勝負の"ツキ"が明暗を分けた一戦。フサイチパンドラとカワカミプリンセスの激突した2006年エリザベス女王杯

──ツイてる日とツイてない日。

生きていれば毎日を、この二通りのどちらかに当てはめることができる。

私は特に縁起担ぎや占いを信じるタイプではないと思っている。しかし日によっては、自分が決断したものが裏目に出たりすると"ツキの無さ"を嘆くことが多々ある。そして"今日は運気下降の日"と決めつけてしまう。

人間と同じく、馬たちにも"ツイてる日とツイてない日"はあるはずだ。実力通りの着順にならなかった馬たちは、それこそ"ツキ"に翻弄されたのだと思うようにしている。自分がツイてない日に狙った馬もツイてない日ならば、鞍上ルメール騎手で単勝1倍台であっても連対を外すのかも知れない。

せめてG1レースの日だけは"ツイてる奴といない奴"が混在するのではなく、全頭が"ほどほどツイてる奴"であって欲しい、と思う。そして、悔いを残さず、自分の持つポテンシャルを最大発揮できる場で全馬完走するのが最高ではなかろうか。

しかしながら、どのレースにも必ずツキの有無がでてしまう。スタート後の位置取りや直線での進路、予期せぬ斜行で不利を被るなど…。自ら選んだレース進路が、「何であの進路を選んだのか?」と言われた時点で、それは"ツイてない日"だったのだろう。

毎年、エリザベス女王杯の時期になると、そうした勝負の"ツキ"に翻弄され他とも言える2頭の牝馬を思い出す。

1頭はツキの無い日にレースを迎え、無傷の6連勝を飾れたはずだったのに幻となった馬。もう1頭はそれまでG1レースで惜敗続きだったのに、ツキも味方してG1制覇となった馬。奇しくもこの2頭は、このレースを境に、引退後に至るまで運気が入れ替わってしまったように見えた。

2006年エリザベス女王杯、手にしたはずのタイトルがスルリと逃げて行ったカワカミプリンセス。
そしてもう1頭は、念願のG1タイトルが転がり込んできたフサイチパンドラ。

西日を真正面から浴びる中で、直線の攻防と明暗を分けた出来事が鮮明に蘇ってくる。

生まれも育ちも対照的な2頭のデビュー

フサイチパンドラとカワカミプリンセス。
2頭はどちらも2003年生まれの同級生である。

フサイチパンドラはサンデーサイレンスのラストクロップとして、2歳11月に京都競馬場の新馬戦でデビュー。前評判も高く、角田晃一騎手を背に1番人気で登場。2着トウカイワンダーを6馬身離して優勝した。好位からの危なげない差し切りで、上がり3Fも35秒5の最速。勝ち方から牝馬戦線の主役の1頭として、その名が挙がった。

2戦目には、暮れのG1阪神ジュベナイルフィリーズにチャレンジ。
重賞2勝を含む4連勝中のアルーリングボイスが1番人気に推される。そしてコイウタ、アサヒライジングを抑えて2番人気に支持されたのがフサイチパンドラだった。混戦ムードが漂う中、アサヒライジングが直線半ばまで誘導したレースは最後の追い比べとなり、熊沢騎手のテイエムプリキュアが先頭に立つ。フサイチパンドラは大外から追い込むものの3着まで。それでもキャリア2戦目での3着は立派なもので、来年に向けて期待が膨らんだ。

一方のカワカミプリンセスは、6月5日の遅生まれ。
父は良血キングヘイローで、三石の川上牧場で誕生し、栗東の西浦勝一厩舎に所属する。

主戦が本田騎手で、牝馬二冠を達成したテイエムオーシャンと同じ、「西浦・本田タッグ」で臨むこととなる。遅生まれのため成長が追いつかず、デビューしたのは3歳2月の新馬戦。ルミナスポイントが人気を集める中、カワカミプリンセスは9番人気と、初戦から期待できるような状態では無かった。ところがゲートが開き本田騎手が軽く促すと、瞬く間に先頭に立ち、そのまま押し切ってしまった。1か月後の君子蘭も、6番人気ながら後方一気の差し切りで2連勝を飾る。強い勝ち方で2連勝を飾ったカワカミプリンセスは、桜花賞を避けてオークストライアルのスイートピーステークスを選択して3連勝。

一躍、オークスの有力馬として名を挙げた。

3歳になったフサイチパンドラは、1番人気で出走したエルフィンステークで6着と敗れるものの、中山のきんせんか賞で2勝目をマークした。続く重賞のフラワーカップでは、直線ギリギリまで先頭を死守したものの、キストウヘヴンに差されての2着。それでも収得賞金を積み上げ、桜花賞出走を果たす(2番人気14着)。

対決!フサイチパンドラvsカワカミプリンセス

フサイチパンドラとカワカミプリンセスは、オークスで初めて同じ出馬表に名を記した。

ヤマニンファビュルの大逃げで始まったレースは、2番手につけたアサヒライジングの絶妙のペース配分で各馬が落ち着き、淡々とレースが進む。4コーナー手前で失速したヤマニンファビュルを振り切り柴田善臣騎手のアサヒライジングが直線入り口で先頭に立つ。追いすがるシェルズレイを振り切り、残り200m時点では押し切ったと思われたところへ、外からピンクの勝負服──カワカミプリンセスがやってきた。

本田騎手の鞭に反応したカワカミプリンセスはアサヒライジングに並びかける。アドマイヤキッスとキストゥヘヴンがようやく外から伸びて来た。その前にいたのは福永騎手のフサイチパンドラ。いつの間にかカワカミプリンセスのすぐ外に迫っている。しかし、カワカミプリンスは力強く先頭に躍り出ると、そのまま先頭ゴール。フサイチパンドラは、アサヒライジングをクビ差交わしたところでゴールインとなった。1番人気のアドマイヤキッスはそこから遅れての4着。カワカミプリンセスの強さが本物であることを証明した、堂々の4連勝で春の4歳牝馬の祭典は幕を閉じた。

オークスでカワカミプリンセスに3/4馬身まで迫ったフサイチパンドラ。雪辱を果たすべく順調に夏を過ごし、秋の始動戦にローズステークスを選んだ。ここにはアドマイヤキッスも出走し、危なげないレース運びで優勝。シェルズレイと後半激しい先頭争いをしたフサイチパンドラは、息切れの3着。それでも、秋華賞に向けて順調な滑り出しを見せた。

一方のカワカミプリンセスは、トライアル出走のために暑い時期に入厩することを避け、秋華賞をステップにエリザベス女王杯制覇を最大目標とするローテーションが取られる。

好天の京都競馬場へ、桜花賞、オークスの1~3着馬が揃った秋華賞。それぞれの有力馬が順調な仕上がりを見せ、真の三歳女王を決めるのに相応しい一戦を予感させた。

春のタイトルは取れなかったものの、武豊騎乗のアドマイヤキッスが1番人気の支持を得てスタートした秋華賞。トシザサンとコイウタが競り合うように先頭争いを展開。シェルズレイがポツンと3番手につける。2番手集団の先頭はアサヒライジング。柴田善臣騎手は、オークスに続いて好ポジションで前後の動向を観察している。フサイチパンドラはカワカミプリンセスをマークするように中団で並走、内のフサイチパンドラは落ち着いているようだ。アドマイヤキッスは更に後方に付け、武豊騎手の手綱は動かない。

1000m通過58秒4のハイペースで運んだレースは、3コーナーから4コーナーに差し掛かると動き出す。トシザサンとコイウタが失速、替わってシェルズレイが先頭に立つと柴田善臣騎手のGOサインが出てアサヒライジングが仕掛ける。いつの間にか外を回りカワカミプリンセスが先頭集団に取り付く。フサイチパンドラの福永騎手は内を選択し息を溜める。

直線に向くとアサヒライジングがシェルズレイと並んで先頭に立つ。今度こそ捕まらずにゴールまで行きたい気持ちが伝わってくる。フサイチパンドラは、カワカミプリンセスより先に、内を通ってラストスパートする。アサヒライジングの脚は全く衰えない。二番手に上がったフサイチパンドラとの差は縮まらず、逃げ切り体制に入った。その時、大外を回って伸びて来たのがカワカミプリンセス。アドマイヤキッスを連れて、一完歩ずつ差が縮まる。フサイチパンドラを交わし、あっと言う間にアサヒライジングに馬体を合わせた。そして、半馬身逆転したところがゴール板、カワカミプリンセスの頭が真っ先にゴールを通過した。

1分58秒2。5連勝で無敗の秋華賞馬の誕生。三歳牝馬最強の座は、カワカミプリンセスが射止めた。フサイチパンドラは、アドマイヤキッスに迫られながらも3着でフィニッシュ。再び、カワカミプリンスの背中を遠くに感じる結果となった。

2頭の運命が交錯したエリザベス女王杯

──カワカミプリンセスはどこまで強くなるのだろう。

三歳牝馬界を制圧したカワカミプリンセスの次のターゲットは、現役牝馬№1の座。陣営が今年の最大目標に掲げたエリザベス女王杯制覇も、ほぼ間違いないとさえ言われていた。迎え撃つ古馬牝馬陣は、前年のエリザベス女王杯優勝馬スイープトウショウ。今年も京都大賞典を制覇し、叩き3走目で連覇に臨む強敵。堅実に好走するディアデラノビア、G1馬ヤマニンシェクルも怖い存在だが、今のカワカミプリンセスの「勢い」を止めるまでには至らないような気さえしてくる。3歳陣もフサイチパンドラ、アドマイヤキッス、アサヒライジングが出走し、打倒カワカミプリンセスの機を伺う。

フサイチパンドラは、カワカミプリンセスには絶対勝てないのだろうか?

カワカミプリンセスより先にゴールインすることは無いのだろうか?

オークスで見せた最後まで衰えない末脚と、秋華賞で見せた一瞬のキレ。
カワカミプリンスに勝つには、真っ向勝負では勝ち目が無いような気さえした。

レースはスタートと同時にシェルズレイとライラプスが飛び出す。ルメール騎乗のシェルズレイは、気持ち良さそうに先頭に立ち、後続を引き離していく。向正面に入ると二番手と10馬身以上の差がついている。アサヒライジングは離れた三番手集団の先頭、カワカミプリンセスは中段より後方でどっしり構えている。その前を行くのがフサイチパンドラ、2頭を前で見る形で追走しているのが池添騎手のスイープトウショウ。

4コーナーから直線に入ると、シェルズレイは失速、替わってアサヒライジングが先頭を奪い、フサイチパンドラが早めに動いて二番手につける。

直線で外に馬を出すと思われたカワカミプリンセスは、内に進路を取りごった返す馬群の中へ突っ込んで行く。

後で聞いたところから推察するに、この時にヤマニンシェクルと接触したのだろうが、その時点ではわからない。カワカミプリンセスが馬群を縫って順位を上げる。大外からはスイープトウショウ、最内からディアデラノビアが伸びてフサイチパンドラに追いつくものの、カワカミプリンセスは瞬時にこれらを抜き去り先頭に躍り出た。

カワカミプリンセスを追う2着争いは混戦、内と外から追い込んでくる古馬たちをフサイチパンドラが抑え込んで僅差2着で雪崩れ込む。先頭ゴールのカワカミプリンセスとの差は1馬身以上あった。

多くのファンが、この瞬間、無傷の6連勝でカワカミプリンセスが現役牝馬の頂点に立ったことを認識し、3勝目のG1制覇に感嘆していたことだろう。

                  

しかし、5着までの着順が点灯されたものの、審議のランプは灯ったまま。
フサイチパンドラの馬番15は2着の枠に収まっている。

フサイチパンドラは三度、カワカミプリンセスの後塵を拝することとなった。

不穏な空気が流れる中で、依然着順確定しない時間だけが過ぎ去って行く。

そして、場内を騒然とさせるアナウンスが流れた。

「カワカミプリンセス号は1位に入線したものの、最後の直線コースで急に内側に斜行し、ヤマニンシュクル号の走行を妨害したため12着に降着」

場内が騒めきと怒号に包まれる中、繰り上がりとは言え、フサイチパンドラのG1初制覇が確定した。

決してカワカミプリンセスがフサイチパンドラに敗れたわけではない。この日に限って、フサイチパンドラには"ツキ"があって、カワカミプリンセスには"ツキ"が無かったのだろう。

早めに先頭に立ってツキを呼んだフサイチパンドラ。外のスイープトウショウと内のディアデラノビアの追撃を凌ぐことができ、2着を死守したことが、繰り上がり優勝につながった。カワカミプリンセスは、直線で外を回す勝利のパターンを今回は内を選択し、接触のアクシデントに遭遇することになる。ツキがあれば、アクシデントなく着順確定していたかもしれない。

"ツイてる日とツイてない日"は誰にもあるように思えてならない。

G1馬となったフサイチパンドラのその後

古馬になったフサイチパンドラは、札幌記念を制覇し、翌年のエリザベス女王杯はダイワスカーレットの2着になるなど、活躍を見せた。カワカミプリンセスとは古馬になって一度も顔を合わせることなく、実質3戦3敗で雪辱を果たすことはできなかった。

そして4歳暮れの2007年12月26日付けで登録を抹消され、繁殖牝馬として故郷に帰って行った。

繁殖牝馬となったフサイチパンドラは、9頭の産駒を競馬場に送り込み2017年10月に亡くなっている。フサイチパンドラの死後、2018年1月のシンザン記念を制したのが7番目の産駒アーモンドアイ。アーモンドアイはG1レース9勝の活躍を見せて、母フサイチパンドラの名を高めた。

繰り上がり優勝とは言えG1馬で現役キャリアを終えたフサイチパンドラ。この時に彼女が呼び込んだ"ツキ"は、繁殖牝馬になってもずっと続いていたのかも知れない。それが、アーモンドアイという名牝を7番仔にして産み出し、顕著馬の母として、永遠に名前を残す結果となった。

"ツイてる奴"は、そんな幸運の連鎖を持ち合わしているのだろうか?

Photo by I.Natsume

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