりで、あれだけ強かった馬がなぜ腸ねん転ぐらいで死ぬのか全くもって分かりませんでした。腸はもっとも怖いと慈さんは言います。特にスパツィアーレは便秘になりやすく、腸が詰まって苦しむ特徴があるようですね。良くなったら、乳酸菌を活性化させるサプリを飲ませようということになりました。

ちょうど繁殖シーズンが始まり、種付けをした矢先のできごとですから、リアルスティールを受胎しているかどうかも怪しいです。もし受胎していなければ、もう一度、コンディションを整えてから種付けに向かうことになるので、だいぶ遅れてしまいそうです。今年こそはと意気込んでいたのに、あっさりと出鼻をくじかれてしまいました。今年もまた受胎しなかったら、という不吉な考えがどうしても頭をよぎります。

不吉な予感ほど当たるもので、数日後、慈さんから「すいません。スパツィアーレは受胎していませんでした」と連絡がありました。慈さんは何も悪くないのに謝らせてしまって、こちらこそ申し訳なく思います。ここまでくると、受胎していないのが当然になってきました。「そうですよね」と僕は返し、「ひとまずはスパツィアーレの体調が良くなるのを待って、それから種付けのことを考えましょう」と伝えました。それがいつになるのか、今シーズン中に種付けに行けるのか、こっちはこっちで上手く行かないと、自暴自棄になりそうになる自分を抑えるので必死でした。

上手く行かないと言ったのは、福ちゃんのことも含めてです。上手く行かないというと語弊があるかもしれませんが、順調に行かないなあとつい思ってしまう自分がいました。繁殖牝馬が子どもを受胎して、無事に元気な子を産むことがこんなにも難しいとは。こんなとき、人間はどうしても原因探しをします。なぜこのようなことになったのか、どうしても理由を求めてしまうのです。もちろん、原因が分からなければ改善しようがありませんので、なぜこのようなことが起こったのかを冷静に客観的に把握することは大切です。ただ世の中には原因がないこともありますし、自然の世界においては人間の力が及ばない面もある以上、犯人探しをしても意味がないことも多いはずです。

福ちゃんが小眼球症を抱えて生まれてきたとき、もしかすると高齢出産が原因ではなかったかという想いが頭をよぎりました。母ダートムーアは2008年生まれの16歳、父タイセイレジェンドは2007年生まれの17歳になります。両親共に高齢だったことが、遺伝子異常を引き起こしてしまったのではないかと考えたのです。もしそうだとしたら、これからは高齢の繁殖牝馬には若い種牡馬を配合することで病気を避けることができるかもしれません。そのことを獣医師であり血統研究家の堀田茂さんに話したところ、「両親はそれほど高齢でもないですし、生物としての一個性があのような形で出た運かもしれませんね。福ちゃんのことは応援しています!」とエールをいただきました。

高齢出産でなければ何なのか。次はそう考えてしまう自分がいます。そして、やはり近親交配が原因なのかという考えに戻っていきます。福ちゃんはノーザンテーストの4×5というインクロスであり、それほど強いクロスではないと僕は考えていました。もっと強いインクロスの馬など山ほどいますし、私たちが知っている名馬たちも完全なアウトクロスから生まれてきた馬の方が少ないはずです。イクイノックスはLyphardの5×4とHaloの4×4をインクロスに持っていますし、アーモンドアイはNureyevの5×3とNorthern Dancerの5×4です。さすがにノーザンテーストの5×4が小眼球症の直接の原因だと片づけるのは無理があります。

だがしかし、きつい近親交配において、受胎率の低下や奇形発症率の上昇が引き起こされる以上、それほどきつくない近親交配においてもその確率が上がるはずです。僕たちは速さを求めて近親交配を繰り返してサラブレッドをつくってきましたが、表舞台で脚光を浴びる馬と同じ数、もしかするとそれ以上の馬たちが犠牲になってきたのかもしれません。強いインクロスの配合をすると、さらに強い馬が誕生する可能性もある一方で、不受胎の問題に悩まされるスパツィアーレのような繁殖牝馬もいれば、福ちゃんのような奇形が生まれてしまうこともあるのです。後者の問題に関しては、生産者たちは目をつぶり、競馬ファンの目には見えなかった。一定数の馬たちの犠牲の上に、競馬は成り立ってきたのです。僕たちに見えているイクイノックスやアーモンドアイが光だとすると、スパツィアーレや福ちゃんは影だということになります。僕は生産の世界に片足を突っ込んだことによって、影の部分を知ってしまい、そこに光を当てようとしていることになりますね。

(次回へ続く→)

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