「モノトーンのぬいぐみ馬?」アエロリットが輝いた、2017年クイーンステークス
夏のローカル競馬は名物重賞で綴られる!

夏のローカル競馬。関東圏では、福島の七夕賞で夏が始まり、札幌記念で夏競馬のピークを迎え、新潟最終週の新潟記念で夏が終わる。中弛み期間とも言うべき7月下旬〜8月上旬、ここに、目先を変えたスパイシーな重賞が組まれている。それがアイビスサマーダッシュとクイーンステークスである。前者は新潟名物、千直の頂点を競う重賞であり、後者は夏競馬の牝馬チャンピオン決定戦で、秋の牝馬戦線に向かうステップレースの役割も担う。夏競馬が折り返すタイミングで実施されるこの2レース、私の好きな夏の重賞だ。特にクイーンステークスは、夏競馬唯一の牝馬限定の重賞で、その先に未来が見えるレース。非根幹距離といわれている1800m戦に、マイル路線組と中距離路線組がぶつかり鎬を削る「真夏の女の戦い」である。

クイーンステークスの歴史は古く2025年で73回を迎え、北海道シリーズの重賞では最も古い歴史を持つ。1999年までは秋の中山で開催され、牝馬三冠目の秋華賞(1995年まではエリザベス女王杯)を目指す4歳(現3歳)牝馬限定のトライアルレースとして施行されていた。90年代の優勝馬には、ヒシアマゾンやサクラキャンドル、シンコウラブリイなどの懐かしい女傑の名が刻まれている。2000年の番組改編で夏の札幌開催へ移行し、同時に古馬との混合レースに変更された。古馬との混合戦になって、3歳馬に有利な斤量差があるものの古馬が優勢のレース。また、小回りの1800mは逃げ・先行が有利と言われているが、逃げ切ったのは札幌移行初戦のトゥザヴィクトリー以下、6頭に留まる。2003年にオースミハルカが3歳馬で初めて逃げ切って優勝したが、その次の3歳馬の逃げ切りは2017年まで登場しない。

2017年に逃げ切った2頭目の3歳馬、それがNHKマイルカップ優勝後、札幌に登場したアエロリットである。

モノトーンのぬいぐるみのような馬?

アエロリットは、つぶらな瞳と美しいモノトーンの毛並みを持つ、グッドルッキングホースだった。今でもアエロリットの姿を動画や画像で見ると「モノトーンのぬいぐるみ馬」を連想する。

500キロ近い馬体にグラマラスな筋肉を纏い、カッポカッポと弾むようにパドックを周回する。華のあるアエロリットは、いつもご機嫌で競馬場での時間を過ごしているように思えた。

決してデビュー前から注目されていた馬ではない。5月17日生まれのアエロリットは、2歳の6月19日にデビュー、生まれてから2年1か月で新馬戦を勝つという離れ業を披露した。新馬戦の勝ちっぷりから注目され、芦毛推したちの間でファンを増産していった。ただ最後のツメが甘いのか、3戦連続で2着が続く。それでもフェアリーステークス、クイーンカップの2重賞を含んでいたので、賞金を積み上げクラッシック路線に乗ることができた。

白と灰色と黒で形成された「モノトーンのぬいぐるみ馬」はひた向きに走る。桜花賞は重馬場に苦しみながらも追い込んで5着に健闘。アエロリットの次走は、優先出走権があったオークスから、適距離のNHKマイルカップへ変更し、中3週の強行軍で出走した。歴代のNHKマイルカップ優勝牝馬、ラインクラフト、メジャーエンブレムと同じローテーション。陣営のこの選択がズバリと当たり、「モノトーンのぬいぐるみ馬」は22代目のNHKマイルカップ優勝馬となる。可愛さ先行の芦毛のお嬢さまは、実力も伴ったGⅠ馬へと成長した。

アエロリットがこの一戦で得たものは、GⅠタイトルだけでなく、先行押し切りのレースパターンを確立したことだろう。大外枠からのフライングスタートで先頭集団の外に付けたアエロリットは、3コーナーの手前から一気に順位を上げて行く。父クロフネがジャパンカップダートで見せた、向正面を外から一気に先頭に立つシーンの再現のようなレースを見せる。4コーナー手前では大外から先頭集団に並びかけ、そのまま先頭を奪って、リエノテソーロ以下の追従する後続を振り切った。ゴールイン後、鞍上の横山典弘騎手が、してやったりと右手を挙げる。いつもの通りのキョトンとした表情のアエロリットは、何事も無かったかのように1コーナーへ向かって駆けて行った。

しかし、このレースパターンは、完成形では無く、次走に選んだクイーンステークスで確立させるための序章に過ぎなかった。

アエロリット・オンステージ? クイーンステークスの快走

2017年夏の札幌は、アエロリットのためにあった…そう言っても過言ではない。クイーンステークスは、アエロリットで始まり、アエロリットで終わるレース展開となる。1番人気こそアドマイヤリードに譲り、アエロリットは僅差の2番人気。マイルで好走してきたアエロリットが、200m延長する初の1800mを克服できるかが焦点となった。

しかしその不安は、ゲートが開くと同時に、杞憂に終わる。

いつも通り好スタートから飛び出したアエロリットは、2番枠から一気に先頭に立つ。古馬と3キロ差の52キロで出走できること。ピンク帽だったNHKマイルカップとは異なり、逃げ有利の内枠。横山典弘騎手が最初から考えていた作戦かどうかは分からないが、アエロリットが12頭を従え、先頭で1コーナーを回る。気持ち良さそうに逃げるアエロリットは、どんどん二番手との差を広げていく。2馬身、3馬身、4馬身とリードを広げ、単騎先頭で2コーナーをカーブする。前走からプラス18キロの馬体は、ゴム毬のように弾み、リズム良く独走態勢を築いていく。ターフビジョンに映るアエロリットは、首を下げ、馬なりのままで進み、横山典弘騎手の手綱は全く動いていない。6馬身以上の大逃げで後続を引き離す4コーナーの手前、ようやくシャルール、クロコスミアが差を詰めようとするが、アエロリットはまだ余裕がある。直線に入ると一気に差が縮まり、場内がざわつく。しかしアエロリットはまだ、気持ち良く洋芝の上で弾んでいた。残り200m、アエロリットにとって未知の距離だったが、逆にここから二番手との差を広げていく。3馬身、4馬身とゴール前で更に差を広げ、横山典弘騎手が鞭を入れることなくゴールインした。1分45秒7の勝ちタイム、2着トーセンビクトリーに2馬身1/2の差をつけて、堂々の逃げ切りでの優勝となった。

変幻自在の横山典弘騎手の好騎乗が、アエロリットの逃げ馬としての資質を開花させた。優勝レイをつけて誇らしげに表彰式に再登場したアエロリット。相変わらず、何事も無かったかのような表情で、まん丸の目を輝かせて記念撮影に収まっていた。その姿こそ、「モノトーンのぬいぐるみ馬」そのものだった。

アエロリットのレースパターン確立

クイーンステークスで逃げ切りを演じたアエロリットの生涯成績は、19戦4勝。そのうち4歳秋の毎日王冠以降、引退レースとなった有馬記念までの8戦は、全て逃げのレースとなった。横山典弘騎手が逃げの資質を開眼させたとすれば、4歳秋に出走した毎日王冠で、鞍上のモレイラ騎手が安定した逃げ切りパターンを確立させた。

毎日王冠以降、勝ち鞍は無かったがGⅠレースで見せるアエロリットの強烈な逃げは有力馬たちの脅威になったに違いない。5歳時の安田記念ではアーモンドアイ(3着)を抑えての2着。天皇賞(秋)では、アーモンドアイに敗れ3着だったが、ワグネリアン、サートゥルナ―リアに先着している。古馬になって濃いモノトーンから薄いモノトーンに変色しはじめたものの、「モノトーンのぬいぐるみ馬」の可愛さは、色褪せることなく続いた。

そして、逃げの集大成となったラストランの有馬記念。アエロリットはスタートから先頭を奪い、銀色の尻尾を後続に見せつけるように、大逃げを打つ。向正面で6馬身、7馬身と差を広げていくシーンは、横山典弘騎手がクイーンステークスで見せた、初めての大逃げシーンと重複した。

4コーナー手前まで先頭を守ったアエロリットは後方に退き、同期の牝馬リスグラシューの優勝を後方から称えていた。

そして、アエロリットはターフに別れを告げ、生まれ故郷へと帰って行った


母となったアエロリットは、ドゥラメンテの牡馬(コンドライト)、シルバーステートの牡馬(アエログラム)を競馬場へ送り出したが、いずれも鹿毛の牡馬。そして三番目の子、キズナとの間に待望の芦毛牝馬を誕生させた。

アエロリットの24(父キズナ)は、母の1歳時とそっくりの「モノトーンのぬいぐるみ馬」そのものである。ゴム毬のような筋肉を纏い、骨格がしっかりとした芦毛牝馬は、早ければ来年の夏ごろ、競馬場に登場するはずだ。

アエロリットの「ご帰還」を、楽しみに待ちたい──。

Photo by I.Natsume

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