![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]どこ吹く風(シーズン2-10)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/03/20250826_DS_0358-scaled.jpg)
福ちゃんをエクワインレーシングに見送ってから、2か月が経とうとしています。その間、理恵さんと僕の友人のカメラマン住吉が様子を見に行って、撮影してくれた写真や動画を観たりはしていました。また、エクワインレーシングのホームページで月1回更新される、ダートムーアの24の最新の馬体重と立ち写真をチェックしていました。福ちゃんが7月中旬に移動したその日に計った馬体重は457kg。そこから8月中旬には466kgと増え、さらに9月中旬には475kgと増えています。年頃の女子にとっては、1カ月に10kgずつ増量していくなんて、穴があったら入りたい気持ちになるかもしれませんが、競走馬を目指す福ちゃんにとっては諸手を挙げて喜ぶべきことです。
環境が変わってもしっかり食べられているのだということが分かりますし、ただ太っているのではなく、トレッドミルと昼夜放牧で鍛えられながらも実が入って、アスリートとしての体つきになってきているということです。それは立ち写真からも伝わってきます。このペースで大きくなってゆくと、もちろん調教がハードになって体が減ったりすることもあると思いますが、来年デビューする頃には500kgを超えてくるかもしれませんね。大きければ良いということではありませんが、やはり上のレベルを目指すのであれば、アスリートとしての身体の大きさは必要です。
エクワインレーシングの育成馬一覧を見てみると、すでに預かってくれる厩舎が決まっている馬たちがほとんどです。しかも中央競馬に行く予定になっている馬たちばかり。そうした馬たちと一緒にトレーニングしてもらうことは願ったり叶ったりですし、むしろ強い馬同士で育成や調教をするからこそ、互いに強くなるのではないかと僕は考えています。
今年の夏、美浦トレーニングセンターのパンフレットを作成するにあたって、現地での調教の様子を見学に行かせてもらいました。茨城県の土浦駅のビジネスホテルに前泊し、翌日は朝4時に集合して美浦トレーニングセンターに向かいました。サラブレッドたちが続々と登場し、ウッドチップコースや坂路で追い切りをする姿を見て、なぜ中央の馬たちが強いのかを肌で感じました。
設備や環境が良いといったハード面から、馬に対する人間のかかわり方などのソフト面まで、あらゆる要素が絡み合っての中央馬の強さではありますが、いちばんの要因は強い馬同士が調教の段階から切磋琢磨していることです。それは格闘技の激しいスパーリングのようでした。たとえ実戦形式の練習であっても、強い者同士が、実戦さながらにバチバチの殴り合いをしているのです。
最初は石であっても、互いにぶつかり合いながら磨かれているうちに玉になるのです。福ちゃんも育成の段階から、中央競馬に行く馬たちに揉まれながらトレーニングをして、気がつくと誰よりも速く強く走れるようになっているはずです。福ちゃんはダートムーアの娘なのですから。
本人が望むかどうかにかかわらず、厳しいアスリートの世界に飛び込んだ以上、いつまでも「福ちゃん」ではいけない気もしてきました。武将が元服すると幼名から名前を変えるように、可愛らしい「福ちゃん」から競走馬名に変更する時期です。実はかねてより心の中で決めていた名前があります。碧雲牧場の食卓にて、福ちゃんの名前について話した際、その案をポロっと漏らしてみました。
「昨年の夏ぐらいに、僕の友人のカメラマン住吉が福ちゃんを撮影に来てくれたことがありましたよね?福ちゃんの撮影を終えた住吉から、『驚いたよ、片目が見えない障害なんてどこ吹く風という感じだった。どこ吹く風っていう名前が良いんじゃない?』と言われて、それは良いかも!と思ったんです。名前の中にフクが入っているし、何となく藤井風みたいでしょ?」
ルリモハリモの時ほどの反応はありませんが、碧雲牧場の皆さんは悪くないという面持ち。個人的には、オオ~と唸ってくれるかと思っていましたが、思いの外、中程度の反応でした(笑)。もう少し分かりやすく、たとえばフクキタルのように、フクから始まるとか、福という意味のフクを入れるとかした方が良いのでしょうか。自信を持って渡したプレゼントをあまり喜んでもらえなかったときのように、少し気持ちが揺らぎましたが、僕の中では9割9分、「ドコフクカゼ」に決まっていました。
来年、競馬場に現れたドコフクカゼを見て、「福ちゃん!」と呼んでくれる方はたくさんいるでしょう。僕たちチーム福ちゃんにとって、いつまでも福ちゃんは福ちゃんですから、それで全く構いません。それを聞いた福ちゃんを知らなかった人たちは、「どこ吹く風の吹くなの?」と尋ねるはずです。「そうじゃなくて、幸福の福なんだけど、福と吹くをかけているんだよ」と説明してくれるシーンが思い浮かびます。もしかすると、なぜ福ちゃんなのか、名前の由来も丁寧に伝えてくれるかもしれません。
厩舎はどこにしましょう。片目が生まれつき見えなくても能力試験に合格できれば競走馬になれる、南関東か名古屋という絞り込みはできていますが、そこから先は霧の中です。碧雲牧場からエクワインレーシングまでの馬運車での輸送で大変な目に遭いましたので、厩舎と競馬場がつながっていて輸送がないところが理想的と考えるようになりました。南関東競馬の中では、船橋競馬場は厩舎と併設しており、調教も競馬場で行うため、輸送することなくレースに向かうことができます。それ以外の3場は短距離でも輸送があったり、分場で調教をしたりするため、どうしても馬運車に乗らなければいけません。
もしかすると福ちゃんが競走馬になるための最大の障害は、片目が見えないことではなく、馬運車に乗れないことなのかもしれませんね。いつの日か、馬運車に乗るのも、どこ吹く風になるといいなあ。
(次回へ続く→)
